15話 『死んだ後の世界』
――真っ暗な世界の中、まるで空を飛んでいるかのような浮遊感に私は襲われていた。
光もなくただただ浮いているような、落ちているような、そんな感覚だけが繰り返されている。
体は固定されたように動かすことが出来ず、声も出すことは出来ない。
「暗い世界を照らす光は一度だけ。次はもうありませんからね……」
不意に聞こえた小さくも響くような声。
一番最初に出会ったあの付喪神、アンドロイドの声に違いない。
つまり、ここは一番最初にこの世界に来た時にアンドロイドと話した場所という事だ。
この場所が具体的にどこかは分からないけど、神様の住処なのか、はたまた私の深層意識なのか。
まぁどこだっていい。
それよりも、今回の警告についての方が重要だ。
もしも、次死んでしまったら現実の私も神様の不思議な力で死んでしまうから気を付けろ。という意味での警告で間違いないだろう。
そうなると、どこか一度なら死んでもいいというだけで安心していた心をより一層引き締めないとならない。
自分を守る為にも。大切な人を守る為にも。
っと、そういえば今まであの世界で死んだ人たちは皆今の私と同じ世界に囚われた筈。
となれば、さっきの言葉を聞いてから生き返ったはずだろうけど、どこで生き返ったのだろうか?
死んだ場所? それとも神殿みたいな所とか? それとも一番最初に降り立った場所とかかな?
最後のか最初の気がするけど、まぁそれは生き返ってみれば分かる事だ。
もうじき私は生き返る事が出来るだろうから、その時確かめるとしよう。
意味はないのかもしれないが。
さて、後はこの真っ暗な世界が暖かい光に包まれていくのを少しの間待つことにしよう――……。
「――ここは……どこだろ?」
「雫! ホントに雫だよね!? 生きてる、良かった。良かったぁ」
私が目を開けた時、真っ先に目に映ったのは泣き腫らした焔ちゃんの顔だった。
こうして私が生き返ったことで更に目をウルウルと滲ませ始め、目の前で大泣きされてしまっている。
勿論私もすぐ会えたのは嬉しいけれど、なんていうか自分よりも圧倒的に取り乱している人を見たら逆に冷静になってしまったのだ。
「焔ちゃん。あんまり泣くと、ほら、他の人にも見られてるし」
私の言葉は届いていないのか、一向に泣き止む気配がなかったからこそ、私は先に死んだことによるペナルティの確認をする事にした。
私が生き返った場所は紛れもなく一番最初にこの世界に降り立った場所であり、装備も初期に変わっている。
多分、死んだ人は皆最初の地点で生き返るのだろうというのがこの時点でまず分かった。
また、武器は装備してないだけであるものの、お金は半分になってるし、ドロップ品も同様だ。
そして何より驚愕すべき事実は、ステータスがおよそ2レベル分下がっている事だろう。
これで一回も死んでいないプレイヤーとの明確な差が出来てしまったという事だ。
まぁこうして、死んで生き返ったとは思えない程冷静に自分の身に起きた状況を確認していたわけなんだけど、いい加減そろそろ泣いている焔ちゃんをどうにか落ち着かせた方が良いかもしれない。
「焔ちゃん! 私はほら、元気だからとりあえず宿屋行くよ!」
「う、うん。ごめんね、すごくうれしくて……」
まるでいつもと逆のような関係性になっていてなんだか落ち着かないけど、宿屋で時間が経てばいつもの焔ちゃんに戻るだろう。
きっと今はまだ私が目の前で死んだショックで自分を責めているだけ。
それに、見た感じ装備はまだボロボロもままだし、休みもせず私が生き返る場所で待っていたのだろう。
だとすると、やっぱり私にも焔ちゃんにも、今一番必要なのは休息に違いない。
「おはよう雫。さっきは取り乱しちゃってごめんね。それに私を命を賭けて助けてくれてありがとう。怖いし、痛い思いもさせちゃったよね」
私と焔ちゃんは少なくとも宿屋に入った時点では、殆ど抱き合う形になって眠っていたはずなのだが、今こうして起きてみれば、焔ちゃんに頭を撫でられている。
正直言ってこのまま撫でられ続けられるのもやぶさかではないが、声を掛けられてしまった以上、さすがに起きた方が良いだろう。
「おはよう、焔ちゃん。もしかして昨日は私のことばっか考えて眠れなかったの? 起きてすぐに言ってくるなんて絶対そうでしょ?」
「う、ごめんなさい。その通りです……」
「全くもう。今回は私が助けるのに力不足だったから起こった事だし、そもそも私がオークに捕まらなければ焔ちゃんだって痛い思いしなくて済んでたんだよ? だから、もうこの話はおしまい。というか、私はいつも助けてもらってるんだからこれじゃ足りないくらいだよ」
少しでも焔ちゃんの罪悪感というか、暗く落ち込んだ心を照らす為に、私は笑顔を見せて言葉を返した。
それに、自分で言った言葉の通り、私は焔ちゃんに頼りっぱなしだったし、何回も助けられている。
それによって、私が心のどこかで「焔ちゃんなら助けてくれる」と思ってしまっていたが、今回の出来事で他人任せな考えを消すのにも役立ったのだから、死ぬのもあながち悪い事ばかりじゃない。
……ま、二度とごめんだけどね。
とにかく、私が明るく振舞ったおかげなのか、焔ちゃんも次第に自分の考えに折り合いをつけたのかいつも通りに戻ってきている。
とても嬉しい事だ。
「雫! 私約束するよ! もう次は油断しないし、負けないから! ……でも、やっぱりまだ雫が死んだって事が凄く怖いよ……」
「焔ちゃん……」
俯き、今にも泣きそうな焔ちゃんに対して、私は腕を拡げて抱きしめた。
直接感じる震えと、か細く聞こえる泣き声。
私までもが泣いてしまいそうになってしまうけど、それをグッと我慢して私はただただ焔ちゃんの頭を撫でていた。
「あははっ。なんだか子供みたいで恥ずかしいなぁ」
「ううん。全然恥ずかしくなんてないよ」
2人ともまだこうして温もりを感じていたいのか、お互いに離れる事なく時間だけが淡々と静かに過ぎていった。
そうして暫く時間が経ったと後、私たちはようやく前回の戦いで消耗したアイテムや、防具、武器の新調をする為に街へと向かい始めた。
「いやードロップアイテムのお陰で結構お金が貯まったね!」
「うー、今頃私も同じくらい持っていたはずなのに」
「まぁまぁ雫の分も全部私が買ってあげるからさ! 任せといてよ!」
お金を手にした私たちがまず向かった場所は防具屋であり、そこで今後の為にもそれなりに高い物を二人とも購入した。
動き易さを重点に考えた為、防御力という観点ではあんまりかもしれないけど、それでも以前装備していたものよりは硬くなったのは確かだ。
それから、回復アイテムを念入りに揃えて、私の弾と焔ちゃんの短剣を買い、私たちはまた資金稼ぎの為にモンスターと戦いに向かった。
「あ、そうだ! 雫、はいこれ! 欲しかったんでしょ?」
「えっ!? 良いの? これ高かったでしょ!」
街から出て、焔ちゃんがプレゼントしてくれたのは、銃の弾だった。
それも、限定品として出ていた雷の属性が付与されているもので、店で見た時からなんとなく欲しかったもの。
銃という武器は、元々武器によって使える弾なんかが違っており、偶然にも今の私が持つ銃が、炎と雷だったからこそ、店頭に出ていた時は私の目を引いていた。
焔ちゃんがきっとそれに気付いて買ってくれたのだろうし、こういう所が本当に大好きだ。
「値段なんて気にしない! 私は雫の喜ぶ顔が見れればそれで良いんだから!」
「ありがとう、焔ちゃん!」
弾を貰い、嬉しくなった私はさっそく試してみようと思い、周囲を警戒しながらもスライムに対して一発撃ち放った。
粘液であるスライムには弱点だったのか、コアを狙っていないにも関わらず破裂し、辺りに粘液が飛び散ってしまっている。
「うわっ! なにこれ凄い!」
「確かにコアを狙わなくて良いのは便利だけど、倒して手に入る物と比べたら見合わなそうだね」
「だね! でも威力は高そうだし、スライム以外にも使えそうだから、これでガンガン戦えそう!」
口では戦えると言っても、正直言ってモンスターと戦うのは怖い。
特に、オークやゴブリンは尚更だ。
今は気を引き締めて戦おうと思っているけど、一度死んだという事実はトラウマとして残っている。
そしてそれは焔ちゃんも同じで、私を死なせてしまったという事実と、一歩間違えたら死んでいた事実が心に残っていたみたい。
だからこそ、お互いに平原では戦うものの、森へと近づく事は出来なかった。
 




