サルベージと違和感たち
しばらくして信濃の隣にコバンザメが浮上する。浮上したコバンザメは上部のハッチが大きく開いて中に収納していた貨物が姿を現す。シャーロックさんが艦首にあるクレーンを使って慎重に荷物を持ち上げて信濃内に仕舞っていく。
コバンザメが回収した物資を直接信濃内に入れる手段が無いので、こうして一旦浮上してクレーンでサルベージ品を吊り上げる必要がある。この作業はNPCが問題なく行うので俺達は暇になる。
今の内もログアウト出来ないことを皆さんに話しておこう。
「回収はNPCに任せて、一旦皆さん作戦会議室に集合してください、話したいことがあります」
「スーシア、レーダーの監視をお願いします。何か反応があればすぐに呼んでください」
「わかりました」
スーシアは頷いて艦橋にある梵天丸さんの席に座りました。自発的に動いてくれるのは便利だな。運営さんいいアプデしてくれてマジでありがとう。
俺は席を立って梵天丸さん達と一緒に作戦会議室に集まる。しばらくしてフソウさんと漆捌さんも部屋にはいってくる。
「資源回収ありがとうございます」
お礼を言ってから気が付いた。なんか顔色が悪そうだ。特に漆捌さんは艦橋から出る時よりも明らかに気落ちして顔も真っ青だ。
「お、おう…」
「何かありましたか?」
「いや、なんでも。…それよりも話ってなんだ?」
「まだ医務室からドライさんが来ていないので来てからにします」
「そうか……」
「本当に大丈夫ですか?気分が悪いなら座りますか?」
この作戦指令室は元ネタ準拠で床全体がモニターになっているので椅子は普段部屋の壁に仕舞われているが必要とあれば取り出すことが出来る。
「いや、俺は大丈夫だが、ちょっと漆捌の小僧には出してあげてくれ」
「わかりました」
壁から椅子を二つ取り出して一応フソウさんの前にも置く
「ありがとう」「ありがとな」
流石に椅子を出されても拒否することは出来ずに二人は椅子に腰かけた。しかし、二人は何があったんだ?何か気持ち悪いものを見たとか?確かにこのゲームは15歳以上が対象のゲームだがそれほど精神がやられそうなのは南極の太平洋側付近に不定期に現れる大型クリーチャーぐらいなものだが、無事にコバンザメが帰ってきたし、もしアレがいるのなら真っ先に逃げることを提案したはずだ。一体何を見たんだ?
その思考を遮るように部屋の扉が開きドライさんが部屋の中に入ってきた。
「すんません、遅くなりました」
「いえ、では話しを始めましょうか」
「その前に春雷さん一応報告だけど、先ほど黒鳥が帰還した際にNPC?を回収して戻ってきて、意識不明だったから今は医務室に寝かせてる。少し特徴的な部分があったから多分イベントNPCだと思う」
素晴らしい、イベントNPCがいると言うことは少なからずイベント海域に入って入ると言うことだ。そこからNPCと会話することでやっと信濃がイベントに参加できる。
「なるほど、わかりました。目を覚ましたら教えて下さい」
「わかった」
でも、イベント海域には入っててよかった。イベントに入るための導入NPCは敵船とかに捕まっているパターンもあるが基本的に町にいたりとイベントによってばらけるからイベントに参加できているのか分かっただけでも良しとしよう。
「それでドライさんも来たのでお話させていただきます」
そしてようやく俺は全員にログアウト出来ないこと、とメニュー画面が出せないことを話すことができた。
「え?!マジで!」
「マジですね。現状運営が修正してくれないと私達はログアウトできませんね」
「え、うっそホントに?」
皆確かめるように腕を振ってメニュー画面を出そうとしているが誰も開けていないみたいだ。
「マジかー俺明日予定あるのに…でどうする?」
「どうするって…どうします春雷さん」
どうすると言われてもこのままゲームをする以外に手はないと思うのだが、
「ひとまず、ログアウトは出来ないのでこのままゲームをするしかないかと」
運営に報告しようにもメニューが開けないから出来ないから、運営が早く修正してくれるのを祈りながらゲームを進めるしかない。多分この状況は俺達だけではなく他のプレイヤーも同じ状況だと思う。そしてこの混乱に乗じて我先にと進めてしまう輩がいるかもしれない。
「それしないですね……他の事も出来ないですし」
「ええ、まずは物資の確認をしたいのですが……その前に、フソウさん教えて下さい。何を回収したんですか?フソウさんと漆捌さんの顔色が悪くなるものがあったんですか?」
その言葉にフソウさんと漆捌さんの目が露骨に泳いでいた。話そうか話すまいか迷っていたが、フソウさんがやがて意を決したように立ち上がった。
「……いや、回収したというよりも見ちまったの方があってるんだと思うんだ」
「言うの?」
「ああ、言わなくちゃだめだと思う。だけどちょっとグロい話になるから嫌な奴は外で待っててくれ」
え、グロいの?このゲームは一応全年齢対象のゲームのはずで、そんなグロい表現は出来ないはずでは?しかもフソウさんが顔面真っ青になるほどの状況っていったい何があったんだ。他の人達も退出せずにフソウさんに話しの続きを促す。
「……さっきコバンザメで資源回収してたんだけどよ。最初は普通にドロップ品の金銀財宝があったんだそれを回収しようと邪魔だった木片をどかした時だった……その時に見ちまったんだ」
「見たって…何を?」
「……人の手足だ」
「…え」
「物資が入っていた箱の間とか上にちぎれた手足が散乱していたんだ。漆捌は海の上に浮かんでいる奴を見たそうだ」
思い出して気味が悪くなったのか口元を抑えた。
「ま、またまたそんなウソ言わないでくださいよ」
人の足がそのまま残っているとか、そんなゴア表現このゲームに設定されている訳が無い。一応このゲームは全年齢対象だから、PLやNPCが消える時は綺麗なエフェクトを出しながら消えるはずで、爆散した人の手足が残って海中に残るなんてありえない。運営どうしたんだ?
「いや、本当だ」
こんな状態で嘘が言えるほど余裕があるようにも感じないし、第一フソウさんはそんな悪趣味な冗談を言う人ではない。ということはこの話は本当に見たものであると言うことだ。
「バ、バグでその足と手だけ残ったとかじゃないの?」
「いや、バグで消えるエフェクトだけが無くなったとしても手足がそのまま残っているなんてありえません。フソウさん思い出して欲しいのですが断面は見えましたか?」
黒雪さんの考えを否定するように梵天丸さんがその時の様子をフソウさんから詳しく聞き出そうとしている。漆捌さんも話そうとはしているが思い出すのがつらいのか
「ああ、断面が見えた。結構リアルだったし、断面から血みたいなのが出てた」
「…断面だってモデルをする必要があるし、用意したとしてもこんなバグが無ければ見れない物をわざわざ用意するなんて万が一見えればクレームの嵐になる。イースターエッグにしてもそんな一理もない作業を運営がやるわけない」
「でも、実際にゲーム内であるんだから何か運営にも考えがあるんじゃないですか?そんな事よりも…」
そこまで話したところで部屋のドアがノックされた。
「誰ですか?」
艦内にいるプレイヤーは全員この部屋に集まっているはずだ。
「スーシアです。艦長にお渡ししたいものがございます」
?なんでスーシアがここに来ているんだ?疑問が浮かぶが入るなと酷い事も言えないので入室を促す。
「入っていいよ」
「失礼します」
扉が開いて紙束を抱えたスーシアが入ってきた。
「レーダーに反応があったの?」
「いえ、コバンザメが回収していた資材の目録を作成してきたので、他の人と役割を一時的に交代してお渡ししようかと思いまして」
「え?あ、そんなことしてくれたの?ありがとう」
目録も作ってくれるとか有能過ぎないか?今まで以上にNPCに対して愛着湧きそう。好き
そう思いながら渡された紙束を受け取ってパラパラとめくる。は?めっちゃ見やすいじゃん。上司に欲しい。
「ありがとうスーシア、とても見やすいです」
「ありがとうございます。それと医務室にいる方が起きたそうです。後で確認してください」
NPCが起きたならイベントを進められそうだ。願わくばNPCにもバグが発生していないことを願うばかりだ。
「わかった」
「では私はレーダーの監視に戻ります」
くるりと背を向けて部屋から出て行った。
「しっかし、見れば見るほど本当に生きているみたいに動くね」
「ええ、しかも見てください、目録も作ってくれたんですよそれも割としっかりしてるやつですよ」
目録を他の人に渡して見せる。
「俺の場合動いて欲しくはなかったんだけど…」
「ああ、ドライさんの場合は見た目がアレですからね」
ドライさんのNPCのミアはドライさんの好みに合わせてナース服に球体間接ととてもマニアックなNPCだ。正直俺達が医務室に行く用事がほとんどないから見る機会は少ないが一度見たら色々忘れられない姿をしている。
「ええ、初めて作ったNPCなので自分の欲望に従ったキャラメイクをしたんだけど、それが動いて自分好みの声と性格だとい反面、無機質だったからこそできたことが今だとやりにくくて…」
「それは……我慢していただくしかないかと、自分にはどうすることも出来ません」
「そうだよな…何かいいにおいするんだよ…」
マジで?普段潮の匂いぐらいしかしないこのゲームにそんな匂いとか追加されたの?ぱねぇ!運営、力の入れる所違う気がするけど?というかこんなに追加するならお知らせに教えて欲しいんだけど。
「とにかく、まずはNPCに話しかける所から始めますか」
「そうですね。まずはイベントを進めましょう」
「夜までにはログアウトできるといいな」
NPC
俺達プレイヤー以外の存在をそう呼ぶ、船の乗組員として生成出来たり、敵船としてポップされた時の乗組員、陸地の村人、イベント導入用のNPCなど色んな用途に使われている。
でも、全員定型文しか話さないはずだった。
「めっちゃ怖がられた…」
がっくりと肩を落としながらさんと一緒に艦橋に行く、NPCに話しかけてイベントを進めようと医務室に顔を出した。件のNPCは医務室のベットに腰かけて渡された飲み物を飲んでリラックスしていたが、俺の顔を見た瞬間恐ろしい物を見たような顔をした後に口を開けて威嚇してきた。何で口を開けているのか分からないが、俺の姿に対して警戒しているように見えた。話をしようにもこちらの話をイベントが進む様子もないので一旦保留することになった。
「まさか、外見に対しての反応が追加されてるとは…!」
梵天丸さんも驚いた顔をして隣を歩く。本当は一人で会いに行く予定だったのにイベントNPCが気になると言ってついてきたのだが、肝心のイベントフラグは完璧に折れたかもしれない。
「でも、それだとこの姿不便すぎませんか?俺の姿って船長服着た骸骨ですよ?」
これからのイベントのNPCと会うたびにあんな反応で進むとイベント進行が遅れてしまう。これが少しビックリする程度の反応だけで通常通りイベントが進むだけなら問題ないのにこうして警戒されて一切イベントが進まないこの状況は大変よろしくない。運営に文句を辞さない。メニュー機能が出たら運営に問い合わせをしてみよう。
「確かにちょっとおかしいですよね。あくまで見た目はおまけなので骸骨の他にも青い肌のスキンを使ったり、タコ型の見た目をしたスキンを使っているプレイヤーを使っています。NPCがどの程度で警戒するのかは分かりませんが、こんな要素を追加しても叩かれそうなものも分かっているはずなんですが…」
「しかも緊急メンテナンスが始まる様子もありません。こんな状況を運営が認知していないわけが無いので、そろそろ何かしらのアクションがあってもいいころですがね」
アップデート、スーシア達が話し始めてから4時間は経過している。不具合への対処は時間が命。いくら、運営が無能だったとしてもそろそろ何か行動を起こさないと動かない運営に失望したプレイヤーが離れてしまう。しかも、このゲームの運営は行動は早い方だ。不具合が報告されて30分後にはメンテを行ったりする。一時間もほったらかしは運営の方にも何かしらのトラブルがあったんだろうか、心配だ。
「あの!梵天丸さん」
艦橋に繋がっているエレベーターを待っていると後ろから声がかかった。振り返るとドライさんが慌てた様子で走ってきた。
「どうかしましたか?」
「あのNPCの子が春雷さんが出来言った後、急に話始めたんですけど…」
「それなら良かったですが何か問題が?」
「いえ、話している言葉が分からなかったんです」
「え?自動翻訳が機能してなかったの?」
このゲームは世界中の人がログインしている。そこで運営は頑張ってほぼ全言語対応の自動翻訳機能をゲームに実装した。当初は誤翻訳が多かったが、運営の頑張りによって正しく文法を使えば、海外の人と話せるようになった。その機能が使えなくなっていると結構な痛手だ。幸い信濃の乗組員は全員日本人なので言語の壁は無い。
「はい、僕は余り外国語が得意ではないので分かりませんが、多分英語だと思うんですよ。そこで梵天丸さんに助けて欲しくて。確か英語話せましたよね?」
「ええ、一応」
「お願いします俺だとちょっとわからなくて」
「わかりますた」
「あ、じゃあ俺も…」
「え、春雷さんは…ちょっと…ほら怖がっていましたから、またあの状態になったら話さなくなりそうなので」
「あ、そう…ですね…じゃあ艦橋に戻ります」
そっかそうだよな、俺外見骸骨だから進行不能状態になっちゃうよな。さっきやったばかりだもんな。
「無駄かもしれませんが艦長は悪い人ではないと言っておきます」
「お願いします」
ドライさんと別れて一人エレベーターに乗りこむ。…無事にログアウト出来たら外見変えてみようかな。
艦橋に戻ると夕暮れの日に照られた環境の中でシャーロックさんがスーシアと話していた。
「シャーロックさん何を話しているんですか?」
「ああ、春雷さん。フソウさんが回収した物資の中に海図があったので記憶の中のマップと照らし合わせていたんです」
「そうなんですか、それでここがどのあたりか分かりましたか?」
「正確には分かりませんが、この海図はブリテン島付近のマップによく似ているので多分その辺りかと」
つまり、気を失ってから大きく移動してしまったということは無いのか。
「それともう一点ご報告があります」
「なんですか?」
「はい、回収した物資の中に信濃のレーダーが察知した熱源反応の元となるような物はありませんでした」
そんなことも調べてくれてたのか?有能すぎないか?運営、急にすごくなって大丈夫なのか?
そしてそんな有能NPCでもあの光線の正体がつかめなかったのか…。通常のビーム兵器の大きさなら多少損害があってもフソウさんが見落とすようなへまはしないはずだ。もしかしてイベントの敵限定の攻撃だったりするか?
「ビーム兵器も見つからなかったの?」
「はい、目録にも書いてある通り砲弾も特殊な加工が施されていない物や鎖が付いた鎖弾、海水に浸かってしまって使えませんが食料などがあるだけで、信濃の主砲のような物は搭載されていませんでした」
あの光線の太さなら少なくとも信濃の主砲より一回り小さいサイズの砲塔があるはずだ。そしてそんな大きなものを梵天丸さんが見逃すはずない、つまり最初からなかった?それならあの光線は一体…
「艦長、皆さんが戻られたようです」
スーシアの言う通り後ろから話す声と一緒に漆捌さんと黒雪さんが艦橋に戻ってきた。二人ともそれぞれNPCが全員話せるようになったのか確認のために席を離れていた。
「お、春雷さんこれからどうするんだ?」
「今、梵天丸さんがNPCからイベント概要を聞いています。もう少しで戻ってくると思うので待ちましょう。そちらはどうでしたか?」
「ああ、そこのスーシアみたいに話せるようになってたよ。しかも俺好みの声だった」
たしか黒雪さんが配置したNPCは自分が担当している機関室だけで、しかも全員細マッチョ系イケメンばかり配置していたはずだ。つまり全員イケボで話していたのか。黒雪さんアバターは男だけど中身腐女子だから彼女にとっては天国だろうな。自分が思い描いていたイケメンたちが自分に話しかけてくるとかご褒美でしかない。配置するNPCの数を増やしそうだ。増やすのは構わないから一言話して欲しい。
「黒雪さん、NPC増やす時はちゃんと話してからにしてくださいね」
「失礼な!その辺りはちゃんと考えるさ!ただ、考えるだけなら問題ないだろ?」
「まぁ、そうですね」
たまに変な笑い声が聞こえなければ本当に問題なかった。艦長室に戻ろうかとも考えたが艦長室でじっとしているよりも艦橋で話していた方が不安も薄れるので梵天丸さんが戻ってくるまでしばらく雑談することにしよう。