切れるのは筋繊維だけ
第一話とは違ってコメディ要素もあります。キュンキュンしちゃってください!
「んっ、んっ・・・!」
「八重さん、そう、いい感じだよ。」
「もう、むり、こんなの・・んっ!」
咲良は息の漏れた声を上げながら腰を浮かせる。
「ラスト!上げて!」
「んんんっ!!」
誤解のないように言っておくが咲良は今日も元気に筋トレに励んでいる。ちなみに今行っていたのはベンチプレスという胸に刺激を入れるトレーニングだ。
「おつかれ〜。相変わらずフォームが綺麗だね!」
「はぁ、あ、ありが、はぁ、ありがとうございます。はぁ」
咲良は息を切らしながなら何とかお礼を言い。プロテインを飲み息を落ち着かせた。
「空桜”あお”さん、今日染は来てないんですか?」
二人が通ってるトレーナーの空桜さんはどちらとも面識がある。
「そー言えば今日はまだ来てないわね。珍しい、」
「どーしたんだろ。」
二人は学校終わりによくジムに通っている。この日はお互いにジムに通う曜日がだ染がまだ来ていない。
「ぶぶぶぶっ、ぶぶぶぶっ」
少し心配になったところで咲良スマホが震えた。
「あ、染からだ。すいません、ちょっと出てきます。」
「うん。」
そうすると一旦ジムを出て電話に出た。
「もしもし染?どした?」
「今どこにいる?」
「今ジムだよ。もう始めちゃってる。」
「あーそーなんだ。私も今から行くから先に終わっちゃっても帰らないでね!」
「えーー、まぁ染の頑張り次第かな。んでどーしたん?」
「おーやる気立たせてくれるじゃないか。帰り話すよ。」
「わかった、じゃーまた後で。」
「うん。じゃーねー。」
そう言って電話を切った。
「寒い・・・戻ろ。」
汗が引いて急に身体が冷えた気がしたかすぐに中に入った。
「吉野さんなんだって?」
「よくわからないけどもうすぐ来るそうです。」
「そーなんだ。よかったね。」
「私は別に・・。空桜さんいればしっかり筋トレできるし・・。」
空桜の含みのある言い方に照れを感じたのか、隠すように目をその赤くなった顔ごと逸らす。
「ふふっ笑」
普段は冷静だけど染のことになると表情が豊かになる咲良をからかうことが空桜にとっての咲良と筋トレをするときの密かな楽しみなのである。
その後も咲良はいつも通り筋トレを続けた。途中、染がジムに入ってきたが、気がつかないくらい真剣に取り組んだ。
「あーーー、終わったーーー。」
咲良は筋トレを終えるといつもこのセリフを吐くと同時に覇気も抜け、いつもの大人びたし方はどこかへ飛んでいってしまう。
「お、染きてたんだ。」
トレーニングをしてる線が目に入り、ようやく染が来ていたことがわかった。
その後頬杖をつきながら薄目でじーっと染を眺めた。
「どうしたの?彼女のこと視姦して。」
咲良は染と付き合っていることを空桜には教えていた。このことは染も知っている。
「そんなんじゃないし!」
「いつも以上にじっくり見てるじゃん。なんかあったの?」
「何もないよ。ただなー。やっぱ染って波多野さんと仲良いよね・・」
「うん。いつも通りだね。心配なかったわ。」
咲良は染と仲良さそうに筋トレをする波多野凌という男性トレーナーがあまり好きではなかった。ゴリゴリの嫉妬だ。
「あの二人隠れてできてたりして・・・。」
空桜のからかい癖が発動した。
「え・・・」
空桜のからかい癖は咲良に効果抜群だ。
「・・・」
今度は咲良の涙目&上目遣いの合わせ技だ。
「えっ・・・」
空桜にとっては一撃必殺だ。心拍数上昇によりライフがゼロになった。
「ごめんね。冗談だよ冗談!(はぁ、可愛い。好き、尊い。)」
「バカ・・・・」
「・・・(ごちそうさまです。)」
空桜は生まれて初めて試合に負けて勝負に勝つという言葉を理解した。
「何してんのよ・・・。」
「吉野さん。集中して。」
「わかってますよ!」
染はこの時懸垂をしていたが、咲良と空桜のやりとりに目を奪われ宙ぶらりんになってしまい、凌に注意を受けた。
染いつもの倍近く身体を引き上げることができた。その後もいつも以上に気合が入っているようだった。
「吉野さん、なんかあった?」
「別に何でもないです。余計なこと考えてないでサポートお願いします。」
「そ、そうだね。でもオーバーワークは良くないよ。」
「わかってます。」
染は怒りのような不安のような嫉妬のような自分ではよくわからない感情を筋トレにぶつけた。最後まで。
「はい!今日は終わり!お疲れ!」
「お疲れ様でした。」
凌にそっけない挨拶をし、早々に戻ろうとした。
「あ、(汗拭くの忘れてた!)」
「吉野さん。戻ってきたの?」
最後に使ったインクラインベンチの汗を拭き忘れたことを思い出し、フリーウエイトエリアに戻ったのだが、凌さんが先に拭いてくれていた。
「波多野さん、すいません。ありがとうございます。」
「いいから。ほら、八重さんが待ってるよ。彼女待たせちゃダメだよ。」
染は波多野に咲良と付き合っていることを教えていた。
「うぅ・・ありがとうございます。それじゃっ。」
「またね。」
凌はいつものように和やかな笑顔で別れの挨拶をした。
「さーーくーーらーーーー!ごめんもう5分待ってて!シャワー浴びてくる!」
染は満面の笑みでマナーの範疇から外れない程度急いで咲良のもとへ向かった。
「あーハイハイ。もういくらでも待ちますとも。」
咲良は呆れ果てたように言った。
「よかったねぇ咲良ちゃん。うふふ」
咲良が本当は呆れたふりをしていて、染が来てくれて喜んでいることを空桜は見抜いていた。ちなみに空桜は筋トレ中以外では咲良のことを咲良ちゃんと呼ぶ。
「うるさい!」
「ハイハイ。ごめんごめん笑」
こんなやりとりをしている間に染がシャワーから戻ってきた。
「咲良ー!お待たせ!帰ろ!」
「本当に待ったわ。」
「ごめんて!」
「わかったから行くよ。」
「本当は嬉しいくせに〜。咲良ちゃんはツンデレだなぁ。」
「うるさい!染!行くよ!」
咲良は染のてを引っ張ってジムを後にした。そしてジム全体の空気が一瞬緩んだ。
「それで?今日どうして遅くなったの?」
ジムを出てすぐにこの質問をした。
「うーーん・・・。」
「言いづらい?」
「いや、言うよ。」
「・・・うん。」
染のいつもとは違う少し落ち着いた、深刻そうな趣が気になった。
「実はね、昨日ジムの帰りに波多野さんに告白されたんだ。付き合って欲しいって・・・。」
「え・・・」
咲良は染の言葉に驚いたと同時に今日空桜の言っていた言葉を思い出し、その場に態度待ってしまった。
「で、染はどうしたの・・・?」
「もちろん断ったよ。それで顔合わせるのが怖くて、今日来るか迷った。」
「そうなんだ。」
咲良は少しホッとした。
「でも、」
染の話が終わってないことに、今度は不安が一気に押し寄せてきた。
「でも?」
「波多野さんにはお世話になってるし、これからもお世話になるつもりだから気持ちをむげにできないと思って、私たちのこと言っちゃったの。」
「そっか。それだけ?」
「うん。それだけ。本当にごめんね・・・。」
「よかった・・・。」
咲良は染の一点の曇りのない言葉を聞き、一気に緊張が溶けたせいか膝から崩れ落ちた。
「咲良!大丈夫?」
染は崩れ落ちてる咲良を見て急いで駆け寄った。
「平気平気。ちょっと安心しただけ。」
「安心?」
「てっきり染が取られちゃったのかと思った。はぁ・・・」
「え・・・」
いつもの咲良からは想像できないほどの緩い表情と素直な言葉に心臓がはちきれそうなくらいドキッとし、目をまん丸にしていた。
「好き。」
「え、うん。私も。」
咲良は、染からとっさに出た言葉に少し戸惑いかけたが、微笑みを浮かべ、素直な気持ちを返した。
そのまま優しく染を抱きしめ優しく髪を撫で下ろす。
気がつくと染のほうが崩れていた。
「咲良、ごめんね?」
「もういいよ。気にしないで。」
「ありがと。」
「じゃー帰ろっか。」
二人は身体を離し、目を合わせてニヤッとした。
「んんーまぁでもね。やっぱお詫びはいるよね。ね?」
「あは、やっぱり?」
「もちろん。」
「土曜日デートするよ。」
「えっ」
咲良の提案に驚いた。デートはよくしているが、なぜか染はものすごくドキッとした。
「うん!行こう!」
染はものすごく眩しい笑顔で咲良の申し出を受諾した。
「・・・。」
咲良もとても嬉しかったが、線の笑顔が眩しすぎて何だかとても照れ臭く、顔ごとそっぽを向いていた。
「にーー!」
染は笑顔をキープしたまま咲良の顔を覗き込んだ。
「咲良さーん?こっち見てよー!」
「うるさい!うちこっちだから。」
「知ってるー。」
「じゃあね!」
咲良はそう言いながら振り返る。
「にひひー!」
振り返ると染がまだあの笑顔をしていたため、振り返った瞬間に振り返った。そしてそのまま家に向かった。
「お、おーい!」
一方的に帰る咲良に驚き、つい追いかけそうになったが追いかけなかった。
「まいっか。また明日ねーー!」
そう言って染も家に向かった。
その後家についた咲良はベッドの上でキャーキャー言いながらバタバタして親に軽く怒られた。
最後まで読んでくれてありがとうございます!このシリーズはまだまだ続くのでどうぞよろしくお願いします!