スクワットの弊害
今回もまた二人が大きく成長します!そして染の過去があらわになっちゃったりします!
照りつける朝日がまだ完全に開いていない芽に差し込む。
(はぁ、眠い・・・)
いつもは朝からシャキッとしている咲良だが今日は珍しく寝不足だ。どうやら昨日の夜更に見た太陽が頭から離れず眠れなかったようだ。目蓋を閉じてもその中まで照りつけるほどの輝きだ。寝られるはずもない。
「お、咲良ー。おはよー。」
力のない声、笑っていない目、色の濃いくま、強引に上げている口角。昨日見た目を背けたくなるほどの笑顔は見る影もない、寝不足であろう染がそこにはいた。
「おはよ。寝不足は美容の大敵でしょ。何やってんのよ。」
染のおぞましいとも取れるその姿に思わず口走ったが、自分の声にも力が入っていないことに咲良は気づいていた。
「おまゆう。」
「ぷぅっ!」
二人のブーメラン合戦に咲良は思わず吹いてしまった。
「あっはっはっはっ、はぁ。」
お互い眠気が覚めたのか、いつもの表情を取り戻し、学校へと向かって行った。
学校に着くと、二人はそれぞれのクラスに向かった。どちらも勉強のレベルが高いと言われていた進学クラスに属していたがクラスは分かれてしまった。咲良が2−8、染が2−9だ。
「八重さんおは、よう?珍しいね、八重さんがくま作ってくるなんて。」
クラスの中では美人でおしとやかな大人な女性で通っている咲良は常にクラスの注目の的だ。そのため、多くの人に些細な変化を感づかれてしまう。
「昨日ちょっと夜寝れなくて。久しぶりに夜更かししちゃった。」
「へぇーなんかあったの?」
この何の悪意もない質問が咲良に昨日のジム帰りに起こった染との出来事、そして染の笑顔を思い出させた。
「え、えーっと・・。」
染と付き合っていることは公言していないから話せないし、嘘はつきたくない。それにフラッシュバックされた染の笑顔に寝不足。脳が正常に働かず、どう表現すればいいかわからなくなり、ただただ顔が赤くなっていった。
「もしかして彼氏でもできた?」
クラスメイトの一人がニヤリと笑いながら怪しげに聞いてきた。
「違う違う!そんなんじゃないよ!まさか!そんな!ね。」
まさかの発言に驚き全力で弁明しようとするも、周りからは焦って隠しているようにしか見えなかった。
「へぇ〜。違うんだぁ〜。」
咲良は自分の言葉が信じてもらえていないことが一瞬でわかった。
「ほ、本当に違うからね!」
必死に話したせいかいつもより大きな声が出た。
「KAWAII・・・」
いつもとは違う表情に、声の大きさ、そのギャップのせいか、クラスの男性陣の思考は一致した。
「KAWAII・・・」
女性陣の反応もどうやら同じだったようだ。
咲良は、いつもとは違う周りからの視線と染の笑顔のせいでその日の授業になかなか集中できなかった。
「八重さんて俺らが思ってる以上に可愛いのかもな。彼氏いるっぽいけど。」
「確かにな、もっと近付き難いかと思ってたけどな。やっぱ偏見はよくないな。彼氏いるっぽいけど。」
クラスで意気揚々と話しているこの男子の会話は桜の耳に届いていた。しかし、咲良は、朝の焦りまくってた人とは思えないほど冷静になっていた。
(はぁ、まいっか。これなら前より言い寄られなさそうだし。)
咲良は彼氏がいるという既成事実を桜との関係を邪魔されないための抑止力とすることにした。
だが、そんなこととを考えていると、ある男子生徒が話しかけてきた。クラスでもあまり目立たない荒川一葉という男だ。
「あの、八重さん。八重さんって9組の吉野染さんと仲良いよね。」
「え、うん、まぁそうだね。」
突然の染の名前が出て驚いた様子だった。
「染にさ、今度時間作ってもらえるか聞いてもらってもいい?」
呼び慣れたように染のことを下の名前で呼ぶ一葉に一物の怪しさを感じた。
「・・・わかった。聞いとくよ。」
怪しいとはいえ、クラスメイトであり、もしかしたら染の友達とかなのかもしれないとおい、詮索はしなかった。
「ありがとう。助かるよ。」
そう爽やかにお礼を言うと自分の席に戻っていった。
(悪い人には見えないけど、何なんだろ。)
今度は一葉のことが気になって残りの授業にも集中できない咲良であった。
その日の授業とホームルームがせべて終わり、いつも通り咲良はジムに向かうため、校門の前で染を待った。染はいつも咲良よりも5分から10分ほど遅くやってくる。
「ごめんごめん、お待たせ〜。レッツゴージーーム!!!」
染はいつも通り明るくニコニコしながらやってくるため、それに釣られて咲良の気分もいい方向に上昇するのだが、今日はあることが気になっていたため、少しツーンとしていた。そう、一葉と言う男のことである。
「咲良、どしたん?」
咲良の様子がいつもと違うことを染はすぐに察知した。
「ねぇ、荒川一葉って知ってる?」
咲良は少し不安そうに染に聞いた。
「あー、一葉か・・・。」
過去に何かあったとしか思えない煮え切らない返事と染も一葉のことを下の名前で読んでいることが少しショックであったが、それ以上に詳細が知りたくなった。
「どういったご関係で?」
少し怒りの混じったような言い方になっていることに咲良自身は気づいていないようだった。
「んー、まぁ、何と言うか、元、彼、かな?」
染は恥ずかしかったのか、あえて咲良には聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソッといった。ただ咲良にはバッチリ聞こえていた。
「なるほどね。」
”なるほどね”このごくありきたりな言葉ではあるが、咲良の放った今回の”なるほどね”にはピラミッドも潰れてしまうんじゃないかと思うほどの圧と冷徹さを染は感じた。そして恐る恐る咲良の顔を見た。
「うふふ」
咲良は見たことのないほどの爽やかな笑顔をしていた。だが、染にはすぐにわかった。咲良史上最大に怒っていると言うことを。
「あはは・・・はは、あのー・・・怒ってる、よね。」
染は、愛想笑いともいえないような右頬だけが引きつった笑顔をし、わかり切っていることをさくらに聞いた。
「んー?BE・TSU・NI??NA・NN・DE??」
寝不足の染には到底耐えられるはずのない圧を咲良は放っている。
「だって染の”元”彼氏なんでしょ?関係ないもん。」
やけに”元”を強調していたこと以外はいつも通りの冷静な咲良の口調に戻っていた。ただ、元々ある咲良のどっしりとした強さを染は強く感じた。
その後染が「はい」とだけ言って何も言わずにジム向かった。
ジムに着くと二人はさっさと着替えてお互いにいつものトレーナーさんとトレーニングをスタートさせた。
今日はお互いに下半身の日だ。いつもは、お互いに覚悟を決めたよう表情をしてトレーニングを行なっていた。だが、今日は染は梅干しのようなどこか力が入っていないような顔をしていた。対して咲良は体の周りからほのうの幻影が見えるほどの顔をしていた。両者の表情を見た咲良のトレーナーである櫻井空桜”あお”は何かを感じ取り一人で楽しんでいた。
まず最初にスクワットをするのが下半身の日にする咲良のルーティーンだ。
「今日はスミス使わないでやります!」
相変わらずのメラメラした目でいった。
スミスとは、スミスマシンと言う筋トレを安全かつ効率的に行うためのマシンだ。バーベルの動く方向が決まっているため、フォームが維持されやすい。だが、咲良はそれを使わないでやろうとしている。スミスなしで行うと不安定になりはするが、よりフォームを意識することでさらに追い込むことも可能である。
「いいけどフォーム崩さないようにいつもより少し重量落としてやるよ。」
安全に関わることなので、空桜はかなり真剣な面持ちで言った。
そしてフリーウエイトでのスクワットが行われた。空桜はいつも以上に真剣かつ不安そうに見ていた。だが、想像以上に咲良はとても綺麗なフォームで行なっていた。
「いいじゃん。これならもうちょっと重くできるけど、どーする?」
「お願いします。」
そう言うと、いつもと同じくらいの重さで行なった。そんなやりとりが三回ほど繰り返され、咲良は自己記録を更新した。
咲良はスクワットで少しスッキリしたのか、いつものトレーニングに戻った。
一方、染はと言うといつも通りのトレーニングをこなしていた。トレーニング前こそしょぼくれていたが、いざ始めるとなるとスイッチを見事切り替えて見せた。さすがと思わざるを得ない。
二人とも順調にトレーニングを進め、先に咲良がトレーニングを終えた。
「吉野さんお疲れーー!」
「はぁ、はぁ、はぁ、ありがどうございました。はぁ、」
はじめにやったスクワットが効いているのか、いつも以上に疲れた様子だった。
「まーた何かあったの?」
咲良は先にシャワーを浴び、染を待っていると、空桜が楽しそうに聞いてきた。
今日あったことを咲良は空桜に包み隠さず全部話した。空桜は話しているっと中もずっとニヤニヤしていたが、話が終わったとなると普通に笑い始めた。
「あっはっはっはっは!てか元彼がいるとか染ちゃんから聞いたことなかったの?」
「ないですよ。」
咲良はいじけたようにもじもじとしていた。
「咲良、お、お待たせ。」
そこにはトレーニングもシャワーも終えた染がいた。咲良は半紙かけられるまで全然気がつかなかった。それもそのはずだ。いつもならトッシする勢いで寄ってくる。それが今回はいつもより二回りくらい小さく見えるくらい元気がないようだった。
「じゃー帰ろっか。」
それでも咲良の一言で二人は一緒にジムを後にした。
そろそろ夜になると言う時間帯に気まずい沈黙が生まれた。だが、一瞬だった。
「何で元彼がいるって教えてくれなかったの?」
咲良は自身一番気になっている質問を一発目に持ってきた。
「言えないよ。だって今付き合ってるのは咲良だし。前は男と付き合ってたなんてなんか気持ち悪いじゃん・・・。
染はこれまで以上に申し訳なさそうな雰囲気を漂わせていた。この時、言うかどうか今まで悩んでいたんだなと言うことは咲良に伝わっていた。だが、さくらにはそれより苛立ちがまさった。
「は?何それ。」
「だってさ、男とも女とも経験があるなんていやじゃん!!きもいじゃん!!」
染の反撃とも取れる強い口調での発言にさらに不満が募った。
「そんなこと言ったら私だってそーだよ!今まで好きになった人なんて染しかいないけど多分女の子しか好きになれないわけじゃない!まぁ多分だけど・・・。それでも今染のことが好きなのは染が美人な女の子だからじゃないよ!染が男でも絶対惚れてる!こればっかりは間違いない。自身ある。私は人間染が好きなんだ!だからさ、男だの女だのはいいじゃん・・・せめて今はさ・・・。」
咲良は今の染に対する気持ちの全部をさらけ出した。だが、染は未だに不満そうな顔をしていた。そして少し安堵したような表情でいた。そして覚悟を決めたように口を開いた。
「じゃーもっと気持ち悪いこと言うけどさ、私処女じゃないんだよ・・・。シたことあるんだよ、一葉と・・・。」
染は嫌われる覚悟で行った。震える唇を抑えることなく包み隠さず堂々と言った。
すると咲良は染に抱きついた。染は全く予想していなかった咲良に驚き、一瞬何も考えることができ苦なった。
「いいよ。そんなの。何だったらどうでもいいよ。それでも染は染だよ。仕方ないよ、だって吉野染だもん。みんな好きになるんだよ。」
咲良のこの言葉を耳元で感じた染の頬には何かがなが何かが流れていった。それは染の涙だけではなかった。
「ありがとう。ごめんね。」
染、ほとんど出ない声は咲良だけがいる大通りに消えた。
その後二人は、何も言わずに手を繋いで帰った。今日は咲良が染の家まで送った。咲良にとっては遠回りであったがいつもより近く感じた。
染は家に入ると、ご飯も食べずに寝てしまった。
咲良はいつも以上に疲れていたがいつものルーティーンをこなして日を跨ぐ前に眠りについた。
次の日、二人はバラバラで登校した。と言うのも、染がいつもの場所に来なかったのだ。なので咲良は昨日のスクワットの弊害を抱えながら先に一人で学校へ向かった。
だが、途中聞き覚えのある声で名前を呼ばれた気がして慌てて振り返ると、いつもの笑顔とは言えないが笑った染がいた。その染の姿を見て安堵したのか、涙が出そうになったが、必死で目尻に力を入れて何とか耐えようとした。無理だった。それを見た染も泣いていた。まだ誰もいない道だったからか二人とも大泣きした。そして二人は目元を真っ赤にしながら無事二人で登校した。
昨日と同様に咲良はクラスメイトに可愛がられ、からかわれた。染は元々溌剌とした人間のため、ただただいじられた。
その日の放課後、一葉が再び咲良のところにきた。
「八重さん、染なんて言ってた?」
相変わらずの名前呼びとその爽やかさに腹が立ち、気がついたら睨んでいた。
「え?何?」
当然ながら一葉は困惑していた。
「会わせてやんない。ベッ!それじゃ。」
咲良はそう言うと早々に教室を後にしようとしたが、教室の扉の前には染が待っていた。咲良は驚いた様子だがすぐにニコッと笑い「帰ろっか」と染に言うと、今度は染が一葉に対して「ベッ」と言って二人は帰っていった。
帰り道に咲良はもう一つ一葉について染に聞きたいことがあった。
「そー言えばさ、何で別れたの?」
「えーとですね。浮気されました。」
咲良はあまりにも淡々と返す染は何の未練もなさそうだなと感じた。
「最低なんだね。」
「そーなんだよ、あー私の処女返せっての。」
「本当だよ。私に寄越せっての。」
そうやってネタっぽく話、二人は終始笑顔で話しながら家路についた。
咲良は家に帰ってすぐにお風呂に入っ利、この三日間で起きたことを思い出していた。まるで何ヶ月も前かのように感じていた。
「うん。やっぱ染だわ。」
そう言って咲良は、大臀筋と大腿四頭筋の痛みに耐え、お風呂から上がった。
最後まで読んでいたふだきありがとうございます!
いやー気持ち悪い話、この話構成しながら泣きそうになりました笑
次回もよろしくお願いします!