第二十三話 少年勇者の決意と光の聖剣の授与(その1)
王都の郊外で、激しい戦いが繰り広げられている間、天空神殿トゥルポンダルでは、精霊巨神バンダインとミルフィアの交渉が続いていた。
しかし、少年勇者を危険に晒したくないミルフィアの態度は頑なだった。
このままでは、事態は打開できない。
一刻も早く勇者ワウディスに伝説の光の聖剣を授けて、暗黒魔法師ダクディスの打倒に向かってもらわなければならないのだ。
ティラミスは偉大な創造神とワガママな後輩巫女の様子を見守りつつ、打開策について必死に頭を巡らせていた。そして、或る秘策を思いつき、二人の会話に口を挟む形で、説明をはじめた。
「バンダイン様、ミルフィアの言うとおり、ワウディス君にこの世界の危機だからと言い聞かせても、きっと怖がって戦うのを嫌がるでしょう。ワウディス君の弱虫で臆病な性格をいまから治すのは困難ですし、こういう作戦はどうでしょうか?」
ティラミスは簡単に作戦の内容を説明した。
精霊巨神バンダインとミルフィアは二人とも作戦の奇抜さに驚いて、目を見開いた。
「そんな! それってウソをつくってことじゃないですか! そんなのひどいですよ!」
「ふむ、なるほどな。それならば、ワウディス君も怖がらずに済むかもしれんの……」
ティラミスの提案した作戦とは、ダークドラゴンがホンモノの真の黒き邪竜であるという事実を隠すというものだった。
つまり、勇者ワウディスに倒すべき敵は、ニセモノの黒き邪竜であると信じ込ませるのである。
光の聖剣を授ける際、あの暗黒魔法師はニセモノの黒き邪竜だから、簡単に倒すことができると、臆病な少年勇者を何とか誘導するのだ。
「そんなの、実際に戦ったら、凄まじい暗黒魔力を持った怖いダークドラゴンだってすぐにわかるじゃないですか! 最初だけだまして戦わせるなんてひどいですよ!」
「わたしも同じ意見だ。ワウディス君がやる気になって戦いに臨んだとしても、いざダークドラゴンの力に接したら、どうなってしまうか……」
「その懸念は当然わかっています。その事態を回避するために、ワウディス君が恐怖を忘れてしまうほど、本気になる報酬を用意する必要があります」
「本気になるほどの報酬か、なるほど。しかし、どんな報酬を用意するのだ?」
「それは簡単です。ワウディス君がほしいものは、決まっていますわ」
ティラミスはさも当然という口調で、想定している報酬の内容を説明した。
「えっ! そ、そんな、それは……でも……」
ミルフィアは先輩巫女の提示した報酬の内容を聞いて、一瞬で真っ赤になった。羞恥と困惑のため、目を白黒させている。そんな後輩巫女に、ティラミスは厳しい目を向けた。
「ミルフィア、いまは迷ったり悩んだりしている場合ではないの。これしかワウディス君の本気を引き出す手段はないわ。ミルフィアだって、ワウディス君のことを大事に思っているから、そうやって戦わせるのを拒否しているのでしょう?」
「そ、それはそうですけど……それに、もうひとつの報酬の方は、ちょっと……」
ティラミスが提案した勇者ワウディスへの報酬はふたつ。ひとつ目は既に心に決めている内容なので問題なかったものの、ふたつ目はどうしても受け入れ難いものだった。
「ミルフィアよ、本当に頼む。すべてはこのエレメンタルランドを滅亡の危機から救うためなのだ。ワウディス君だけが光の聖剣を操ることができる。最後の希望なのだ」
精霊巨神バンダインは頭を下げて懇願した。
この天真爛漫な巫女姫には、命令や理屈による説得は意味がない。
ひたすらお願いするしかないのである。
「そ、そんな、バンダイン様にそんな風にされると、わたし困ります……」
本来、雲の上の存在である創造神に頭を下げられて、ミルフィアは困惑した。
「ダークドラゴンは確かに強敵よ。でも、いまはまだ不完全な状態なのだし、ワウディス君が光の聖剣を得て、オーラ機士の仲間たちと力を合わせれば、決して敵わない相手ではないわ」
「おっしゃる意味はわかりますけど……」
ミルフィアはそれでも光のミニ精霊を手放すのを嫌がった。勝算の見込める作戦はあるものの、どうしても怖くて受け入れられないのだ。
突然、巫女姫が胸に抱いた光のミニ精霊がブルッと身じろぎした。ミルフィアの〈治癒〉の魔法のおかげで体力が回復し、覚醒したのだ。
可愛らしい光のミニ精霊は、円らな瞳を開いて上を見上げると、ミルフィアの顔を認めて、ハッと驚いた表情になった。
「アッ! ミルフィアちゃん!」
光のミニ精霊は巫女姫に抱かれている事実に驚き、本能的にピョンッ!と飛び上がった。
そのままスーッと地面に着地すると、青白いオーラパワーの光に包み込まれる。光が消失すると、そこには幼い面立ちの少年勇者が立っていた。
「え~と……ここはどこなのかな……?」
見たことのない場所である。状況がわからず、勇者ワウディスは首を傾げた。
「ワウディス君、あのね……」
「ここは雲の上にある天空神殿トゥルポンダルよ。そして、ここにいらっしゃるのが偉大なる創造神、精霊巨神バンダイン様なの」
ミルフィアの言葉にティラミスが割り込む形でいま置かれている状況を説明した。
「えっ? そうなんですか! は、はじめまして、バンダイン様。ボ、ボクは勇者一族ワウダーン家のワウディスです!」
勇者ワウディスは初めて精霊巨神バンダインと対面したため、仰天した。
そして、慌てた素振りであいさつした。
創造神との対面は、普通にはない出来事である。ただ、その気高い姿は、伝説を記した数々の歴史書で描かれているので、とても有名だった。
「ようこそ、ワウディス君。いつか君がこの場所へ来ると思っていたよ。ただ、今回は急な事情になってしまったが……」
精霊巨神バンダインは心から申し訳なさそうな顔でそう言った。
「えっ? どういうことですか?」
「実はね、ワウディス君。ちょっと大変な事態になっているの。驚かないで聞いてね」
怪訝そうな顔になる勇者ワウディスに、ティラミスが説明をはじめた。
その説明は邪悪な暗黒魔法師が強大な暗黒魔力を手に入れて、真の黒き邪竜ダークドラゴンを名乗り、世界征服を計画している、というモノだった。
さらに、ナムコル支配人に〈バジリスクの呪い〉をかけたのは〈封印の壺〉を手に入れて、ブラックドラゴンの暗黒魔力を吸収するための邪悪な企みだったと説明した。
ただし、ナムコル支配人と精霊の乙女たちの正体は極秘のため、その辺りの説明は省略したり、脚色したりして誤魔化している。
その間、ミルフィアは不安に満ちた表情で見つめていた。ティラミスは少年勇者に敵の正体はニセモノとだまして、ダークドラゴンと戦うよう誘導するつもりなのである。
ミルフィアはそれを止めたいと思うものの、ティラミスから発散される気迫のような雰囲気に圧されて、口を挟むことができない状況だった。
ミルフィアがハラハラしている間もティラミスの説明は続いた。そして、とうとう最後の言葉を言われてしまった。
「あの暗黒魔法師は、ブラックドラゴン様の暗黒魔力を吸収して、強大な力を手に入れてしまったわ。でも、バンダイン様はこんな時のために光の聖剣を用意していたの。いまは精霊巨神の試練を行っている時間はないから、この場でワウディス君に光の聖剣を授与するわ。だから、あの暗黒魔法師と戦って倒してほしいの」
「えっ? ボクが戦うんですか? あの暗黒魔法師と? それは……」
勇者ワウディスは驚くとともに、怯えた表情になった。暗黒魔法師ダクディスとぶつかった時、凄まじい暗黒魔力の爆炎をオーラシールドに受け、その凄さを実感しているのだ。
「そうよ、バンダイン様が造り出した光の聖剣があれば、暗黒魔法師なんて敵じゃないわ。ワウディス君ならきっと使いこなせるはずよ。だから大丈夫。不安に思う必要はないわ」
「で、でも、あの暗黒魔法師は、自分が真の黒き邪竜ダークドラゴンだって名乗っていましたよ。邪竜お爺ちゃんはニセモノだって……そんなこと信じたくないけど、もし、それが本当なら、もの凄い力を持ったバケモノってことなんじゃ……?」
「それはウソよ、ワウディス君。あの暗黒魔法師は世界制服のために真の黒き邪竜を名乗りたいだけなの。ブラックドラゴン様がニセモノのわけがないでしょう。ブラックドラゴン様のお力を知っているワウディス君ならわかるでしょ?」
「それはそうだと思いますけど、でも……アッ、そうだ! ミルフィアちゃんは〈真実の鏡〉の魔法を使っていたよね? あの暗黒魔法師の言っていることは本当だったの?」
臆病な少年勇者はニセモノと言われても、いざ自分が戦うとなると、どうしても不安だった。そこで、あの時の光景を思い出して質問したのだった。
「えっ? えっと、それは……」
突然、話を振られてミルフィアは狼狽した。
戸惑いつつティラミスの顔を見ると、厳しい目で見つめ返された。話を合わせなさい!と強力な目の力で、指示が出ている。
ミルフィアは雰囲気に圧されてしまい、視線を少しオドオドとさまよわせながら答えた。
「あの時の暗黒魔法師の言葉は、その……ウソだったみたいなの……」
「そうなんだ。じゃ、じゃあ、邪竜お爺ちゃんがニセモノというのもウソなんだね?」
「それは、そうね、そうだと思うけど……」
「そっか~、よかった。やっぱり邪竜お爺ちゃんがホンモノの黒き邪竜だったんだね!」
勇者ワウディスは大好きな邪竜お爺ちゃんの名誉が守られて、純粋に喜んだ。
突然現れた謎の魔法師にニセモノ呼ばわりされて、本当は我慢ならなかったのだ。
「そういうことなの。だから、ワウディス君にあのニセモノを倒してほしいのよ。ニセモノをのさばらせておくのは、ブラックドラゴン様にも申し訳ないと思うでしょ?」
「それは確かに……で、でも、ニセモノでも十分怖いような気が……」
勇者ワウディスは救いを求めるように、ミルフィアの方を見た。ミルフィアは何と言ってよいかわからず、辛そうな表情で目を伏せた。
「ワウディス君、怖いのはわかるわ。でも、どうしても頑張ってほしいの。ミルフィアも心配しているけど、応援しているわ。ワウディス君が頑張って、あの暗黒魔法師を倒したら、ずっと迷っていたけど、彼女になってあげるって言っているのよ」
「えっ! ホ、ホント! ミルフィアちゃん?」
勇者ワウディスは念願の話であるものの、これまでの複雑な経緯もあるため、喜ぶというより怪訝になって質問した。ミルフィアは少しはにかんだ表情のまま小さく頷いた。
「で、でもさ、やっぱり、アクアマリンちゃんのグッズは捨てなきゃダメなんだよね?」
「それも大丈夫。暗黒魔法師討伐という大変なことをやるんだから、しばらくの間、アクアマリンのファンでいることを許容するって。ずっとじゃなくて、しばらくの間っていう条件付きだけど、すぐじゃないから、ワウディス君もいいでしょ?」
「うん! それなら嬉しいけど……でも、ホントにそれでいいの?」
ミルフィアは表情を固くしたまま、再び小さく頷いた。ティラミスが提案した二つ目の条件は、アイドルファンを続けることをしばらくの間許容するというものだった。
本当は受け入れ難いものの、そのような主張ができる状況ではなくなっていた。
「ホントなんだね! やった~! じゃ、じゃあ、ボク頑張るよ!」
勇者ワウディスは大喜びして頑張ることを宣言した。ダークドラゴンを名乗る暗黒魔法師は怖いものの、報酬の魅力の方が勝ったのである。
興奮状態のため、ミルフィアのはにかんだ様子を疑問に思うことはなかった。
すべてはティラミスの作戦通りである。




