第五話 魔法師の塔のエリート少年魔法師フォクセル(その2)
「フォクセル君、ウソをついたでしょう。別に怒らないから、ちゃんとホントのことを言ってね。邪竜お爺様の行方の手懸かりになるようなことなら、どんな些細なことでも重要なんだから」
「そっか、さすがは精霊巨神の巫女だね……まさか魔法で嘘を見抜かれるとは思わなかったよ。実は、ブラックドラゴン様にポーション開発の助言や協力をしてもらっていたんだ」
魔法師フォクセルは少しぎこちない表情になって、事情を説明しはじめた。
少年魔法師はポーション作成を得意としており、より生活に役立てる観点から、特に治癒や解毒などの回復ポーションの類を熱心に研究していた。
魔法の飲み薬のポーションはそれなりに高価な存在である。しかし、魔法師フォクセルは人々が普通に使用できるよう、安価な回復ポーションの開発を目標にしていた。ところが、実験を進めていくうちに大きな壁にぶつかった。
安価な素材を使って、製造コストを下げることには成功したものの、どの試験薬も回復効果が著しく低く、使いものにならなかったのだ。
魔法師の塔で手に入る魔法素材は全てトライした。何千回と机上計算を行い、実際に試験ポーションを精製して効果検証を何百回も繰り返した。
しかし、安価な素材のポーションで回復効果を上げられる見込みは全くなかった。
そこで、魔法師フォクセルはブラックドラゴンに協力を依頼することにした。
漆黒の老竜は魔法の知識も深く、邪竜火山の洞窟には、貴重な薬草や魔法鉱石の類が存在している。実は、魔法師の塔の最高顧問も務めているのだ。
「ブラックドラゴン様は安価な回復ポーションを開発したいというボクの計画に賛同してくれてね。様々な魔法と薬草の知識を教えてくたんだ。さらに、洞窟の奥に自生している精霊コケを自由に使っていいと言って、採取の許可をくれたんだよ」
精霊コケは風と水の精霊力を宿したコケ類で、非常に希少な存在である。
しかし、ブラックドラゴンの洞窟の奥に、大群で生育しているエリアがあった。
それは老竜が密かに魔法による防御壁を張り、保護しているものだったのだ。
魔法師フォクセルは協力に感謝し、精霊コケを採取して実験を繰り返した。そして、精霊コケの特性を活かした高性能の治癒ポーションと解毒ポーションの開発に成功したのだった。
精霊コケは採取しても自然に戻る量を使わせてもらうことにし、安価で効果の高い回復ポーションの市販薬が完成した。そして、魔法師の塔で、お手頃価格で販売することになったのだった。
「魔法ポーションの精製方法は、魔法師の塔のルールで極秘だし、洞窟の奥の精霊コケの存在も秘密にするって約束だったから、この話は極秘事項なんだ。魔法で嘘を見破られたから正直に説明したけど、二人とも誰にも言っちゃダメだよ」
「そういうことだったの。わかったわ、ポーションや精霊コケのことはバンダイン様に報告はするけど、他の誰にも言わないわ」
「うん、ボクも誰にも言わないよ」
魔法師フォクセルが老竜の住む洞窟の住処を訪問していた理由は判明した。
しかし、残念ながら、漆黒の老竜の行方の手懸かりとはならなかった。
「ところで、フォクセル君、最近の邪竜お爺様の様子に変わったところはなかった?」
「そうだね、いつも通りの感じで、元気だったよ。ただ、時々ため息をついたりして、精神的にちょっと疲れている様子はあったかな」
「そっか……やっぱりわたしたちの知らない悩み事が何かあったのかしら……?」
ミルフィアは再び手懸かりを失い、深刻な面持ちになって思案しはじめた。その隣で、二人の少年が友達同士の会話をはじめた。
「そっか。ポーションアクアもフォクセル君のおかげだったんだね。そういえば、フォクセル君の推しメンは、シルフィーユちゃんだったよね」
「うん、やっぱり、ボクとしては風の精霊の乙女のシルフィーユちゃんが一番かな」
そうして、二人はエレメンタルシスターズ談義に花を咲かせはじめた。
エレメンタルシスターズは国民的アイドルのため、精霊大陸に住む大半の男の子は、六人の精霊の乙女のうち誰かのファンとなっている。
少年勇者と少年魔法師が賑やかな会話をする一方で、ミルフィアは真剣にブラックドラゴンの行方の手懸かりについて、考え続けていた。
ふと視線が研究室をさまよい、壁に飾られているポスターが目に入った。風のシルフィーユがマジカル写真で映っているポスターである。
空色の艶に輝く髪と空色の美しい瞳を持つ可愛らしい少女が、片手に野菜を入れた籠を提げ、片手の人差し指を立ててアピールしている。
スカイブルーを基調とした精霊の羽衣をまとうこの美少女は、まるでホンモノの妖精のようだ。
例の如く険しい視線ビームを突き刺すミルフィア。そこで、マジカル写真ポスターのタイトルに気付き、小さく首を傾げた。
「美味しくて健康にいい精霊食材をたくさん食べてくださいね、か……」
「ああ、これはサティライム王国広報部の精霊食材啓発ポスターだよ。王国広報部に頼まれて、ボクがマジカル写真装置を使って撮影したから、記念に貰ってきたんだよ」
「ふうん、精霊食材かあ……手に持っているカゴの野菜はどれも美味しそうだね」
「オーラパワーを豊潤に宿した精霊食材は、健康にいいからね。魔法料理が得意なシルフィーユちゃんに料理方法も紹介してもらっているんだよ」
「精霊食材の魔法料理は難しいのよね。それにちょっと手間もかかるし……」
「そういえば、ボクが洞窟から出て行く時、何度かお兄さんのスカード君と擦れ違ったよ。精霊食材のカゴを持っていたけど、ブラックドラゴン様へのお土産か何かなのかなあ?」
「ホント? スカードお兄様が邪竜お爺様の洞窟に? そんなの初耳だわ」
ミルフィアは敬愛する神官戦士の兄の行動を知って、驚きの声を上げた。同時に新しい手懸かりを得て、パッと顔を輝かせる。
最近、ブラックドラゴンに会いに行っていたのなら、漆黒の老竜の行方の手懸かりになるような情報を知っているかもしれない。
「早速、お兄様に会って話を聞かなきゃ! フォクセル君、協力してくれてありがとう」
「うん、二人とも頑張ってね。ブラックドラゴン様が無事見つかるといいね」
こうして、ミルフィアは幼なじみの少年勇者とともに魔法師の塔を後にした。そして、早速、神官戦士スカードの元に早足で向かったのだった。