21話 『人間の本気』
暴れる兎の攻撃は大振りで、的外れな場所に攻撃する事も多いために、私はなんとか避け続けることが出来ていたが、目を撃ってから一度も攻撃する事は出来ていなかった。
「ラスト一発。確実に決めないと……」
そう、私の残弾がラスト一発になっていたからだ。
元々今日は狩りにも弾を使っていたし、ボスにも結構な数外したりしているから、足りなくなるとは思っていたが、未だボスの体力ゲージは一本と少しだけあるのだ。
最後の一発になってしまった以上、この先は短剣で戦わなきゃいけないし、是が非でも当てなければならない。
それも、ダメージの大きい場所を見極めないとならないのだ。
「外は毛皮で駄目だし……内側しか……」
極限まで思考を働かせ、口に出してどこを狙うべきを定めようとするが、当然その間も攻撃が止まる事はない。
むしろ、より凶暴になっているとすら思えるほどだ。
けれど、そんな激しい攻撃の中で、私は一つだけ危険だけど確実に内部へとダメージを与える方法を思いついた。
一歩間違えれば死ぬ作戦だし、普通ならやるべきじゃないけど、今の暴れている状態なら成功する可能性は高い。
「焔ちゃんが見てたら怒るだろうな」
私の考えた作戦は言うなれば自らを囮にする作戦だ。わざと隙を作り、噛みつかせるまで持って行く。
多分、私に噛みつくまでの時間は一秒もないだろうし、例え撃てたとしても、そのまま噛みつかれることだってあるだろう。
だけど、やると決めたから私はやり遂げる。死の恐怖で体震えたとしても。
「はぁぁぁぁぁあ!!!」
乾いた音と薬莢が地面に落ち、カランと音を上げる。一瞬の静寂にはその音は甲高く響き、焔ちゃんも、もう一体の兎さえも音に意識を奪われ、視線をこちらへと向けていた。
そんな中で、私は目の前に迫っていた牙に死というものを感じ、息が荒くなっている。
でも、それだけだ。息が荒くなって呼吸が安定していないだけ。噛みつかれてもいないし、どこか致命傷を負ったわけじゃない。
この作戦においては全くの無傷と言ってもいい。
でも、それは本来あり得ないと思っていたから、私はまだ恐怖していた。
口の中を撃たれ、ピクリとも動かなくなった兎。相変わらず体力ゲージは残っているのに、死ぬわけがない。
だって、体力ゲージは一緒の筈なのだから。
「どうして……。まさか、ここからが本番!?」
「雫! 避けて!」
焦る私へと届いた焔ちゃんの声。その声に従って、なんとか転がるように避ければ、私が元居た場所は抉られており、動かなくなった兎はいつの間にか力を吸われたかのように白骨化していた。
「雫。ここからは二人で戦えるけど、あれは明らかにさっきよりやばいよ」
「うん。分かってる。私も弾が無くなったから短剣しかないけど、足手まといにはならないように頑張るよ」
焔ちゃんは私が短剣で戦うと言った時、まるで駄目と言いたげな顔をしていたが、ボスが一人では到底倒せなさそうな以上、駄目とは言えないのだろう。
だから、小さく頷くだけしかせずにボスへと視線を戻したのだ。
「大丈夫。私はもう死なないから」
「……うん。私も全力で守るから」
焔ちゃんへと声を掛けながら私もボスへと視線を向けた。
そして、丁度というべきか、ボスである兎は真っ黒なオーラみたいなのを吸収していて、目も真っ黒に染まり、体毛は真っ赤、今まで使っていた槌は投げ捨て、四足歩行という本来の兎へと姿を変え終わっていた。
勿論、感じる圧力はさっきまでよりも大きく、やっぱりここからが本番だというのが嫌でも理解できた。
ただ、私はあくまでも本番だということを理解しただけで、その瞬間に激しい衝撃に襲われ、気付けば壁に激突していた。
「雫!?」
「い、一体、何が……」
私は確かに兎を見ていたはずだった。
けれど、私の瞬きした一瞬に認識出来ない程の速さで兎は攻撃を仕掛けてきたのだ。
だから、気付けば私は吹き飛んでいる。
焔ちゃんはなんとか防げたみたいだけど、単純にステータスの差と反射神経が焔ちゃんと私では違ったからこその結果だ。
「さっき死なないって言ったじゃん! やだよ! そんなに早く死亡フラグを回収しないでよ! 馬鹿!」
「大丈夫。ちょっと眩暈がするだけだから。でもごめん。ちょっとの間、あいつの相手任せても良い?」
「うん、雫が回復するまでの間は私がなんとかするよ。単純なスピードなら負けてるけど、技量でそこはなんとかする。だから、安心して」
「ありがとう。気を付けてね……」
駆け寄る焔ちゃんの顔も歪み、意識は徐々に落ちようとしている。
でも、まだ私は死ねない。意識を落とす前になんとかポーションを飲み、体力を回復した、私は眠るように瞼を閉じた。
幾らステータス上の体力を回復したとしても、一度落とされかけた意識はポーションではどうしようもなかったのだ。
だから、願わくば起きた時に焔ちゃんが死んでませんようにと思いながら、私は眠るように意識を落とした。
激しい攻防の音がする。鬼気迫るような、そんな激しい声が、私の意識を徐々に目覚めさせていった。
「ハっ! 焔ちゃん大丈……夫……?」
きっとこの時、目覚めかけていた意識はもう一度奥深くへと潜っていたんだと思う。
そして、ハッキリとは分からないけど、この時にきっと私ではない私が表面上に現れた。
焔ちゃんを助けるために、私を死なせない為に。
「許さない。焔ちゃんを傷つけた奴は許さないから! 絶対に殺してやる!」
焔ちゃんが一人で戦ってくれていたのはその傷跡を見ればハッキリと分かった。
それも、自分より格上の相手に、無防備な私を守りながら戦ってくれていたのだ。
今は死んだように倒れているけど、まだ死んではいない。
私と同じように防具が切り裂かれているから、防具が無い状態で直撃を食らって致命傷を負ったのだろう。
でも、私が起きた事に気付き、良かったと笑みを浮かべている焔ちゃんはとても痛そうで、苦しそうで、だから、私は殺意に満ち溢れている。
同じ様に傷つけないとならない、殺さないとならない、苦痛を与えないといけない。
我を忘れているわけじゃない。理性だって失っていない。
頭の中は非常にクリアだ。ただ、今の私はなんでも出来るような、そんな万能感に酔いしれているだけ。
「あはっ。あはははははははっ!」
焔ちゃんよりも遅い私が、焔ちゃんより速い兎に真正面から勝てるわけがない。
っと、兎は思っているだろう。だから、余裕そうな表情をしているのだ。
けど、それは間違いに過ぎない。人は無意識的に脳が100%の力を出せないようにしている。でも、今の私は100%までとは言わずとも、少なくとも80%は発揮しているのだ。
どうやって発揮しているのかは自分でも分からないし、なんでそんなことが分かるのかも分からない。けど、なんとなく人間本来の全力を出している事は理解できる。
体が悲鳴を上げているのが分かるし、きっとこんな事出来てもやるべきじゃない事は理解している。リミッターを外すというのは、即ち命を燃やしているのと同義なのだから。
でも私はこの状態を許容している。
なにせ、勝つには、殺すにはこれしかないのだ。今の私にとって、兎の攻撃は遅いし、爪も、頭突きも、蹴りも、どんなに速く動こうとも、私には遅く見える。
ここまで変わってしまう事に人間の底力というのを感じるが、さすがに遅く感じると言っても考え事をしながらは危ない事に変わりはない。
だから、今はただ戦いを、殺し合いを楽しもう。
 




