22話 『一方的な蹂躙』
――避けて、避けて避けて。掠りもしない攻撃を何度も繰り出してくる兎は、最早やけくそ気味だったのだと思う。
表情までは読み取れないけど、なんだか焦っているような気がするし、明らかに怯えているようにも見える。
多分、鬼気迫る私が本物の鬼のように見えて、さっきまでは弱ったのにここまで豹変したことに本能的に恐怖したんだろう。
だからこそ、こうして私が攻撃しようとすれば過剰に反応し、まるで殺さないで下さいとでも言うかのように耳を垂らし、怯えた目で見てきている。
……だけど、そんな事をされても許すことはないし、見逃すことも出来ない。私たちにした仕打ちは死をもってしか許すことはできないのだ。
「さようなら。貴方との殺し合い、楽しかったよ」
私の放った一言を聞いたからなのか、それとも怯えることなど無意味だと悟ったのかは分からないけど、途端に怯えることをやめた兎は、守りを捨てて一点攻勢に出てきた。
けど、そうまでしても私に攻撃が当たることはなく、兎は私の攻撃で一方的に傷ついていく。
満月に照らされ、赤く光る中で踊ろうように戦う2人。
きっとそれは幻想的だっただろう。
でも、それも長くは続かない。
腱を切られ、耳を切られ、体力も残り僅か。
もはや兎に戦う意志は残っておらず、殺せと言わんばかりに満月を見上げていた。
だからこそ、私は最後に頭を撫でてからせめて苦しまないように首を刎ね、戦いに幕を引いた。
血飛沫が噴水のように溢れ、雨の様に落ちてくる。
顔も、服も、何もかもが真っ赤に染まる中で私は呆然と空を見上げた後、ボロボロと崩れ落ちていく短剣に目を向けた後、糸が切れたように倒れてしまった。
倒れた私の視界に映っているのは徐々に赤から変わっていく満月の色。
それはまるで戦いが終わった事を祝福するように、私の体を照らしている。
「焔ちゃんは無事だよね……」
体の節々が傷み、立ち上がる事も出来ない。どうやら力を使いすぎてしまったようだ。
一刻も早く無事を確認したいけれど、今はここで少しだけでも休むべきだろう。
「雫!? 起きて雫!」
どれくらい休んだんだろう。
まだ体は痛いし、起き上がることもできない。
それに、倒れていた焔ちゃんの声が聞こえるし、もしかして私は焔ちゃんと一緒に死んじゃった?
「あ、う、焔ちゃん……?」
「雫! 早くこれ飲んで!」
ぼやけた目で、私は自分が死んではいないことを確認し、焔ちゃんの顔が視界に映ったからこそ声を振り絞ったが、次の瞬間には口の中に苦い液体が入り込んできた。
倒れている状態で次々と投入されているのはポーションで間違いないのだが、まるで水責めされているかのような状態は私を回復させるどころか息を詰まらせていき、呼吸が出来ずにどんどん苦しくなっていく。
「ほ、むらちゃん、もうだいじょう、ぶ、だから……苦しい……」
「あ、ごめん! 早く回復してほしくて、それなのに……ごめん!」
「ゲホっ! ごほっ! はぁはぁ。心配してくれてありがとね」
焔ちゃんの手が止まった事によって、ようやくポーションを吐き出して呼吸が出来た私は、枯れた声のまま感謝を告げた後に、現状の異常さを認識した。
そう、さっきまでボロボロにされるくらい手も足も出なかったボスが居ないのだ。それこそ、最初から居なかったかのような静けさがこの場にはある。
まぁ、居ないという事はつまり私が気絶している間に焔ちゃんが倒したという事だろう。
……でも、なんだろう。頭の中に靄がかかったみたいな、この不思議な感覚は。
「焔ちゃんは傷大丈夫なの?」
「うん! ポーション一本で回復するくらいだから問題ないよ! ってかそれよりも雫の怪我は重傷すぎるし、体力も殆ど残ってなかったから起きた時不安だったんだからね!」
「あはは。ごめんね。私もいつこんな傷負ったのか覚えてないし、気絶しちゃってたみたいなんだよね。あ、所でよく一人であのボスを倒したね」
焔ちゃんが一人で倒したと思っている私は、労おうと思って体を起き上げようとするが、あれがけポーションを飲まされたのに激痛が身体を襲い、体力は動かす度に減っていく。
多分骨が折れているだろうし、足も腱が切れてしまっているのは間違いないと思う。ポーションが何でも治してくれるのは分かっているし、確かに体力は回復しているが、ここまでの重傷だと完治までにはそれなりに時間が掛かるのだろう。
とはいえ、ここまでの傷でも治してしまうところにやっぱりポーションというか、この世界の回復薬には驚かされてしまう。
「あーもう! 無理しないで寝てなよ! それに、ボスを倒したのは私じゃなくて雫だよ? 覚えてないの?」
「えっ!? どういう事?」
「いやいや、私がこの目で見たんだから。それじゃ雫がまだ動けないみたいだし、私がカッコよかったり凄かった部分を教えてあげよう!」
「あー、あはは。そんな凄い事した覚えがないんだけどなぁ。でも不思議と気絶してから記憶が曖昧だし、お願いするね!」
それから、少しの間焔ちゃんから私が倒した時の事を話し始め、最初こそ笑いながら聞いていたが、次第に朧気だけどたしかになんとなく倒したような気がすると思う様になっていった。
「ホントに凄かったんだから! なんていうか雫ってやっぱりカッコいいなぁって再認識しちゃうくらい! さすが私の大親友だよ!」
「いやいや、そんなに褒められても……あはは。ん? 焔ちゃん? どうかしたの?」
「ううん。ちょっと雫に対して私が不甲斐ないなぁって。今回も前だって全部雫に頼っちゃってたしさ。カッコ悪いよね……」
俯き、落ち込んでいる焔ちゃんをなんとか慰めようと考えるが、体が動かない以上抱きしめることだって出来やしない。
そうなると後は言葉を掛けるくらいだけど、それでいつもの元気を取り戻してくれるのだろうか?
「焔ちゃん。そんなに落ち込まないで良いんだよ? だってそ私が全力で戦えるのはいつだって焔ちゃんが居てくれるからだし、それに焔ちゃんだって本気で戦っていたのも見えてたし、全然カッコ悪くなんかないよ!」
「うん、そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとね。でも、私も雫に負けないくらいカッコよくなるからね! ちゃんと褒める準備しておくよーに!」
俯いていた顔を上げて、ピースしながら笑顔を見せてくる焔ちゃんはなんだかとっても綺麗で、いつも通りの筈なのにそのキラキラとした目に私は魅入ってしまった。




