第四話 臆病で弱虫泣き虫の困った少年勇者ワウディス(その1)
王都オーヴィタリアの郊外に、勇者一族ワウダーン家の住む家屋があった。
青白い屋根と壁をした木造二階建ての普通の一軒家である。玄関のドアには、青い稲妻を象った勇者の紋章が飾ってあった。
父親を魔獣討伐の任務で、そして、母親を呪いの病気で早くに亡くしてしまった少年勇者ワウディス・ワウダーンは、寂しい独り暮らしである。
年齢は今年でもう十六歳だけれど、見た目や精神年齢は十二、三歳程度だ。
そのため、十八歳の成年に達するまで、漆黒の老竜が後見役を務めることになっていた。
平和同盟締結後、ブラックドラゴンと先代の勇者ノーヴィスは、平和を愛する信念で意気投合し、深い親交を結んでいた。
さらに、漆黒の老竜の勧めで、村娘のエクレア(邪竜火山において、二人の戦いを止めた少女)と結婚し、子供のワウディスが誕生してからは、家族ぐるみの付き合いとなっていた。
ワウディスは漆黒の老竜に懐き、ブラックドラゴンの方も、実の孫のように可愛がっていた。
そして、少年勇者が両親を失って天涯孤独となった後は、ブラックドラゴンが後見役を引き受け、たった二人の家族となっていたのだった。
精霊巨神の巫女ミルフィアは〈テレポート〉の魔法を使って勇者の家の前に到着した。
早速、玄関のドアベルを鳴らし、返事を待つ。少し待っても反応はなかった。何度かドアベルを鳴らしたけれど、結果は同じだった。
「ワウディス君はどこかに出かけているのかしら? ワウディス君、入るね」
幼なじみのミルフィアは何度も訪問したことがある家である。さらに、亡くなった少年勇者の母親から、家の鍵を託されている間柄だった。
ミルフィアは返事がないので、玄関のドアを合鍵で開けて中に入った。一階の方には人の気配は感じられないけれど、二階の方から、か細い泣き声のような音が漏れていた。どうやら勇者ワウディスは、二階の自分の部屋にいるようだ。
ミルフィアは階段を昇って、ワウディスの子供部屋を訪れた。すると、少年勇者はベッドに伏せ、枕に顔を埋めて泣きじゃくっていた。
「ウウッ……邪竜お爺ちゃんが死んじゃうなんて、ひどいよう……寂しいよう……」
どうやら、勇者ワウディスは昨夜の悲報からずっと泣いていたようだった。
「ワウディス君、悲しいのはわかるけど、いつまでもそんな風に泣いてばかりじゃダメよ。ワウディス君は勇者なのだから、そんな泣き虫のままだと、邪竜お爺様が悲しむわ」
ミルフィアはベッドに近づき、泣きじゃくる少年勇者に優しく声をかけた。
実は、昨夜の邪竜討伐伝の演劇で見せた威風堂々たる勇者の姿は、あくまで舞台上の演技であり、本当は臆病で弱虫泣き虫の困った勇者なのだ。
ミルフィアも普段ならもっと厳しく叱るところだけれど、唯一の家族を失くしてしまった勇者ワウディスの心情を考慮すると、いまは優しくしてあげなきゃと思うのだった。
「えっ? ミ、ミルフィアちゃん? ど、どうしてここにいるの?」
勇者ワウディスはようやく幼なじみの巫女姫の存在に気付き、顔を上げた。泣き過ぎたため、目は真っ赤に腫れ上がっている。
「どうしてここにいるの、じゃないでしょ。心配だから様子を見に来たんだけど、ワウディス君はずっと泣いていたのね。本当に泣き虫なんだから」
「そんなこと言ったって……邪竜お爺ちゃんが死んじゃうなんて、全然思わなかったんだもん。この前会った時はまだまだ元気だって言っていたのに……突然死んじゃうなんて……」
泣き虫弱虫の困った少年勇者は、話しながら再びしゃくり上げはじめた。
「もう、本当に弱虫で泣き虫なんだから……」
ミルフィアは嘆息しつつ、ベッドに腰かけて泣きじゃくる勇者ワウディスの姿を見守った。少年勇者はしばらく泣き続けていたけれど、ミルフィアが少しずつかけ続けた励ましの言葉が効果を発揮したのか、ようやく落ち着きはじめた。
「ほら、ワウディス君、元気出して。いつまでもウジウジしていちゃダメでしょ」
ミルフィアが一階の台所で作った超甘口のホットココアを差し出すと、勇者ワウディスはひと口啜ってから、小さく「うん」と頷いた。
「ミルフィアちゃん、ありがとう。少しだけ元気になったよ。ところで、ミルフィアちゃんはどうしてボクのうちに来たの? ボクに何か用?」
「ええ、心配で様子を見に来たのも本当だけど、実はちょっと聞きたいことがあるの」
そこで、ミルフィアは自分が精霊巨神バンダインの指示を受けて、ブラックドラゴンの死因の調査を行っていること、そして、邪竜火山パラヴィルマウンテンの洞窟の住処での聖騎士アーニーとのやり取りについて説明した。
漆黒の老竜の遺体の所在が不明であり、行方不明の可能性があると知って、勇者ワウディスは仰天して、思い切り飛び上がった。
彼もまた老竜の死は老衰による自然死だと思っていたからである。
「じゃ、じゃあ、邪竜お爺ちゃんは、まだどこかで生きているかもしれないんだね! 何か緊急の用事があって、どこか遠くへ出かけたのかも……」
「そうね、本当にそうだったらいいのだけど……老衰にはまだ早いはずだし……でも、黙って出ていくのも、おかしいのよね……」
「きっと邪竜お爺ちゃんは、生きているんだよ! だって、邪竜お爺ちゃんは不死身のブラックドラゴンなんだもん! ところで、ミルフィアちゃんが聞きたいことって、何だったの?」
「ワウディス君に、邪竜お爺様の行方の心当たりについて聞きたかったの。それと、最近の邪竜お爺様の様子に変わったところはなかった?」
「う~ん、と……邪竜お爺ちゃんは、邪竜火山とその麓の村しか散歩しないし、王都周辺も滅多に来ないから、行き先の心当たりはちょっと……最近の様子は、いつもと変わらなかったよ。少し前に会いに行った時は普通に元気だったし……」
「そう、やっぱり、そうよね。老衰で亡くなるなんておかしいわよね……」
ミルフィアは手懸かりを失ってしまい、大きなため息をついた。少年勇者に聞けば、僅かでも変な兆候などの手懸かりがあると思っていたのだ。
「ねえ、ワウディス君、邪竜お爺様が悩んでいる様子とかなかった? 突然どこかに黙って行くのだから、きっとよほどの事情があると思うの」
「う~ん、悩みかあ……悩みというか、いつも言われていることならあるけど……」
「何? どんな小さなことでもいいから教えて」
勇者ワウディスは少し困惑した顔になって、俯きがちに話しはじめた。
「えっと、その……邪竜お爺ちゃんは、ボクがオーラソードを早く使いこなせるようになってほしいって言っていて……でも、ボクは頑張って修行しているけど、全然ダメで……」
その事実はミルフィアも老竜から何度も聞いており、新しい事実ではなかった。
深刻な悩みというより、愚痴の類に近い。
「そう、それはそれで困ったことかもしれないけど、邪竜お爺様が突然いなくなる理由にはならないわよね……どうしよう。このままだと行方を探す調査が終わってしまうわ……」
完全にアテが外れてしまったので、ミルフィアは途方に暮れてしまった。