第五話 魔法師の塔のエリート少年魔法師フォクセル(その1)
王都オーヴィタリアの西方の郊外エリアに、魔法師の塔が建っていた。
魔法師の塔は、魔法師やその弟子の魔法学院生たちが魔法を探究する学び舎である。
雲に届くかのような丈高い塔と、周辺の校舎施設などで構成されている。
勇者の家を出た後、ミルフィアと勇者ワウディスは魔法師の塔を訪れた。二人の幼なじみの友達で、少年魔法師のフォクセルに会うためである。
二人は石造りの塔のらせん階段をグルグルと昇って、五階にある少年魔法師の研究室を訪問した。
ノックをするとフォクセルの返事があり、二人はドアを開けて研究室の中に入った。
研究室では、赤いローブを羽織った少年魔法師がフラスコやビーカーなどの実験器具を置いた実験コーナーに向き合って、何やら作業していた。
魔法師フォクセルは物静かな賢者風の少年魔法師だった。最年少でサティライム魔法学院を卒業した十六歳のエリート魔法師である。
茶色の瞳は魔法師としての探究心に溢れ、瞳と同じ茶色の髪からは落ち着いた風情が漂っている。
魔法弾を使用した射撃タイプの魔法を得意としており、魔法の杖より魔法銃を愛用している。
その関係もあって、魔法師としては珍しく、オーラ機士の資格を持っていた。
「こんにちは、フォクセル君」
ミルフィアが声をかけると、魔法師フォクセルは実験器具から顔を上げて振り向いた。
「やあ、ミルフィアちゃんにワウディス君、ここまでくるのは珍しいね。何かボクに用かい?」
「うん、ちょっと聞きたいことがあって。いま話しても大丈夫かしら?」
「そうだね、作業中だからちょっと待ってくれるかな。そんなに時間はかからないから」
そう言うと、魔法師フォクセルは整然と実験器具が並ぶ実験コーナーに向き直った。白い実験台の上に、真紅の炉戊モデルが飾られていた。
魔法師ローブ式の装甲コートを羽織った特徴的な機体である。真紅の炉戊モデルは肩や腰の装甲が剥がされて、内部構造が露出していた。
魔法師フォクセルは愛機の魔法炉戊ルーンスマッシャーの改造中だったのである。
実は、魔法炉戊の修理、改造、武装交換などの整備は、炉戊モデルの模型状態で、操縦士であるオーラ機士自ら実施するのだ。
魔法粘土製の部品を填めた板は、炉戊部品プレートと呼ばれている。
各部品をニッパーで切り取り、説明書を読みながら手順通り組み立てるのである。
「アッ! フォクセル君も新発売のミスリルフレームの武装を買ったんだね」
「うん、ツインハンドガンのニューモデルが発売されたからね。ミスリルフレームが旧製品から大幅に増量されているから頼もしいよ。ワウディス君はもう作り終わったのかい?」
「うん、三日前に届いたから、すぐに部品を組み立てて、武装一式を交換したよ」
勇者ワウディスと魔法師フォクセルは、魔法炉戊の話題で盛り上がった。ミスリルとは豊かなオーラパワーを宿した魔法金属である。
そして、そのミスリル製の板状の炉戊部品をミスリルフレームと呼ぶ。
炉戊モデルの装甲や骨格は基本的に魔法粘土製だけれど、武器やシールド類の重要な箇所には、ミスリルフレームが填め込まれているのだ。
先日、バンダイン魔法炉戊工房から、最新型のミスリルフレームの武装一式が発売された。
従来の武装より、オーラパワーの出力が大幅に向上するスグレモノである。
魔法師フォクセルは注文したツインハンドガンの炉戊部品プレートが届いたので、今朝からミスリルフレームの新武装を組み立てていたのだった。
「よし、これで組み立ては完成だね。後はちゃんとネジを締め直さないと……」
ちょうど組立て終わったことから、魔法師フォクセルは完成した二丁のマジカルハンドガンを炉戊モデルの両手に装着して、整備・調整のために緩めた各部品のネジを締め直した。
炉戊モデルは接合部分をネジで固定する方式を採用している。接合ネジを緩めることで、簡単に分解できる仕組みである。
魔法師フォクセルは、改造し終わった愛機の炉戊モデルを実験コーナーの上に飾ってから、改めてミルフィアと勇者ワウディスに向き直った。
「待たせてごめんなさい。研究室まで来るなんて、どういった用事なのかな?」
「急に押しかけてごめんね。実は、フォクセル君に聞きたいことがあってきたの。邪竜お爺様が亡くなったという知らせは聞いていると思うけど、ちょっとおかしなところがあって……」
ミルフィアは伝令の衛兵の報告があったものの、漆黒の老竜の死骸は見当たらず、行方不明の可能性があること、そして、自分たちで行方を探していること、といった経緯を簡単に説明した。
魔法師フォクセルは行方不明という事態を知って、茶色の瞳を大きく見開いた。
「なるほど、ブラックドラゴン様は老衰で亡くなられたとばかり思っていたけど、その話だと、確かに行方不明の可能性もあるね……」
「そうなの。最近、フォクセル君がポーションの実験か何かで、邪竜お爺様に会いに行っていると聞いたことがあって。邪竜お爺様の行き先について、何か心当たりはないかしら?」
「う~ん、ブラックドラゴン様の行き先の心当たりと言われても、特に思いつかないなあ……」
「でも、フォクセル君はどうして邪竜お爺ちゃんに会いに行っていたの?」
勇者ワウディスが質問した。
彼は少年魔法師が親しい老竜の住処に来訪している事実すら知らなかったのだ。
「それは、何というか……ブラックドラゴン様に回復ポーションの調合に関連して相談したいことがあってね。まあ、いろいろあって、何度か洞窟に足を運んだだけだよ」
魔法師フォクセルの説明は、どことなく歯切れが悪かった。何かを隠している風だ。
「ホントにそれだけかしら? 何か他にも事情がありそうな感じがするけど?」
「いや、ホントにそれだけだよ」
「そう、わかったわ。フォクセル君、その言葉にウソ偽りはないわよね」
「もちろん。ボクが嘘をつく必要はないしね」
「じゃあ、念のため、この鏡を覗き込んでもらってもいいかしら?」
「えっ? 鏡を見るのかい? 別にいいけど……」
ミルフィアは愛用のポシェットから小さな手鏡を取り出した。そして、魔法師フォクセルの顔が映るように高く掲げた。
ミルフィアが呪文を詠唱すると、たちまち小さな手鏡がまばゆい光に包まれた。
手鏡には少年魔法師の知的な面立ちがクッキリと映っている。ところが、見る間にその顔は黒く染まり、醜く歪みはじめた。
ミルフィアは手鏡を使って〈真実の鏡〉という巫女魔法を使用したのだった。
この魔法を使うと、ウソをついた場合、手鏡に映る顔が悪魔のように黒くなり、醜く歪んでしまうのだ。つまり、魔法のウソ発見器である。
ミルフィアが精霊巨神バンダインに言った秘密兵器というのがこれだった。
彼女は〈真実の鏡〉の魔法を使って、事件の手懸かりを探し出すつもりなのだ。
今回、フォクセルの顔は黒く染まり、醜くなった。つまり〈真実の鏡〉の魔法が効果を発揮し、鏡に映った人間の言葉がウソであると見抜いたのだ。