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これから死ぬ、悪役令嬢へ

作者: 立草岩央
掲載日:2021/01/14

もう、疲れた。


有力貴族が通う名門学院。

そこにある庭園のガゼボ、休息用の建築物で黒髪令嬢、リタ・レルメディは呟いた。


「それって……楽になりたいってこと?」

「……そう」

「じゃあ、一緒に背伸びしよう。少しは楽になるよ」


向かい合っていた金髪子息、リーオ・エインスレイが、椅子に座ったまま背伸びをする。

暗い表情を崩さないリタに対して、その物腰は緩くて柔らかい。


「ふぅ、身体がジ~ンってなって、力が抜けるなぁ」

「……」

「どう? ジ~ンって来た?」

「少しは……ある、かも……」


つられてリタも背伸びをする。

暗い顔は晴れなかったが、それでも背伸びを終えた口調は少しだけ落ち着く。

彼女のまともな話し相手は学内で唯一、幼馴染のリーオだけだった。


「何があったんだ?」

「……また、皆に迷惑をかけたの」

「そうだったのか……」

「私は愚図だから……迷惑かけてばかり……。姉様は、あんなに出来る人なのに……どうして私は、何も出来ないんだろう……」


リタは二女であり、数歳年上の姉がいる。

才色兼備、周りから一目置かれる程の才女。

それでいて、姉の言動はまさに悪役令嬢の如き振る舞いだった。

権力と財産を持て余すレルメディ家の令嬢として、周囲の学生を従えていく。


代わりにリタは、常に姉の後ろを付いて回っていた。

そうしろと、言われていたのだ。

しかし才覚は優れず、この学校にもレルメディ家の者という理由だけで入学。

何をしても上手くいかない、失敗も多い。

周りの者からは愚図とすら揶揄される。

リタも姉に付き従う悪役令嬢として、別の意味で遠ざけられていたのだ。

するとリーオは問う。


「でも、頑張ったんだろう?」

「……」

「全部が全部、ダメだったなんて事はないんだ。リタは、頑張った。それだけは、ダメなんかじゃないんだよ」

「そんなの、駄目よ。頑張るだけじゃ、何も出来ないんじゃ、駄目なのよ」

「どう考えるかは、人それぞれさ。俺はただ、君が頑張ったことを褒めたいんだ」


彼は責めなかった。

間違いなど誰にでもある。

間違えたからと言って、全てを否定する権利は誰にもない。

だからこそ、彼はリタを褒める。


「よく、頑張った。だから今は、ゆっくり休んで良いんだ」

「……」

「今日は良い茶葉を持って来た。リタも、気に入るんじゃないかな」


そうして今日も、リーオは優しく出迎える。

彼女の苦悩は、よく分かっているつもりだった。

レルメディ家という重圧と、姉という明確な比較対象。

自分への劣等感ばかりが、リタを苦しめ続ける。

苦しくて苦しくて、死を選びそうになる。

彼からしても、簡単に払えるものではない。

だから大丈夫、などとは言わない。

だから元気を出せ、とも言わない。

寄り添うだけで良い。

傍に誰かがいると、分かってくれれば良かった。


「じゃあ! また、明日も会おうな!」

「……うん」


そうして二人の時間を過ごした後、そう言って別れる。

いつもと変わらない日々。

いつも交わす別れの挨拶。

また明日、元気な姿で会おう。

それだけの会話だったが、リタは何処か救われた顔をするのだ。

だからリーオはいつも放課後の庭園で、幼馴染の彼女を待つのだった。


「お父様もお母様も、私を嫌っているの」

「……そうなのか?」

「私って、姉様と比べられない位、何もないから。何も出来ないと、溜め息をつかれるの。姉様は出来るのに、どうして、こんな事も出来ないのかって。誇り高いレルメディ家の娘なら、出来て当然だって」


日々、リタは何かに追い詰められていた。

自分が何も出来ないから。

誰かに陰口を言われたから。

両親の期待に応えられず、呆れられたから。

原因は様々だ。

頑張っているのに、努力しているのに、どうにもならない壁が目の前にある。

そしてその壁に、彼女は押し潰されそうになっている。

だから少し考えた後、リーオは言う。


「じゃあ、怒ってみようか」

「え?」

「ここでちょっと、怒ってみたらどう? うるせ~、勝手だろ~! みたいな感じで」

「で、でも、そんなの……」

「溜め込んでばかりじゃ、余計に辛くなるだけだ。息を吐かないと、吐き出さないと、風船みたいに割れてしまう」


リーオは嫌な事は嫌だと言う性分である。

なので、自分の心に溜め込んでしまうリタの気持ちを推し量る。

きっと、彼女は一歩踏み出すのが怖いのだ。

自分の気持ちを言えば、吐き出せば、更に失望されて嘲笑される。

今までの環境が、彼女を雁字搦めに縛り付けているのだろう。

だが、そんなのは勝手にさせておけば良い。

他の誰でもない、自分自身の人生なのだから。


「弱音くらい吐いてもいい。強くなくていい。弱くていい。リタの考えている事を、隠さずに、表に出してもいいんだ」

「……」

「君は優しいから、難しいかもしれない。それでもし、思い切る事が出来ないなら、たまに此処に来て、愚痴だけ吐けばいい。気を使うばかりじゃ、本当に疲れるだろう? 俺は幾らでも付き合うよ。そうして、一歩ずつ進んでいくんだ。誰かと比べるんじゃなくて、ゆっくりと、どれだけ遅くてもゆっくりと、さ」


一歩踏み出す勇気は、簡単には持てない。

だから後押ししてくれる人が必要だ。

リーオはその役目を請け負った。

彼女から言われるまでもなく、雁字搦めになっている糸を、一つずつ取り除きたかった。

すると暫くして、申し訳なさそうにリタは俯く。


「……どうしてそんなに、してくれるの?」

「だって幼馴染だし」

「理由に、なんないよ」

「そうかな。幼馴染だから、昔から知っているから、リタが悲しいと俺も悲しいんだ。それだけじゃ、ダメかな」


大それた理由はない。

あるのはリタと幼馴染だという関係だけ。

身近な人が悲しんでいれば、力になろうとするのは当然だ。

迷惑ではないか。

口では言わないが、態度で仄めかす彼女に、リーオは変わらない態度で受け入れるだけだった。


「じゃあ! また、明日も会おうな!」

「……うん」


そう言って、二人は今日も別れる。

また会おうと背中を押されながら、リタは少しだけ寂しそうな顔をした。

いつの頃だったか。

幼少時代、やんちゃしたリーオが大怪我を負った時、真っ先に彼女が駆け付けて手当てをしようとした。

周りの人々が動転して動けない中、手を差し伸べてくれた事を思い出す。

あれはまさしく、勇気を持って踏み出した確かな思いだった。

彼女の中にある、彼女の優しさだった。

だから今度は、自分が手を差し伸べるのだとリーオは決意する。


これから死ぬ、悪役令嬢へ。

ここに居場所はあると、引き止めるために。







そうして、死を願うリタの日々は過ぎ去っていく。

周りの環境は少しずつ変わっていくが、二人の関係は変わらない。

共にいる、一緒にいる。

それだけで良かったのだろう。

するとある日、唐突にリタが言う。


「私、ただ悪い風に見られるだけで、何の価値もないって思ってた。何が正しいのかも、何をすればいいのかも、分からなくなって……」

「……」

「でもそんな事、考えなくて良かった。正しいかなんて、分からなくて良い。分からないままで良い。ただ、自由に……無理をしない生き方が出来れば」

「……無理をし過ぎると、自分を傷つけてしまうから、な」

「うん。私はレルメディ家の娘だし、やっぱり難しいこともある。でも、最初は怖かったけど、それでも私を大切に思ってくれる人がいるなら、それだけで歩いていける気がするの。だから……」


そこで区切って、彼女はリーオを見つめる。

意志の込められた瞳が、微かに揺れる。


「無理、しなくて良いよ」

「!」

「姉様から、告白されたんでしょう?」


リーオは目を丸くする。

つい最近の出来事だ。

彼はリタの姉に告白されたと、他のクラスメイトから伝えられた。

ただ好きと言われただけではない。

貴族同士の告白が何を意味するか、分からない訳ではない。


「……知ってたのか」

「うん……」

「でも、どうして?」

「私と違って姉様は何でも出来るし、沢山の人と知り合ってる。強くて、賢くて、思いやりのあるリーオと、とてもお似合いよ」


自分よりも遥かに勝っている姉が、リーオを欲した。

妹であるリタに否定できる力はない。

それに彼にとっても、それが一番幸せだと思ったのだ。

姉がアプローチを掛ける事なんて滅多にない。

それ程まで気に入られたのだろう。

辛い。

悲しい。

でも自分も、いつまでも迷惑をかける訳にもいかない。

あくまで彼を送り出すために、頑張って勇気を振り絞る。


「う~ん、なんて言ったらいいのかな」


すると彼は言い難そうにしながらも、残念そうに答えた。


「断ったよ。あの後、場所を変えて直ぐにね」

「えっ!?」

「まぁ、断られると思ってなかったみたいで、逆に俺が怒られたけど」

「ど、どうして?」

「どうしてって、それは……」

「……?」

「実はあの人、苦手だったんだよ」


身も蓋もない事を言いつつ微笑むが、リタからすれば信じられないものだった。

まさか姉に対して、否定を突き付ける者がいるとは思わなかった。

他の人々もそうだろう。

姉相手に首を振れば、どうなるか分かったものではない。

しかし彼の身分、エインスレイ家は多くの宝石を採掘できる巨大鉱山の所有者だ。

貴族の持つ宝石も、そこから賄われているものが多数ある。

宝石の類を一切身に着けていないので、そんな風貌には見えないが、レルメディ家に匹敵する大貴族の子息なのである。

そんな彼が、穏やかな彼が、面と向かって姉に反抗した。

普段見ない力強さに、自分にはないものに、少しだけ胸が熱くなる。

何も考えなくても、そこに自分が引かれていくのが分かる。


「そう……そう、なのね……」

「うん」

「わ、私も」

「うん」

「苦手、だったの」

「知ってる。でも、聞けて良かった」


誰かのためではなく、自分のための言葉を、リタはようやく吐き出す。

何故、姉の誘いを断ったのかは分からない。

決して、苦手だからという理由だけではないだろう。

まさか自分のために、そんな考えが過ぎってしまい、一転して自分が嫌になる。

これは悪い癖だ。

昔からの浮足立ってしまう、褒められ慣れていないがための癖。

自意識過剰もいい所だと、自惚れも大概にしろと、彼女は無意識に自分を責める。


「……ごめんなさい」

「はは、何でリタが謝るのさ」


リーオを話していると、時折勘違いしそうになる。

勘違いしたくなる。

理由なんて知れている。

そこにしか、道がないからだ。

塞がれていた自分には、そこ以外に通る道がないからだ。

期待すれば、それが間違いだと気付いた時、余計傷つくだけなのに。

それなのに、こんなどうしようもない自分を前にしても、彼が傍を離れないから、傍にいるから、そう思ってしまう。

するとリーオはそんな考えを知ってか知らずか、ゆったりと椅子に腰かけた。


「今までと同じだよ。変わらない。昔、リタが手を差し伸べてくれた時と同じようにね」


今までと何も変わらない。

庭園の一角で、ゆったりとした時を楽しむ。

それが嬉しくて、そして怖い。

全て否定され続け、何の価値も存在理由も見いだせず、死にたいと吐露してからそうだった。

死ばかり考えていた自分が、彼に助けを求め、そして彼に会う事ばかりを考えるようになっていった。


「……明日も、また会えるよね?」

「勿論。だから今は、ゆっくりしていようよ」


リタの言葉にリーオは頷く。

未だに臆病さは取れない。

何かが解決した訳でもない。

だがいつかは失くしてしまったかつての自分も、此処にいれば、取り戻せるのかもしれない。

もっと踏み出せるかもしれない。

リタはそう思い、微かに笑う。




そんな二人が婚約関係になるのは、学院を卒業して半年後のことだった。

周りからの反対もない訳ではなかった。

不釣り合いに決まっている。

何も知らない適当な言葉で、仲を引き裂こうとする者もいた。

しかし二人は離れなかった。

意地ではない。

いつも通りなのだ。

何も変わらず、いつもと変わらず傍にいる。

ただ、それだけの事。

リタはいつの間にか、朗らかな笑顔を取り戻すようになった。

貴族の娘として、未熟な点がないとは言えない。

それでも無暗な死を望むことはなくなった。

そしてそんな様子を見て嬉しそうなリーオと、彼女は手を繋ぐのだ。


これからを生きる、自分達へ。

今が確かに幸せであると、伝えるために。

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― 新着の感想 ―
[一言] リタの姉は評価Sを当たり前のように取ってると聞きました。 リタは評価Sをたまに、ほとんどは評価Aだと聞きました。 普通の成績優秀者は、評価Sを一回でも取れれば良い方だと聞きました。 現…
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