10話 『守られる私』
襲撃してきた三匹のモンスターが消えていく。
自らの力で倒した実感とモンスターとはいえ殺してしまったという罪悪感が一瞬だけ心を抉る。
でも、少し離れて見てくれていた焔ちゃんが駆け寄った事で私の心はすぐに切り替わった。
「雫! お疲れ様! 凄いじゃん、全部一人で倒したね!」
肩を叩き、溢れんばかりの笑顔で焔ちゃんは私へと声を掛ける。
「うん! ちょっとやばいかなぁって思ってたけど案外なんとかなっちゃったよ」
まるで自分の事のように喜んでくる焔ちゃんに対して、私はなんだか気恥ずかしくなってしまい、苦笑しながら答えた。
「いやいや、雫はやっぱり出来る子だと信じてたよ! あ、でも今回でそれなりに弾を使っちゃったんじゃない? 初めてだし仕方ないけど、一回街に戻る?」
私を心配しての提案。
けれど、疲れはそこまでなく、弾の数も問題ない。
既に切り替わった心は高揚に満たされている。
「ううん。まだ余裕はあるから大丈夫! それに、さっきみたいなスライムならもうあんまり外さないで戦えると思うし、任せといてよ!」
モンスターを倒し、褒められたことによってテンションが上がってしまったのか、私は意気揚々と次のモンスターを探そうとしてしまった。
不用心に、辺りを警戒もせず歩き出し、余裕だと思っていたのも束の間。
「ワオーーーン!」
狼の遠吠えとも言える音が聞こえたその瞬間、草原を駆けてくる音と荒い息遣いまでもが聞こえ始めた。
「雫! 早く逃げて!」
「えっ、待って。腰が引けて……」
失態だ。焔ちゃんから少し離れてしまっているのもそうだし、慢心していたのもそうだ。
今更だけど、よく考えればモンスターを探すなんて豪語している暇なんてそもそもなかったのだ。
なにせ、私はスライムと戦った時に銃声を鳴らし過ぎている。
こんなのモンスターからすればここに獲物が居ますよと言っているようなものだし、私が本来するべき行動は、いち早くその場から離脱することだった。
今更こんなこと考えても遅い。
私は腰が引けて動けないし、狼は口を大きく広げて喉を噛み千切ろうとしてきている。
――もう逃げる事は叶わない。
「っ! 雫! 大丈夫!? 今私が助けるからね!」
死ぬことに身を委ねていたのか、私の耳に焔ちゃんが駆けてくる音なんて聞こえなかった。
けど、私に飛び散る温かい血と、目の前に立っている焔ちゃんの表情を見れば何が起きたのか理解出来る。
「……焔ちゃん、その腕……」
「こんなのどうってことないよ。雫を守れたんだもん」
痛いはずなのに、苦しいはずなのに笑って見せる焔ちゃん。
牙は腕に突き刺さり、そのまま食い千切られる可能性だってあるし、こんなの誰だって怖いはずなのだ。
それなのに私を守るために、私の所為、責任にしないように焔ちゃんは笑いかけてくれている。
「っ! 痛いんだから、いい加減離れろよ!」
一向に離そうとしない狼に痺れを切らしたのか、焔ちゃんは無理な態勢のまま激しい蹴りを放った。
その結果、激しい痛みが狼を襲ったのか、弱々しく鳴きながら吹き飛んだものの、数m離れた先で起き上がった狼は未だ戦意衰えずといった形で唸り声を上げていた。
それに対し、目の前に立つ焔ちゃんの表情も曇ってはいなかった。
けど、無理矢理引き離した結果もあって、腕は完全に裂けており、夥しい量の血が垂れている。
「うわっ。思ったより嫌な感触だなぁ。こういうのまで本物そっくりってわけね」
まるで裂けた腕なんか気にしておらず、ただ動物を蹴ったという感触を嫌そうにしていた。
でも、誰がどう見ても焔ちゃんは重症だし、このままじゃ出血多量で死んでしまうかもしれない。
「焔ちゃん、その、腕は大丈夫なの?」
「うーん。動きそうにないし、深くまでやられちゃったかな。でも、なんでかあんまり痛みはないんだよね。だから、今のうちにちょっと倒してくるよ!」
痛みを感じていないのは興奮によるものだと思うからこそ、本来ならこれ以上戦わせてはいけないと分かっている。
が、未だ動けない私が何を言っても意味はない。
だけど、例え動けずとも私には出来ることがある。
そしてそれは言わずもがな銃を使う事だ。
けれど、簡単にはいかない。
スライムとは比べ物にならないくらい速く動いているし、万が一にも焔ちゃんに当ててしまったら大惨事だ。
それに、どうしても私の手が震えてしまうのも撃てない要因の一つだった。
相手が幾らモンスターであり、私たちを襲ってきたとはいえ、あんなに今まで楽しそうにしていた焔ちゃんが険しい顔を見せながら戦っているのは、ひとえにモンスターが生きているからだ。
見た目も何もかもが現実の動物と遜色ない。
つまり、傷つければ真っ赤な血は出るし、痛みを与えれば鳴く。
どう足掻いても目の前で広がっている光景こそが現実であり、殺し合うというのは生半可な気持ちではやってはいけない。
否応にも突きつけられた現実は、今まで楽しんでいた私たちへと再認識させるかのようで、手の震えは未だ止まらない。
「っ!」
「焔ちゃん! 前!」
噛まれた腕は垂れ下がったままではあるし、痛みもあるだろう。
けど、現実とは違って身体能力が良くも悪くも上昇したお陰で狼を翻弄する事は出来ていた。
でも、それも長くは続かない。
私が手を出さなかったからだとか、狼が急に強くなったとかではない。
ただ単純に転んでしまったのだ。
狼を超える程の速さにまだ慣れていない事と、腕の痛みによって一瞬態勢を崩してしまい、そのまま足を挫き、転んでしまった。
けど、モンスターがそんな隙だらけな焔ちゃんを見逃すはずもなく、急所である首を噛み千切ろうと飛び掛かった。
「やだっ! 焔ちゃんを殺さないで!」
私の悲痛な叫びとともに放たれた数発の銃弾は風を切り、狼へと一直線に向かっていく。
手の震えなんてものはもうなかったものの、錯乱して撃ってしまった為に、焔ちゃんには当たらない。
しかし、同時に狼にすら掠った程度の傷しか与えられなかった。
この程度じゃ狼は止まらない。
焔ちゃんが死んでしまうのではないかという絶望が心を覆い、狂いそうになる。
――けど、結果的に言えば、焔ちゃんがこれ以上の傷を負う事はなかった。




