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コンビニ帰りの夏の日にて、汗水たらしながら歩いていく。今日は確か史上最高気温を更新したとかスマホのニュースでやっていたような気がする。そして何でこんな日に限って部屋のジュースを切らしたんだよ俺は!!見ろよこの汗の量!お風呂場へ直行一歩手前だ。それでも、何とか家の前までたどり着いた時には何とも言えない達成感を感じるだろう。そんな自分の健闘をたたえて、夜になったら美伊を飲むことにしてみよう。そんな自分に対してのご褒美を考えながら自分の家のドアを開ける。
「ただいまー」
額に流れる汗をタオルで拭いながら家のドアを開けると、足元に冷えた空気が流れてくる。返事はない事は分かっているけどそれでも言ってしまうのは癖なのだろうか?とりあえず一旦買い物袋を床に置いてから靴を脱いで、階段を素早く上がると上がる。今日は親も妹も全員出かけて俺だけが留守番だ。別に仲間外れにされているわけでは無く妹と母は下着店に買い物に、親父は接待ゴルフという訳でどちらも付いて行けるわけもなく一人留守番しているというわけだ。まぁ、元々今日は用事があったし、何で最高気温更新してる日に出かけなくちゃいけないんだと思っていたが、実際出かけて妹たちについて行かなくて正解だったと改めて思う。下着の良し悪し何て俺には分からないし行ったとしても荷物持ち確定だ。こんな気温で買い物に一日中付き合わされたら、間違いなく死ぬ。
やっぱり夏はバイト以外は部屋に閉じ籠るのが正解だと納得して、自分の部屋への扉を開ける。出かける前からずっとつけっぱなしだったクーラーの冷えた空気が部屋の中から流れてくる。パソコンがある机の前に座る。買ってきたお菓子とジュースを傍にある冷蔵庫にしまい代わりに冷やしたタオルを取り出して汗を拭う。適度に濡らしたタオルを冷蔵庫に入れることで帰ってきた時に適度に冷やされたタオルが出来上がるという訳だ。そんなタオルで首を冷やしながらパソコンの電源を入れると唸るような音が小さく聞こえモニターが光り出す。
確認のために時計を見ると11:53と針が差している。皆との集合時間が12時丁度だからそろそろだな。俺は机の上に置いてあるVRを被り電源を入れながら椅子のリクライニングを使って倒して寝転がり体を椅子にゆだねる。少し深呼吸して目を開けると画面いっぱいに映像が写りゲームの選択画面が写る。
『Age of Discovery ver.12.01』
幾つかのソフトのタイトル画面をスクロールして見えたそのソフトを選択しゲームが開始される。光が画面一杯に映り、次に瞬間には視界一杯に広がる海が見える。
このゲームは大海戦型MMORPG、一隻の小舟から課金と努力次第でガレオン船やWW2中の戦艦や潜水艦まで建造することが出来るゲームだ。自分の好みやロマンに従って操縦する船を変えることが出来るゲームで、ギルドを作って仲間を集めて艦隊戦をしたり、巨大な船を数人の人達で動かしたり出来る。反面丹精込めて建造した船が撃沈されれば建造に使った素材の一部は戻ってくるが全部ではないので、失望感が大きかったりする。元々PVPをメインに据えたゲームでありサービス開始から8年、現在は世界中で遊ばれている。個人的には船の重量感とか主砲の砲撃音とか艦首が海をかき分ける光景を見れるのは大変ありがたいのでサービス終了しないように無理のない範囲で貢いでいく所存だ。
画面端に無事ログインが成功した旨のログが出たのを確認してもう一度目の前の景色を見る。目の前には見渡す限りの大海原が見える。エメラルドグリーンの海が太陽光を反射してキラキラと光っている。俺は両腕を命一杯伸ばして深呼吸をすると、潮風の匂いが鼻腔をくすぐる。やっぱり海の匂いっていいな、海水浴はあまりしたくはないが海の匂いはいいと思えるこの感じ大好きだ。実際に行くのも好きだが移動も手間だし海水でベタベタするからシャワーで洗い流さないといけないから面倒くさい。友達から誘われれば喜んで行くが、自分から行きたいとは思わない。
その点目の前にある海は現実の海ではないゲームの海だ。乾いてもベタベタしないし移動も簡単だ。少し泳ぎたくなるがそれは後にして、俺は海に背を向けて陸地に立っている施設に向けて歩き出す。俺達のギルド拠点である『ナハ基地』だ。このゲームは船がメインのゲームだからこそ、この世界のマップにある陸地は小さく作られている。地形は地球上にある大陸を真似ているが、大きい大陸は軒並み小さくなるか分断されて間に海が出来ていたりする。この『ナハ基地』も地図的には日本の沖縄の那覇市、辺戸岬に当たる部分に建てられている。俺自身沖縄は高校の修学旅行以来行ったことないので辺戸岬が実際にどんなところなのか行ったことないので分からないが、ゲーム上では切り立った崖が並んでいる絶景スポットの一つだ。天候が晴れだったら海の底まで見えるほど透き通った海が見える。
その岬の地下に那覇基地はある。
そこだけ見れば完璧な秘密基地なのに一つ残念な所がある。それは地上と地下をつなぐエレベーターシャフトが設置されている建物の外見だ。それのせいで外からバレバレでやたら目立つ基地になっている。
その形は前高50mのヤンバルクイナだ。ビックリするほど目立つ、しかもやたらクオリティが高いせいでさらに目立つ。さらに夜間は目が光って灯台の代わりになってくれる。しかも正午には爆音の鳴き声が響き渡る。ありがたいけど目立つんだ。作ったのギルマスだけどもうちょっと小さくしないのかと提案したら『「気にするな!どっちにしても基地の場所を知るために灯台必要でしょ!!」』って言われた。確かに灯台は必要だけど、別にヤンバルクイナにしなくてもシーサーとかもっとカッコいいの無いかったの?と思っていたが、最近はなんだかんだと慣れている自分がいる。よく見れば可愛いし
そんなヤンバルクイナの股下の部分は強度的な仕様で足の間は埋められてそこが自動ドアの出入り口になっているので、そこに近づくと自動ドアのガラスに骸骨が浮かび上がる。
ビビッて思わず後ろに下がるが直後に自分のスキンであることを思い出す。ハロウィンイベントでの報酬スキンで、その後もなんだかんだ気に入ってずっとこのままにしているが急に出てくるとビックリする。普段自分の恰好なんて一人称視点しかないこのゲームだと見ることが無いから余計にびっくりする。
今度変えよっかな?でも他にいいスキンもないしなぁ、スキン買うなら船の内装もうちょっと弄りたいしなぁ。
そんなことを考えながら自動ドアを改めて通り、エレベーターに乗って作戦室へのボタンを押す。俺のいるギルド『理想郷』は少し昔のSFアニメから現代のSFアニメ、具体的には戦艦とかがドンパチする作品が大好きな人たちが集まったギルドであり、それぞれのアバターもそれっぽい格好をしている人が多い。
作品好きな人が多いので好きな作品のキャラになり切ってRPをしている人もいたりする。俺はちょっと恥ずかしいからRPはしないけど楽しそうだなとは思っている。いつかできたらなぁ…。というか骸骨が主人公のミリタリーとかあるのか?
エレベーターに入ると扉が閉まりエレベーターが下へと下り始めたがすぐに目的の階へとたどり着く。いつもならドッグに収納されている俺の船に集合するのだが、今回は諸事情あって作戦会議室に集合しますとあらかじめ連絡している。なのでこの基地の作戦会議室に向かって進む。この基地のこの基地は通路が動く歩道、横に移動するエスカレーターと言えばいいかそういう通路なので歩かなくても自動で目的地へ行くことが出来る。だけど今回は少し急ぎ足で通路を進む。
作戦会議室に続く通路を歩いていると見覚えのある後ろ姿が前を歩いていたので声をかける。
「あ、こんにちはシャーロックさん。他の皆さんはもう集まっていますか?」
前を進む人に声をかけると立ち止まり振り返る。赤い裏地の黒いマントに身を包み腰にサーベルを差したその人は操舵手であるシャーロックさんだ。何で俺の船にいるかというとゲーム上、船が大きくなればそれだけ乗組員が必要になってくる。別にNPCでもいいのだが、やっぱりNPCよりPLの方が動き的にも対応的にも有能なのと、あと一人で大きな船を動かすのは寂しいから誰かと一緒に乗った方が船が強くなる。そのかわり、船乗る人の船も一緒に収納し、一部を除いて上陸艇や脱出艇として利用している。
「ああ、春雷さん、こんにちは。皆さん集まっているので後は艦長の春雷さんだけですよ」
挨拶をしながら俺の隣に並んで一緒に作戦室に向かった。シャーロックさんは外見だけ似せる人でRPは元ネタの人が男前すぎて出来ないと諦めたそうだ。俺もあの人は絶対に真似は出来ないと思う。
「そうですか、皆さん早いですね……え、皆さんもういるんですか?」
いつもなら10分とか平気で遅れてくる人が必ず一人いてもおかしくないのに……
「ええ、信濃での久しぶりの航海になるのでワクワクしているんだと思います。ここの所修理と改修で出航できませんでしたから」
俺はギルド長ではないけど、一応船の艦長をしている。プレイヤーは艦橋に5人、艦底にくっついている潜水艦『コバンザメ』に1人、そして医療室に1人いる。
特に医務室にいる人はこう言っては何だが変わり者だ。医務室の仕事は負傷NPCの治療、それも医務室にいるだけで発動するから戦闘時も平時も暇でしかない。そんな役回りだから医務室にいたいと言う人は限りなくゼロに近い。見つかったのは奇跡だ。というか何で医務室いたいのかこれがわからない。
そして俺達のギルド『理想郷』が保有している艦艇の中では古株である戦艦『信濃改』を始め『青垣』、『尾張』、『零』『倭号』といった主力戦艦を多数抱えている巨砲主義が中心のギルドだ。他にも潜水艦やらブリッグ船がギルドのドッグ内にはあるが基本的には戦艦を使う。理由は簡単だ。ギルドメンバー全員が戦艦による砲雷撃戦が大好きだからである。砲身の旋回する時の音、遠くからでも耳を塞ぎたくなるような砲撃音、巨大な船体から繰り出される弾幕、大海原を乗り越えるように進んでいく船首、どれもこれも俺達が大好きだから使うのだ。
そして俺達が使う信濃改は前回のイベントの時の際に敵PLの潜水艦の魚雷攻撃によって大破し、なんとかナハ基地に帰投することで来たが、喫水より下の底面が穴だらけで機関もまともに動かなかった。今日までそれの修理と同時に大規模改修をずっと行っていたので久しぶりの航海となる。その間信濃に収納していた他の皆さんの船を出して一応自由に行動できたが、物足りなかったみたいだ。
それで今回は遅刻者がいないと思う。
「俺も楽しみです。しかも全員で顔を突き合わせて考えて修理した船なので」
「じゃあ早く行きましょう。私も設計図でしか見ていないので、実際に見るは初めてなんですよ」
そうして二人で話をしながら廊下を歩いていると後ろから駆け足で走ってくる足音が聞こえてきた。
「おっす、春雷さん」
その挨拶と共に背中をどんと押されたから振り返るとよく日に焼けた筋肉と白いタンクトップが視界に入る。見上げると髭の生えた彫りの深い中年くらいのおっさんの顔が写る。
「おはようございます黒雪さん。今回も宜しくお願いしますね」
黒雪さんはエンジンルームを担当しているプレイヤーで、こんな話し方をしているが女の子でしかもJKっぽい。一度ボイチェンを付け忘れて話していた事があって、そこでバレることになった。RPでこういう姿になって見たかったそうで、バレた後も割とノリノリでRPしている。信濃の乗組員で唯一のRPをしている人だ。因みにエンジンルームにいるNPCは全員もれなく細マッチョイケメンで埋め尽くされている。ご丁寧に全員細部までこだわって作りこまれている。
「ああ、まかせろ!っとそれよりも他の皆が待っているから早く行こうぜ」
黒雪さんが俺とシャーロックさんの背中を押して目的の部屋へとグイグイと押していく、踏ん張って止まる理由もないのでされるがままに部屋に押されていく。
扉は自動扉なのでつまることは無く部屋に入っていく。部屋の前に入ると他の人がそれぞれ部屋の中で談笑していた。
漆捌さん、最初見た時に読み方が分かたなかった人ななはちと読む、戦艦の表の花形と言える戦闘関係を担当している人、NPCは男女バラバラ。外見は青年だけど服装はちょくちょく変わる。
梵天丸さん、割とアグレッシブなレーダー観測員、何気にマルチリンガルで色んな国の言語を話すことが出来るすごい人、ただ本人は余り使いたがらない。NPCは全員幼女。外見はミニスカート穿いた女海賊の乗組員。ドライさん曰く「ニーハイ穿いて欲しい」だそう。ガーターの方がいいと思う。
フソウさん、実際の姿は見たことないけど話し方や知識の深さからして絶対おじいちゃんだと思う。渋い、やたら渋い。見た目もTHEおじいちゃん。海の男って感じがする。
ドライさん、医務室担当の人、出会った時は何故か無口なガンマンスタイルだったが医務室担当になったことで白衣を着るようになった。NPCに対して変な目で見ることがある。
俺の船である信濃に乗っているプレイヤーは俺を含めてこの6人で、この中の誰かが都合でいない時は誰かが兼任したり代理のNPCを使用する。なにも最初からこうであったわけでは無く最初にシャーロックさんと知り合って次に梵天丸さん、ドライさん、フソウさん、黒雪さんの順にここに乗り込んだ。
黒雪さんが入ったのが大体1年前だから全員とは結構な付き合いになる。沢山のイベントに参加したし、沢山の船と戦った。沢山の苦楽を共にした仲間であると俺は思っている。恥ずかしいから思っているだけだがな。
「皆さん、今日は集まっていただき感謝します」
いつも通りの言葉をかける。それなりに気心は知れたし特にシャーロックさんとは砕けた口調で話せるようになった。でも、全員と話す時にはなるべく敬語を使うようにしている。口調や言い方で不快になってはせっかくの楽しいゲームも台無しになってしまうので気を付けている。
「今回挑むイベントクエストは『ブリテンの忘れ形見』イベント開始地域は大大西洋になります」
あらかじめギルマスから送られてきた情報を皆さんと確認する。指令室に貼られている地図を指差し、ブリテン島とアメリカ大陸の間にある海を差す。
このゲームのマップは地上戦が全くと言っていいほどなく、ほとんど海上による砲雷撃戦と船上の切りあいになる。運営もその辺りで考えているので大陸の形はそのままだけど海を広くするために一回り小さく作られている。
フソウさんが腕を組んで呟く。
「大大西洋か……ちとキツイ所だな」
この大大西洋は高レベルモンスターが多く存在する場所だ。これは現実世界での三大海洋にそって高レベル敵対NPCが配置されており、場所によって出てくるNPCが変わってくる。
大大西洋の場合はリヴァイアサンやクラーケン、シーサーペントなどの空想上の生き物、大太平洋はwws2の歴史上に出てきた艦艇が、大インド洋には原子力潜水艦や原子力空母、イージス艦等、現代にある世界中で建造されている主力艦艇がポップする。
ただし原子力空母の艦載機は雷撃機のみ、イージス艦も誘導魚雷のみ装備されている。この世界に殺傷能力のある航空戦力は存在しない。ミサイルとか爆撃機とかの殺傷力のある航空戦力はこのゲームに実装されておらず、運営からも実装は無いと言われている。
一見すると索敵や攻撃が航空機である空母が有利に見えるが、このゲームには魔法要素が組み込まれている。それらによって底上げされている性能によってどっちが強いという訳でもない。しかも、空母は航空機のコストが地味に重く、撃墜されたりすると新しく作る必要があるから空母を運用するにはそれなりに資源がある状態でないと最悪の場合、なにも載っていないただの浮かぶ的になってしまうので一概に言えない。
因みに大大西洋というネーミングセンスについては言いにくいこと以外に特に不満点はない。むしろ適当な横文字を並べられるよりは憶えやすくて俺としてもとても助かっている。
「でも信濃改の処女航海にはぴったりだと思います」
大インド洋でポップする船は超遠距離ばかりの攻撃で味気ないし、大太平洋の船だと少し味気ない、やはり現実では実現不可能な空想上の生物と超至近距離での撃ち合いをしたいと俺は思う。
「私達のギルドで参加する船は私達の信濃改と青垣の二隻だけの予定です。本当は尾張と死影も出撃予定でしたが都合が合わないようなので見送ることになりました」
PLが複数人同じ船に乗ると都合により全員が揃わなかったりすることがある。一人二人ならNPCが代わりをしたり、他のプレイヤーが兼業したりするがいない人数が多すぎるとプレイヤーが複数乗せる船の強みが無くなってしまう。逆にヨットなどの小型船は一人もしくは少数のNPCで回せることが出来るので他の人の事情に制限されることは無い。
そのかわり一隻の戦闘力が下がるけどね。
因みに青垣はギルマスが乗るこのギルド最強の戦艦だ。大口径主砲型レールガンの上に駆逐艦が使うような23センチ砲を上に二基乗せて砲の数を増やし、さらに7.7ミリ機銃の類を廃止して魚雷発射管や23センチ砲を増設し、さらに船体側面に穴をあけて指向方向性の小型レールガンを装備した。防御を捨てて攻撃に全振りしたような船だ。ハリネズミや火力お化けであり、防御面を捨てたと言ったが防御システムが無いわけでは無く、むしろこの防御システムがあるからこんな船に出来たのだ。
大きさは改装した信濃の方が大きいが火力面でいうならずば抜けて青垣が一位だ。もし戦うようなことがあれば性能でもプレイヤースキルのどちらも買っていない信濃が沈むことになる。
そんな船が一緒に航行するなんてこのイベントは買ったも同然だ。風呂に入ってもよさそうだ。
「では!!1400に出航する!!各員行動開始」
「「「「「アイアイサー!!!」」」」」
声を揃えて腕を振り上げる皆を見て満足げに頷きながら次の指示を出した。全員が一斉に動き出し、準備を整える為に部屋から出て行く。
本日は後2話が一時間ごとに更新されます