第二十七話 少年勇者の想いと優しい巫女姫の決断
それから数日が経過した或る日のこと。
勇者ワウディスは体調が回復し、人間の姿に戻って活動できるようになっていた。
少年勇者と仲間のオーラ機士たちは、真の黒き邪竜ダークドラゴンを倒した英雄として世界中の人々から、その勇気と功績を称えられていた。
特に、勇者ワウディスが聖剣炉戊ライトブリンガーを操り、ダークドラゴンを見事に打ち倒した事実は、壮大な武勇伝として人々に大変喜ばれていた。
勇者ワウディスたちは、邪竜討伐記念祭で開催される多数のイベントに参加し、大忙しの毎日を過ごしていた。王城の昼食会や晩餐会などの食事パーティ、精霊巨神の神殿などの祭礼の挨拶、魔法炉戊に搭乗して行進する祝勝パレードなどなど。
それらのすべての場面で、少年勇者は邪竜討伐の英雄として持てはやされた。
勇者ワウディスは多くの人々から褒められて、照れてしまうばかりだった。
また、話題が最後の真の黒き邪竜との一騎打ちに及ぶと、特に困惑していた。
実は、少年勇者は究極の聖剣炉戊の持つ真の力に覚醒し、ダークドラゴンと壮絶な死闘を繰り広げた最後の決戦のことをよく覚えていないのだ。
強烈な精神的ショックのため、記憶が曖昧になってしまっているのである。ただし、その光景は仲間のオーラ機士や精霊巨神の巫女が目撃しており、彼らが詳細に語り伝えていた。
そのため、最後の決戦の話題を振られた時、勇者ワウディスは突然変わった英雄という評価に戸惑いつつ、仲間から聞いた話をもとに適当に会話を合わせるのだった。
その日は、エレメンタルシスターズのコンサートが開催されることになっていた。
邪竜討伐記念の特別なコンサートである。
勇者ワウディスたちは邪竜討伐の功績として、最前列のゲスト席をナムコル支配人からプレゼントされていた。コンサート後に開催されるサイン会の入場券付きである。
最前列の席も貴重だけれど、精霊の乙女と対面できるサイン会の入場券は特に超貴重なレアチケットだった。サイン会は熱烈ファンの要望があって、今回初めて実現したものである。
つまり、推しメンのアクアマリンと初めて直接会話ができるのだ。当然、少年勇者は大喜びである。しかし、或る課題があるのだった。
勇者ワウディスは体力が回復して人間の姿に戻った後、三食のうち昼食と夕食は、精霊巨神の神殿の司祭一家の食卓で食べていた。
ひとり暮らしの少年勇者は偏食が基本なので、健康を心配したミルフィアがお昼と夕方の二食は、一緒に食べるようにさせたのである。
その日の昼食は、高司祭ニトールと神官戦士スカードが神殿のイベント業務で忙しいため、ミルフィアと勇者ワウディスの二人きりとなっていた。
メニューはハチミツ塗りの王国名産のパン、彩りの豊かな卵料理と魚料理、そして、新鮮な精霊食材をたっぷり入れた野菜スープである。
味付けは抜群で、栄養価も合わせて文句の付け所がない献立なのだ。
勇者ワウディスはスープを味わいながら、ミルフィアの顔色をソッと窺っていた。いよいよ今日の夕方に、待ちに待ったエレメンタルシスターズの邪竜討伐記念コンサートが開催される。
特別なチケットを貰ったので、是非とも参加したいのだけれど、それによって、ミルフィアの機嫌を損ねてしまうのは避けたい。
ダークドラゴンとの死闘の後、ミルフィアはとても優しいのだ。光のミニ精霊の状態で抱かれている間だけでなく、人間の姿に戻ってからも、笑顔と優しさに満ちているため、勇者ワウディスはいま最高に幸せなのだった。
二人で食事しているいまもミルフィアは笑顔で、上機嫌の様子である。弱虫で臆病な発言をウッカリしてしまっても咎められることはなく、むしろ優しい言葉が返ってくる。
この幸せな状態を壊すのは絶対避けたいと思うものの、邪竜討伐記念コンサートにも絶対に行きたいのだ。しかし、参加すると言ったら、彼女の機嫌をかなり損ねてしまうことだろう。
ミルフィアは精霊巨神バンダインの前で或ることを約束した。ダークドラゴンを倒したら、しばらくの間、アイドルファンとしての活動を許容するという約束である。
創造神のいる前で誓った約束のため、ミルフィアがこの約束を破る可能性は低い。
しかし、約束は守りつつ、ものすごく不機嫌になってしまうという危険があるのだ。
勇者ワウディスはスプーンをギュッと握り締めたり、ミルクのコップに繰り返し口を付けたりと、落ち着かない様子だった。黒い目には不安の色が翳り、全体的にソワソワとしている。
少年勇者はその状態のままずっとモジモジと迷っていた。しかし、どうしても邪竜討伐記念コンサートに行きたいため、小さな勇気を振り絞って、ミルフィアに話しかけた。
「あ、あのさ、ミルフィアちゃん、そ、その……」
「どうしたの、ワウディス君?」
どもる少年勇者の様子を見て、ミルフィアは直感した。ミルフィアは今日がコンサートの日であることを当然知っている。いつ少年勇者が切り出すか、待っていたのである。
「じ、実はさ、今日はエレメンタルシスターズの、そ、その、邪竜討伐記念コンサートが開催されることになっていて……その、何というか……実は、ナムコル支配人から最前列の席のチケットを特別に貰ったりしているから、その……」
「わかっているわよ。ワウディス君はそのコンサートに行きたいんでしょ?」
「えっ! う、うん! ぜ、是非行きたくて……でも、大丈夫かな……?」
「別にいいわよ。ダークドラゴンを倒したら、しばらくの間、認めてあげるって約束しちゃったし。それにワウディス君は本当に頑張ったもの」
「ホ、ホント! やった~!」
予想よりはるかに簡単に許可が出たので、勇者ワウディスは満面の笑顔になった。そして、椅子から飛び上がって大喜びの声を上げた。
ミルフィアはその極上の喜び方に、ムッと不機嫌な気分になった。しかし、いまは心に余裕が出来ているので、許してあげることにした。
「ホントに良かった。ちゃんと約束を守ってもらえるのか、不安だったから……」
「当然だけど、嬉しくはないのよ。でも、バンダイン様のいらっしゃる前でした約束だもの。精霊巨神の巫女として、破ることなんてできないわ」
ミルフィアは堂々とそう言い切った。
その表情には、昨日まで約束を守るべきか、ずっと苦悩し続けた事実など、微塵も見当たらない。ミルフィアらしい吹っ切れた振る舞いだった。
「でも、夕食の時間までには帰ってきてね。せっかく作った料理が冷めちゃうから」
「う、うん! わかったよ! 絶対夕食の時間までには戻ってくるよ!」
ランチを食べ終わると、勇者ワウディスは意気揚々と出かけて行った。邪竜討伐記念コンサートの開演時刻にはまだ時間があるけれど、あまりにも嬉しかったので、早めに行くことにしたのだ。
ミルフィアは精霊巨神の神殿二階の窓から〈精霊の夢〉劇場に向かって走り去る幼なじみの少年勇者の後ろ姿を見つめていた。
そして、小さな影が通りの向こうに消え去ると、ランチで使った食器をキッチンで洗浄してから、自分の部屋に戻った。
「さあ、わたしも早く行って、準備しなきゃ!」
ミルフィアは早速、衣装ダンスの隣の大きな鏡の前に立った。そして〈アイドル変化〉の魔法を使って変装した。水の精霊をイメージした精霊の乙女アクアマリンの登場である。
彼女は普段アイドルとして活動するのが苦手だった。大勢の人の前で踊って歌うのは緊張するし、とにかく恥ずかしいのだ。しかし、今日はちょっと頑張る気持ちになっていた。
「べ、別にワウディス君を元気付けるために頑張るわけじゃないわ……ファンのみんなが楽しみにしているんだし、ダークドラゴンを倒した邪竜討伐記念の特別なコンサートだから頑張るのよ」
ミルフィアは自分に言い聞かせるように、そうつぶやいた。それから鏡に宿した〈テレポート〉の魔法を起動すると、虹色に輝く鏡の中に飛び込み〈精霊の夢〉劇場の楽屋へ空間転移したのだった。




