49話 『師匠になった日』
「――っ! ごめん、ちょっと抱えるよ!」
「え、えぇ!?」
もう少しだけゆっくりしておきたい所だったが、モンスターがそれを許さないようで、邪魔するかのように私たちへと攻撃を仕掛け始めた。
崖の上から複数飛んでくる粗末な矢は、囲むようではあったものの避けるのは容易かった。
ただ、紅葉を抱えながら振り回してしまい、無理もないがすっかり涙も止まって唖然としてしまっている。
「ごめんね、ちょっと片付けてくるから、待ってて」
飛んできた矢の方向から位置を掴んでいた私は抱えていた紅葉を下ろすと同時に動き出し、颯爽と駆けてモンスターへと迫っていく。
壁を蹴って体を捻ったり、空中で一回転したりして次々と飛来する矢を避けながら崖を駆けあがっていき、攻撃してきているモンスターまで辿り着いた私は――。
「……なんだ、やっぱりゴブリンか」
二層ではあんまり姿を見なかった事からてっきり居ないと思っていたが、どうやら二層の環境に適応したらしく、少し風貌が変わってはいるものの紛れもなくゴブリンに違いなかった。
「はぁ、怯えるくらいなら奇襲なんてしなきゃ良かったのに」
優位な位置から攻撃してきたのにも関わらず、一向に矢は当たらず、しまいには崖すら登られてしまっている。
そうなればゴブリンたちに有利な部分なんて数くらいしかないのだが、それを生かすことをもせずにゴブリンたちは踵を返して逃げ始めてしまった。
ただ、それを簡単に見逃すわけもなく、逃げることに集中して抵抗してこないゴブリンたちに対して私は一方的な蹂躙を開始した。
「……ふぅ、終わったよ。怪我はない?」
「は、はい! す、凄かったっす……。なんていうか風みたいっていうか、師匠はカッコいいっすね!」
「あはは、あんなの誰でも出来るよ……。って、ん? 師匠!?」
興奮し、目をキラキラとさせて私を見てくる紅葉に対して、最初は単純に褒めてくれてるんだなぁと思いながら聞いていたが、さすがに『師匠』という言葉には反応しないわけにはいかず、どうしてそう呼ぼうと思ったのか聞く事にした。
「あ、あのさ、どうして私は急に師匠になったのかな? 確かに色々教えてはいるけど、さすがに師匠はちょっと恥ずかしいっていうか……」
「え、あ、す、すいません! なんかウチの中で勝手に出てきただけなので気にしないで下さい!」
「いや別に師匠っていうのも嫌ってわけじゃないんだけどね。そう思ってくれるのは嬉しいしさ。でも、折角仲間になったんだし、やっぱり名前呼びが良いかな」
「分かりました! 焔さん!」
こうして、私の求めていた仲間とは少し違うような関係性になってしまったような気がしつつも、今日という日を境に私たちの連携は劇的に変化……する事はなかった。
残念な事に、紅葉が私を気に掛けるようになったのは良いのだが、良い所を見せようと張り切ったりして空回りしたり、私を目で追い過ぎて周囲を警戒していなかったりと、散々な事になってしまったのだ。
「うー、雫が恋しいよぉ……」
「えっと、何か言ったっすか?」
「ううん、なんでもないよ。気にしないで!」
一週間もあっという間に過ぎていき、結局最終日にようやく若干の連携が取れるようになり、紅葉も集中出来るようになった。
が、しかしそうは言っても贔屓目に見ても良い結果とは言えず、それに加えて矯正するのに疲れてしまった私は雫という一番の親友に一刻も早く会いたくて仕方なかった。
だからこそ、待ち合わせの場所に着いた私は雫が見えた瞬間に、フラフラとした足取りのまま桜達と談笑している間に割って入るという強引な行動をし、無理矢理抱き着いたのだ。
「全く、焔ちゃんがこんなになるなんて一体何があったのさ」
「うぅ……雫ぅ……やっぱり私には雫が一番だよぉ……」
「えっと……うん、私も焔ちゃんは凄いなぁって思ったし、早く会いたいなって思ってたよ。でも、焔ちゃんも今日まで紅葉と一緒だったんだし、連携とか取れるように……」
雫にとって私が出来るのは当たり前だと思ってるのかもしれない。
だから今、ごく普通に聞いてこようとしてきている。
とは言え、残念ながら私と紅葉の連携は多少出来るようになっただけで壊滅的と言っても過言ではないのだ。
「ど、どうしたの? 急に立ち上がったりして、何かあった?」
「う、ううん。別に何でもないよ! ちょっと体勢に疲れちゃってさ!」
「そ、そっかぁ……」
なんとなくしょんぼりしている雫の様子も気になるが、今はとにかく雫たちは何も問題なくこの一週間が過ごせたのかが気になる所だ。
もし万が一にも何一つ問題なかったとして、且つ私よりも桜達との方が連携が出来るのなら、雫にとっての私という存在が霞んでいってしまうかもしれない。
……いやまぁこれは普通に考え過ぎだが、どちらにせよ雫たちがどんな風に一週間を過ごしていたのかは聞いておいた方が良いだろう。




