第三〇話 天上より見守る偉大な創造神と新たな世界の守り手
はるか雲の上に、偉大な創造神の住む天空神殿トゥルポンダルが建っていた。
神殿内部の祭壇の間、中央の石造りの台の上、楕円形のスクリーンが投影されている。
そこには、精霊巨神の神殿の二階のキッチンルームで、ミルフィアが少年勇者をミニ精霊に変化させて、鳥カゴに閉じ込めている様子が映っていた。
〈遠見〉の魔法を使って、下界の景色を投影しているのだ。ツンと澄ました態度の巫女姫に対して、光のミニ精霊が身振り手振りで必死に無実を訴えている。しかし、状況が改善する兆しはなく、見ていて可哀そうになる光景である。
中央の石造りの台の周りに、二つの巨大な影があった。ひとつは純白のトーガをまとった穏やかな面立ちの巨人である。
創造神たる精霊巨神バンダインだ。
もうひとつは純白のウロコを持ったドラゴンの成獣である。偉大な創造神と白き巨竜は、巨大な将棋盤を挟んで対峙していた。
盤上には魔法粘土製の駒が並び、傍には駒を入れる丸い壺が置かれている。
つまり、将棋を指しているのだ。
純白のエルダードラゴンは、優しげな面立ちの老竜だった。ドラゴン族特有の尖った顔の年輪の刻みは、むしろ精悍さを感じさせる。
ただ、ブルーの瞳はやわらかめで、全体的に穏やかな雰囲気をまとっていた。
実は、この白き巨竜はブラックドラゴンの霊魂を宿したドラゴン型の魔法炉戊なのだ。
かの優しき老竜は洞窟の住処で力尽き、亡くなったと思われていた。
しかし、その霊魂は巨体が溶解した跡の黒い沁みの中に、封じられていたのである。
究極の聖剣炉戊ライトブリンガーによって、真の黒き邪竜ダークドラゴンが倒された後ティラミスは邪悪な霊魂を〈封印の壷〉に封印した。
その際、敬愛すべき老竜の霊魂の存在に気付き、すぐさま救出したのである。
復活の儀式で二匹の黒き邪竜の霊魂は融合していたけれど、ライトブリンガーによって倒された時は霧散する寸前だったため、分離させることが可能だったのだ。
精霊巨神バンダインはその事実を知ると、自らバンダイン魔法炉戊工房にこもり、ドラゴン型の炉戊モデルの製作に取り掛かった。応急処置として、小さな魔法の壺に移したものの、霧散寸前の霊魂のため、一刻の猶予もない状態である。
ヤマトブラウニー族の魔法職人たちも総出で製作工程の作業を行い、ドラゴン型の炉戊モデルの新作は約半日で出来上がった。
そして、完成した魔法粘土製のドラゴン模型に偉大な創造神がオーラパワーを付与し、ブラックドラゴンの霊魂を投入したのである。
こうして、優しき老竜は竜型の魔法炉戊として、無事復活を果たしたのだった。その荘厳な純白の姿から、精霊巨神バンダインより白き聖竜ホーリードラゴンの名前を授けられ、精霊大陸エレメンタルランドの平和を守る役目を託されることになった。
とはいえ、ダークドラゴンが封印されたいま世界は平和ソノモノである。
そのため、偉大な創造神と白き巨竜は、智恵比べと暇潰しを兼ねて将棋を指しているのだった。
二人とも知識と経験豊かなため、勝負はいい感じである。そして、巨大将棋を指しつつ、魔法のスクリーンに投影される少年勇者と巫女姫の様子を観察していたのだった。
「それにしても困りましたのう……どうしてミルフィアちゃんはワウディスに対してあのような仕打ちをするのか……」
ブラックドラゴン改め白き聖竜ホーリードラゴンは、二人の少年少女の仲が上手く進展しないことを知って嘆息した。
この老竜にとって二人は実の孫のようなものである。二人の幸せを心より願っているのだけれど、どうやら状況は複雑過ぎるようだ。
「確かに困ったものですなあ。あれだけワウディス君の看病を必死にやっていたのに、どうして、いまになって鳥カゴに閉じ込めるようなマネをするのか……ふうむ……」
精霊巨神バンダインもひたすら首を捻っていた。
ミルフィアはダークドラゴンとの決戦の前は、危険な戦いに巻き込むことを必死に拒否し、決戦の後は瀕死の重傷を負った光のミニ精霊を付きっきりで看病していたのである。そのため、いまさら仲違いする理由がどうにも理解できないのだ。
「アイドル好きの件も含めてワウディスの性格を全部受け入れてくれたのだと思ったんですがのう……しばらくの間はアイドルの熱烈ファンでいることを許容して、約束を守ると言っていたのに、いきなり撤回するとは……」
数日前のこと、白き聖竜ホーリードラゴンは〈縮小〉の魔法を使って体を縮め、ミルフィアの部屋に窓から忍び込んだ。
そして、ミルフィアが眠っている間に、自分の遺言書を机の引き出しから取り出し、或るページを捲っておいたのである。
ミルフィアは目を覚ました後、そのページを読み、少年勇者の母エクレアの教育方針を知った。
そして、少年勇者の性格を理解し、その趣味を許容する決心をした……はずだった。
「邪竜討伐の功績で、ワウディス君の評価は大きく変わり、臆病で弱虫な少年から一転して、世界を救った英雄として讃えられています。ミルフィアとしても鼻が高いだろうに、一体どうしたのか……本当に訳がわかりませんのう……」
偉大な創造神と白き聖竜は、どういう理由でミルフィアが機嫌を損ねているのかわからず、二人揃って困惑するばかりだった。
ひたすら首を捻る会話を繰り返している。
そこへ祭壇の間の奥から、青白い魔法メタル製の魔法ゴーレムがゆっくりとした歩みで姿を現した。右手に巨大な陶製の酒瓶を持っている。
左肩には精霊巨神の巫女ティラミスが腰を下ろしており、彼女の指示によって魔法ゴーレムは将棋盤の方に向かった。
このゴーレムは天空神殿トゥルポンダルで精霊巨神バンダインの身の回りの世話をするため、彼女が使役している特製のミスリルゴーレムなのだ。
創造神と白き聖竜の傍には、それぞれ巨大な陶製の杯が置いてあった。
ティラミスはミスリルゴーレムに指示して、巨大な酒瓶から虹色の液体をドクドクと注がせた。オーラパワーを凝縮した神の酒、霊酒ソーマである。
とても貴重な霊酒だけれど、真の黒き邪竜討伐の記念として解禁することにしたのである。
「ワウディス君とミルフィアの関係はちょっと複雑ですけど、決して仲違いしているわけではありませんわ。部外者が何か言う場面ではないですし、ここは静かに見守ってあげることにしましょう」
ティラミスはすべての事情を知っている。
邪竜討伐記念コンサートのサイン会で起きた出来事や救国の英雄となって女の子にモテモテの少年勇者への懸念など……。
そのことが単なる思い込みや誤解であることも含めて、状況を把握しているのだ。
しかし「放っておいた方が面白いですし……」という理由で黙って見守っているのだった。
「フフッ、それにしても光の精霊の姿に変化させて、鳥カゴに閉じ込めるなんて、可愛らしいアイデアですね。ミルフィアらしい、突飛な行動ですわ」
「ううむ、しかし、閉じ込めるというのは幾ら何でも酷いのではないかのう……」
「そうですなあ。鳥カゴの中で暮らせ、というのは度が過ぎておるでしょうし……」
「ご心配は無用ですわ。ミルフィアはワウディス君のことを本当に大事に思っているんですから。すべてはワウディス君のことを思ってのことですわ」
「ううむ、そういうものか。まあ、ティラミス殿がそう言うなら本当にそうかもしれませんのう……」
「そうですな。ミルフィアの指導はティラミスに任せておりますし、ここはしばらく見守っておくことにいたしましょう」
白き聖竜と偉大な創造神はミルフィアの仕打ちに疑問を抱くものの、ティラミスに諭されてしまい、さらに困惑の唸り声を上げた。
しかし、この件に関して天上の守り手たる二人にできることは何もない。
ミルフィアの指導を先輩巫女であるティラミスに任せて、ただ見守るしかないのだった。
偉大な創造神と白き聖竜は、それぞれため息の言葉をもらすと、杯を口につけて、霊酒ソーマを啜った。極上の味に老神と老竜の目がトロンとなる。
霊酒ソーマの味は極上である。
しかし、目の前の心配事はやっぱり大きな懸念として偉大な二人の胸にのしかかってくる。
魔法のスクリーンの映像では、鳥カゴの中の小さな光の精霊の哀願に対して、ミルフィアが優しい笑みを浮かべながら、厳しい言葉で対応していた。
はるか天上から偉大な創造神と新たな世界の守り手が心配そうに見守る中、少年勇者と巫女姫は、いつ果てるともなく「ここから出してよ」「出す必要はないわ」の問答を続けていたのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。今回の物語はこれで終了です。
次回以降は構想を練ってから執筆しますので、更新はしばらく後になります。




