夕食と混乱
梵天丸さんを除く艦橋メンバーが揃ってからしばらくして日が完全に落ちた頃、梵天丸さんが帰ってきた。少し疲れたような顔をしている。ただどこか嬉しそうな顔をしているような気がする。因みに戻ってくる間も不具合が治った様子はない。ずっとログインしっぱなしだ。
「お帰りなさい。どうでした話せましたか?」
「ええ、ちょっと訛りが酷かったり分からない単語が出たりしましたが、おおむねは」
「ありがとうございます。説明をしてもらっても大丈夫ですか?」
「はい、ですがその前に皆さんに試して欲しい事があるんです。皆さんお腹空いていませんか?」
そう言えばもう夕飯も食べてもいい時間だ。でも、俺に空腹感はない。周りを見ると確かそうだと言っている声も聞こえる。
「俺はあまり空いていませんが他の皆さんはどうですか?」
「そう言えばお腹空きましたね。出来ればログアウトして夜飯を食べたいですね」
他の反応を見るに俺以外の皆はお腹が空いている様だ。
「私も空きました」
まさかのスーシアも同調した。AIどうなってるんだろうか?
「では皆さん一度食堂に行きましょう」
梵天丸さんはそのままさっき使っていたエレベーターのボタンを押した。え?どうして
「え?どうして食堂に?」
「いいですから、聞くより体感した方が早いですから」
ポーンと音が鳴って扉が開いたエレベーター乗り込んで梵天丸さんが手招きをする。皆、半信半疑ながらエレベーターに乗り込んで後をついてきたスーシアが乗ってから食堂がある階層へのボタンを押す。
食堂は信濃内にある皆の食事処だ。かといって実際に俺達の腹が膨れるなんてことは無く、NPCの空腹ゲージを回復するための場所だ。信濃は空間歪曲魔法で実際よりも4倍のスペースが確保されているがその半分は食料保存庫や飼育、栽培と飼育スペースが占めている。このゲームはNPCを増やし過ぎない措置として、NPCの数に応じて食料を貯蔵していないと食料不足で餓死者が出る仕様になっている。それを防ぐために地上にある拠点には飼育施設があったりするが、信濃には空間歪曲の魔法でスペースは他の船よりも多くあるので生体として牛や豚などを飼育しているので他の船に比べるとかなり長期間の航海を可能にしている。
そんな信濃内で採れた食材を加工して料理として出すのがこの食堂である。そこに配置されている料理人の熟練度によって一定期間に消費される食材の量が減るので、なるべく長期間航行する為にレベルほぼカンストにした。
「こんばんは」
トレーを持って梵天丸さんが受付に挨拶するとすぐに返事が返ってきた。
「こんばんは、珍しいですね。皆さんが集まるのは」
ガラスのように透き通った肌に割烹着に身を包んだ高身長の男性、料理長と言う設定で配置しているクリスが答える。
「少しね。ひとつ貰ってもいい?」
「ええ、もちろんです」
そう言ってお皿にご飯を盛った後に湯気が立ったカレーをよそって梵天丸さんのトレーに置いた。ここからでも感じるカレーの匂いにいつもなら食欲をそそられるのに、今はあまりそうは感じない。ゲームだからだろうか?
「皆さんもどうぞ」
そう言いわれて梵天丸さんに従って全員カレーをトレーに乗せて近くの机に集まった。
「それで話したい事ってなんだ?」
「まぁ、カレーを食べながら聞いてください。美味しいみたいですから」
そう言われてカレーを一口食べるが、何の味もしない。ゲームだから当たり前と言えば当たり前か、そう思って周りを見たが他の人は違うみたいで、何か必死な表情でカレーをむさぼっている。
「先ほど私は医務室にいた彼女、ミアさんと話をしていました。その時にドライさんのNPCのイユさんにお茶と茶菓子を出してくれたんです」
目の前にあるカレーを口に運びながら話している。後をついてちゃっかり隣に座ったスーシアを見ると、同じようにカレーを食べていた。
というか、あのNPCの名前ミアっていうんだ。
「話している中、喉の渇きを覚えた私は無意識のうちにお茶を手に取って飲んだんです。そしたら喉の渇きが収まりました」
もしかして、味があるのかと思ってもう一度カレーを口に運ぶがやはり味がしない。
「もしかしてと私は次に茶菓子をかじったんです。そしたら、美味しかったんです。そして最後に満腹感が来たんです」
え?俺、味しないんだけど?
「確かに美味しいですし、お腹も満たされました。でもこれって確かにおかしいですね」
空になった皿を前にシャーロックさんぽつりと言った。周りの人達も完食したようで俺以外の皿は空になっている。俺の皿は二口しか食べてないがあまり食欲も湧いていないので少し食べるのを辞めて梵天丸さんの話を聞く。
「ええ、そしてやたらリアリティのある環境、自律的に動き始めたNPC、匂いと味のする食事既に様々な推察要素があります」
「それは?」
「もったいぶってないで早く言ってくださいよ」
「では単刀直入に言います。私達は異世界に転移しているのではないかと私は思っているのですよ」
「「「…はぁ?!」」」
「異世界転移って…そんな、アニメやラノベじゃないんだから有り得なくない?」
黒雪さんがRPを忘れて素の口調で聞き返した。確かに今梵天丸さんが言っていたことはにわかには信じられない…と言うか到底信じられない話である。しかし、梵天丸さんの表情からもそれなりに真面目に話していることは分かるからもう少し様子を見る。
…それにしても色黒の筋肉隆々なおっさんがバリトンボイスでJK口調を出すのは結構な破壊力がある。テンパった時に偶に聞くことがあったけどまだ慣れないな。確かボイチェン使っているんだっけか?
「いえ、私はいたって真面目です。実際私達にメニュー画面が開きません」
「それは、春雷さんも言ってたじゃんバグかもって!」
「では、NPCの自立行動に関してはどうですか?この食堂で食べた食事に匂いと味を感じて満腹感がある現状はどうお考えですか?」
「あの、味をを感じないんですけど」
「……へ?」
予想外の事態に梵天丸さんの顔が崩れる。数十秒、梵天丸さんが俺を見つけた後に首をかしげて口を開く。
「マジですか?」
「ええ、全く感じません。というかあまりお腹は空いていないです」
「……骸骨だから?とか」
「……ああ、舌が無いからか」
「でもそれだったらそもそも春雷さんが何で生きているみたいな話になりません?」
「ほら異世界が本当ならアンデットだったりするんじゃない?」
「もう、そんなことどうでも良いじゃない。問題はどうやったらログアウトできるか!とか異世界転移?をしてるのか!ってことでしょう!」
中々に話し合いが目的不明のままmヒートアップしかける所でフソウさんがストッパーをかける。
「まぁとにかく一旦寝ることにしないか?流石に一晩経てば運営も対策を講じてくれるだろう。それに寝れば自動ログアウト機能が働いて出られるようになるかもしれんぞ?」
「そうね。ごめんなさい少し焦ってしまったわ」
「こちらこそすみません、あとRP崩れてますよ」
「……」
「では一旦解散、ログアウト出来なければ再び環境に集まるでよろしいですか?」
「ではそうしましょう。願わくばこのままログアウト出来ることを願いましょう」
「ええ、では各員解散してください」
一旦話し合いをここでやめて各自居住スペースに作っていた各々の自室に向かっていく。俺も眠気は無いけどログアウトするには寝た方がよさそうだから、艦橋の上にある艦長室に行く為に席を立った時だ。
「艦長」
スーシアに呼び止められて振り返るとカレーを指差していた。
「カレーを食べないのですか?」
そうだカレーを食べている最中だった。でもあまり食べたいとは思わないし、お腹もすいてないからな。かといってここで残すのはもったいない気がする。というか仮にも食料が限られている船の中でお残しするなんて駄目だろ。でも本当にお腹空いてないしな‥‥
…………そうだ。
「えっと、スーシア食べてくれるか?今はあまり腹が空いていないんだ」
そう言われてスーシアは驚いたような顔をした。言い終わった後に自分の失言に気が付く、誰が好き好んで口を付けた料理を食べるんだ。もしさっきの梵天丸さんの話が本当ならスーシアに自我があると言うことだ。誰が口を付けた食べ物を口にするというんだ。
「無理にとは言わない。駄目だったら自室で食べる」
そう言いながらもトレーを持ち上げようとした時に持ち上げるよりも早くスーシアがトレーの端を掴んだ。
「食べます」
「え?」
「食べます。お腹が空きました」
「…こういうのもなんだけど俺が口付けちゃった奴だよ?大丈夫?」
「大丈夫です。丁度もう一皿食べたかったんです」
「そ、そう、分かった。ならよろしくね」
そう言ってトレーをスーシアに渡して食堂を後にする。何か怖かった。
「異世界転移か…」
自室の椅子に座り目の前に広がる大海原を見ながら考える。艦長室から見える海はゲームの海と変わっていないように見える。ここが異世界と言われても俺はあまり現実味を感じなかった。
だが他の皆さんは違うようで混乱していた。多分実際に味がして満腹感を感じたんだろう。
……駄目だ考えても不安になるだけだ。さっさと寝るとしよう。
寝ようとベッドに横になろうとしてピタリと止める。軍服を着ているこの格好だと寝にくいな。かといって画面が現れないから装備変更も出来ないからこの格好のままなのかと考えた時に物は試しと脱ごうとしてみた。するとすんなり服が脱げて中にある肋骨が見えた。
ええ……これ肉があったらR18ゲームになっちゃうよ…
ズボンも試してみたらこれも脱げた。少し嫌な予感を感じながら椅子に服をかけた時にほのかにカレーの匂いがした。
何気なく気になって探してみると俺の尻の骨辺りにカレーが付いていた。
「は?」
なんでと思いかけて気が付く、あのカレーを消化する部分が無いから真下にあった尻の骨についたのか?
取り合えず近くにあったタオルでカレーを拭って洗面所で洗い流す。自分の骨ってこうなっているんだ。思ったよりも細かく作られている。
ゲーム内で自分から寝るなんて事は無かったから少し緊張する。ベッドに横になり目を閉じる。まぁ、これでも一応規則正し生活は心掛けているつもりだからすぐに寝れるだろう。
そう思ってベットに横になること数時間全く眠れる気配がしない。
「少し下に行くか」
誰かいれば話している内に眠くなるかもしれない。そう考えながら艦長服を着て椅子に座り下に向かう。