1 二人の婚約者
場所は変わって沢凪荘の食堂。
そこに俺、矢代先輩、沙穂さん、美鈴。
そして、矢代先輩のフィアンセだと言って現れた畑川純太が居た。
校門のところだと、今朝みたいに周囲の生徒に見られてしまうので、仕方なく連れて来たのだ。
畑川はちゃぶ台の前に行儀よく正座し、ニンマリとした笑みを浮かべている。
その畑川の前に沙穂さんが、
「どうぞ」
と言ってお茶を出した。
すると畑川は
「ありがとうございます」
と言ってそのお茶を一口すすった後、正面に座る俺達に向かってこう言った。
「改めまして、僕は畑川純太といいます。そちらに居る張馬矢代さんの、フィアンセです!」
「ええっ⁉」
「あらまあ・・・・・・」
それを聞いて驚きの声を上げる美鈴と沙穂さん。
そして俺の方に、
『これはどういう事?』
という視線を送って来た。
しかし俺も何が何やらさっぱり分からないので、首をかしげて肩をすくめる。
すると俺の隣に座る矢代先輩が、こめかみを人差し指で押さえながら言った。
「え~と、こいつは、ウチの父方の(・)おじいちゃん(・・・・・・)が決めたフィアンセやねん」
「父方?」
矢代先輩の言葉に眉を潜める俺。
今朝会った時本春平は、矢代先輩の母方の(・)おじいさん(・・・・・)が決めた許嫁だった。
それに対してこの畑川という男は、矢代先輩の父方のおじいさん(・・・・・・・・)が決めたフィアンセだ。
と、いう事は・・・・・・。
「矢代先輩ってまさか、婚約者が(・)二人居る(・・)んですか?」
俺の問いかけに、矢代先輩は憂鬱そうに小さく頷いた。
なるほど、尾田先輩が言っていたのはこの事だったのか。
これは大変な事になってきたぞ。
するとそんな中、畑川純太は声高らかにこう言った。
「矢代ちゃんのフィアンセは僕一人だけだ!
春平は自分が矢代ちゃんの許嫁だと偽ってつきまとう、ただのストーカーだ!」
「あんたも一緒やないか」
畑川の言葉に、矢代先輩は顔をそむけて呟く。
その矢代先輩に、沙穂さんが首をかしげながら尋ねた。
「それにしても、どうして許嫁が二人も居るなんて事になっちゃったの?
矢代ちゃんの二人のおじい様は、その事をご存じなの?」
「知ってる」
矢代先輩はそう答え、頭をポリポリかきながら続けた。
「ウチの母方のおじいちゃんが極道の組長をやってるのは前に言うたけど、それに対して父方のおじいちゃんは、警察署の署長やねん」
「ええっ⁉」
「警察の⁉」
「あらまあ」
驚きの声を上げる俺と美鈴と沙穂さん。
矢代先輩は構わず続ける。
「つまり、ウチのお父さんは警察官の息子で、
お母さんは極道の娘。
その二人が結婚して、ウチが生まれたの」
「な、何か凄い組み合わせですね。ご両親は一体どういういきさつで知り合ったんですか?」と俺。
それに対して矢代先輩は変わらぬ口調で答える。
「大学のサークルで知り合ったらしいよ。お母さんがお父さんに一目惚れしたんやって」
「でも、そんな結婚よくおじいさん達が許してくれましたね」と美鈴。
「許してくれへんのやったら駆け落ちするって言うたらしいわ。
そしたらおじいちゃん達は渋々(しぶしぶ)許してくれたんやって」
「そのおじい様達はどうして、お互い別々の許嫁を決めたりしたのかしら?」と沙穂さん。
「それは、ウチのお父さんもお母さんも、お互い親の仕事を継がへんかったからやよ。
父方のおじいちゃんの家は代々警察官の血筋やったんやけど、
ウチのお父さんは警察官にはならへんかった。
一方母方のおじいちゃんの家は代々極道の血筋やったんやけど、
お母さんは極道の道には進まへんかった。
そこで双方のおじいちゃん達は孫娘のウチに婿養子を取らせて、自分の後を継がせようと考えた。
それで父方のおじいちゃんが決めた許嫁が、警察のエリートコース志望のこの純太で、
母方のおじいちゃんが決めた許嫁が、極道の跡取りの春平という訳。
警察と極道という関係もあって、父方と母方のおじいちゃん達は死ぬほど仲が悪くて、
何としても自分が決めた許嫁をウチと結婚させて、
自分の家に引き入れようと躍起になってんねん。
おまけに許嫁の春平と純太はどっちもウチの幼なじみで、
どっちもウチを好きとか言うて、昔から仲が悪かってん。
ちなみにウチはどっちも好きやない。
ていうか嫌いです。
大嫌いです。
まあ、これが今回の一連の件の全容なんよ。
分かってくれた?」
「は、はあ」
「そ、そうだったんですか」
「あらまあ・・・・・・」
矢代先輩の説明を聞いた俺達三人は、そう言ってひきつった笑みを浮かべた。
まさかそこまで込み入った事情があったとは。
矢代先輩はいつも明るくてヤンチャだけど、その裏では大変な苦労があったんだなぁ。
そうシミジミ思っていると、矢代先輩は畑川をまっすぐに見据えてこう言った。
「まあそういう訳やから、純太、とりあえず帰ってくれる?」
「えぇっ⁉」
やっと出番が回って来たかと思ったらいきなり
『帰れ』
と言われた畑川は、立ち上がって抗議の声を上げた。
「今来たばっかりなのに何でいきなり帰れとか言うんだよ⁉僕は君のフィアンセなんだぞ⁉」
それに対して矢代先輩も立ち上がって声を荒げる。
「あんたはさっきのウチの話を聞いてなかったんか!
ウチはあんたも春平も大嫌いやねん!
結婚なんかするつもりないねん!
大分と昔から言うてるやろ!」
「そ、そんな・・・・・・矢代ちゃんは僕と同じ幼稚園に通っていた頃、
大きくなったら結婚しようって誓ってくれたじゃないか」
「それはあんたが勝手に一人で誓ったんやろ!」
「どうしてそんな事を言うんだよ⁉僕はこんなにも君の事を愛しているのに!」
「愛していらん!」
「矢代ちゃんは僕の何が気に入らないって言うの⁉」
「スーツ―がダサイ!髪型もダサイ!性格がイラつく!」
確かに。
「ええっ⁉矢代ちゃんはこのレトロな中にもハイカラなナウさが光るナイスガイセンスが分からないのかい⁉」
「分からんわ!レトロな中のハイカラなナウさって何やねん⁉そういう表現からしてイラつくねん!」
「そんな事言わずに機嫌を直してよ。実は今日は矢代ちゃんに、大事な話があって来たんだ」
「だからウチはあんたと結婚せぇへんて言うてるやろ!」
「違うよ。そうじゃなくて、矢代ちゃんのおじいさんが病気で倒れたんだ」
「えっ?才三おじいちゃんが?」
「そうなんだ。だから一刻も早く矢代ちゃんに戻ってきて欲しいんだ」
「それって、ウチを連れ戻す為の嘘とちゃうんか?」
「ギクッ!ギクギクッ!な、なぁ~んの事かなぁ~?
僕はただ、矢代ちゃんのおじいさんが大変な事になってるから、矢代ちゃんに帰ってきてもらおうと・・・・・・」
「やっぱり嘘やろ!ギクギクッとか言うてるし!ウチは帰らへん!分かったらさっさと帰れ!」
「そうはいかない!矢代ちゃんが僕と結婚するって言ってくれるまで、僕は絶対に帰らないよ!」
「やっぱりそっちが目的やないか!それならあんたにも教えたるわ!
実はウチには、もう心に決めた人がおるんや!」
「ええっ⁉それってまさか・・・・・・僕?」
「何でやねん⁉話の流れからしてありえへんやろ!
ちなみに春平でもない!ウチが心に決めた人は、この人や!」
矢代先輩はそう叫ぶと、俺の体にガバッと抱きついてきた。
するとそんな矢代先輩の行動に、畑川は目を大きく見開いて叫んだ。
「ど、ど、どういう事だよ矢代ちゃん⁉
フィアンセの僕を差し置いて、僕よりも数段ノーハンサム(ハンサムじゃないという意味か?)のそんな男を選ぶなんて!」
「あんたなんかより百倍ハンサムやわ!ウチはこの人と生涯を共にするって決めたんや!」
「な、何て事だ・・・・・・」
「これで分かったやろ!ウチはあんたとは結婚せぇへん!ツベコベ言わずにとっとと帰れ!」
「ぐ、ううううう・・・・・・」
矢代先輩の言葉に、畑川は青ざめた顔で口をつぐんだ。
そして、
「う、うわあああん!」
と泣き叫びながら食堂から飛び出し、沢凪荘を去って行った。
しかしこれで解決した訳じゃない事は、今までの話の流れからしても明らか。
この後、まだまだ大変な事になる。
ていうか、時本との決闘の事をすっかり忘れてた。
それも含めて、これからどうなっちまうんだ?




