第二十一話 邪竜にまつわる真実、二匹の黒き邪竜の存在(その2)
精霊巨神バンダインは口元を固く引き締め、二人の巫女姫の心が落ち着くのを待った。
そして、少しの間、時間を置いてから、ゆっくりと世界の運命を左右する話を再開した。
「さて、ここからが本題だ。真の黒き邪竜ダークドラゴンの復活が迫っているからには、一刻の猶予もない。早急に対策を打たねばならん」
千年前の激戦により、精霊巨神は肉体を失い、霊魂のみの存在となった。
つまり、再び創造神が先頭に立って、真の黒き邪竜と戦うことはできないのだ。
そのため、精霊巨神バンダインは己の全ての力を宿した光の聖剣を生み出した。
そして、この光の聖剣を操ることができる勇敢な戦士を厳しい試練によって選び出し、世界の命運を託すことにしたのである。
「そうすると、やはり、ワウディス君の活躍が鍵になってくるということですね」
「うむ、こんなに早くダークドラゴンが復活するとは想定外であったが、先日のブラックドラゴン殿との戦いで、ワウディス君はオーラソードの使用方法を会得しておる。まだまだ精神的に未熟なところはあるが、他に手段はあるまい」
「でも、いますぐ戦うというのは、ワウディス君には酷かもしれませんわ。少し時間をかけて、バンダイン様自ら光の聖剣の訓練をワウディス君に施してはどうでしょうか?」
ティラミスの提案は突然重大な使命を背負わされる少年勇者のことを配慮したものだった。しかし、偉大な創造神は小さく首を横に振った。
「いや、待つことはできぬ。ダークドラゴンはまだ完全に復活したわけではない。ブラックドラゴン殿の暗黒魔力を吸収した後、完全に同化するためには時間が必要なのだ」
暗黒魔法師ダクディスは〈封印の壷〉を破壊して、ブラックドラゴンの霊魂に宿る超濃縮された暗黒魔力を吸収したけれど、数百年の間、別人の霊魂に宿っていたため、完全に同化させるには、或る程度の時間が必要だった。
その時間を短縮するため、暗黒魔法師は〈精霊の夢〉劇場の敷地に、暗黒魔法の魔法陣を敷き、暗黒魔力を融合させる儀式を執り行っているところなのだ。つまり、完全な復活を遂げるまでには、まだ時間的な余裕があるのである。
「さらに、王国騎士団のオーラ機士たちにも、ダークドラゴンとの決戦に参加してもらうつもりだ。この時のために、魔法炉戊を造ったのだからな」
実は、魔法炉戊は、真の黒き邪竜と戦う戦力を確保するために、精霊巨神バンダインが自ら開発・実用化したオーラ武装だったのである。
東方辺境のヤマト地方で発展した魔法鍛冶師の或る妖精族と共に、オーラパワーを活用するゴーレム機兵の製造方法を開発し、バンダイン魔法炉戊工房を設立したのだ。
魔法粘土製の模型をゴーレム機兵として召喚する〈魔法炉戊召喚魔法〉や制御中枢のオーラクリスタルの精神融合システムも、創造神が編み出したものである。その結果、魔法炉戊を操る多くのオーラ機士たちが誕生した。
また、数ヶ月前には、大量のミスリルフレームの増産に成功し、魔法炉戊の武装のミスリルフレーム強化バージョンを発売している。
オーラ機士の大半が愛機の炉戊モデルを改造して、この新たなオーラ兵器を配備しているため、戦力は大幅にアップしているはずだ。
「では、いまからすぐにワウディス君に光の聖剣を授与するということですね。本来であれば、この天空神殿で、精霊巨神の試練を行う必要がありますが、どういたしますか?」
「うむ、そのような時間的余裕はない。ワウディス君は究極のオーラ武装と言われるオーラソードをしっかりと会得しておる。無論、その事実だけでは不十分だが、ダークドラゴンの完全復活を阻止すればよいのだ。倒すべき敵は不完全な黒き邪竜であり、いまの状態でも何とかなるはずだ」
精霊巨神の試練とは、精霊巨神バンダインの生み出した魔法幻像のドラゴンやゴーレム戦士と戦って、その勇気と力を示すというものである。
魔法幻像のドラゴンやゴーレム戦士たちは、いずれも地上最強クラスのモンスターと同等以上の強敵であり、必要とされるオーラ機士の腕前は、かなりハイレベルである。
光の聖剣を操るためには、オーラ武装を完全に使いこなす実力と凄まじい精神力が必要である。その実力を試すための試練なのだ。
試練を省略するということは、挑戦者の実力が未熟である可能性が高いということになる。
しかし、時間がないため、今回については省略せざるを得ない。精霊巨神バンダインとしても、苦肉の策なのだった。
「わかりました。では、精霊巨神の試練は省略して、ワウディス君に光の聖剣を授与するということでよろしいですね。ミルフィア、いままでの話を聞いていたでしょう。もうワウディス君の体力は十分に回復しているでしょうから、起こして人間の姿に戻るよう言ってください」
「えっ? で、でも、それって、ワウディス君があのダークドラゴンと戦うということですよね? それは、でも……その……」
ミルフィアは二人の会話を理解していたものの、突然の展開に激しく動揺していた。
つまり、少年勇者が命懸けでその使命を果たすべき時が、来てしまったのである。
しかし、それはあまりにも突然の話だった。
「ミルフィア、時間がないの。ワウディス君のことが心配なのはわかるけど、いまはワウディス君の力を信じるしかないのよ」
「で、でも、あの伝説の黒き邪竜と戦うんですよね? ホンモノなんですよね?」
ミルフィアは〈真実の鏡〉の魔法で手鏡に映ったダークドラゴンの影が、自然と頭の中に浮かび、恐怖に青ざめた表情になって身震いした。
完全復活していない状況であっても、その力は強大で未知数である。少なくとも、簡単に戦って勝てる相手ではないだろう
「そ、その……ワウディス君はすごく臆病だし、弱虫だし、あんなに怖くて強いダークドラゴンと戦うなんて、絶対に無理です。姿を見ただけで、きっとすぐに逃げ出しちゃいます」
勇者ワウディスが危険な目に遭うと知って、ミルフィアの声は恐怖で震えていた。
我知らず力がこもり、腕の中の光のミニ精霊をギュッと抱き締める。
「ミルフィアよ、心配する気持ちはわかるし、本当に申し訳ないと思っておる。だが、世界の滅亡を回避するためには、ワウディス君の力が不可欠なのだ。ミルフィアも勇者としての自覚を持つよう日頃から叱っておったであろう?」
「確かにそうですけど……で、でも、それは、ワウディス君にしっかりしてほしいと思っていたからです。それに邪竜お爺様が黒き邪竜なのだから、邪竜討伐みたいな危険な任務は有り得ないと思っていたんです……それなのに、突然そんな……」
オロオロするばかりのミルフィアに、ティラミスが厳しい口調で言った。
「ミルフィア、あなたも精霊巨神の巫女なのだから、いまがどういう状況で、何をなすべきなのか、わかっているでしょう」
「それはわかっています。それはわかっていますけど……でも……」
ミルフィアは言い返すことができず、言葉に詰まって視線を落とした。精霊巨神の巫女として、少年勇者が先頭に立って戦うべきなのは理解している。
他に方法がないことも、当然わかっている。状況は理解しているのだけれど、一方で、勇者ワウディスのことが心配でたまらないのだ。
ダークドラゴンと戦うとなったら、命懸けになってしまう。ミルフィアは真剣な面持ちになって、悩み続けた。勇者ワウディスが使命を全うできるよう、傍で支えるのが自分の役目である。
光のミニ精霊を放して、真の黒き邪竜を倒す使命を受諾するよう説得するのだ。
しかし、その結果、少年勇者は危険な死闘に臨むことになってしまう。巫女姫は青い瞳に不安の色を浮かべたまま、ずっと躊躇していた。
そして、苦悩するうちに……
「だって……だって、あんな怖いバケモノと戦ったら、ワウディス君が死んじゃう……」
と嗚咽混じりの声を出して、泣き出してしまった。青い宝玉のような瞳から、大粒の涙がみるみる溢れ出していく。胸に抱きしめる光のミニ精霊の顔に、ポタポタと涙が滴っていた。
精霊巨神の巫女として為すべき使命と、勇者ワウディスを心配する想いに挟まれて、感情がストレートに噴き出してしまったのである。
ミルフィアが泣き出したので、精霊巨神バンダインは慌てた。偉大な創造神は、腰を屈めて顔を近づけ、優しく諭すように言った。
「おお……ミルフィアよ、厳しく言うつもりはなかったのだ……ただ、本当にワウディス君に頼るほかないのだ。もちろん、ワウディス君ひとりだけではないぞ。王国騎士団にいるオーラ機士たちも召集して、全員で力を合わせて戦ってもらうのだ」
「で、では、全員で戦ったら、ダークドラゴンを必ず倒せるのですか?」
「う、う~む……ダークドラゴンの力は凄まじいからの。必ず勝てるとまでは……」
「じゃあ、とても危険な戦いなんですね……ワウディス君が死んじゃったら、わたし、どうしよう……やっぱり、そんなの絶対に嫌です……」
ミルフィアの涙は止まらず、説得するのはとても困難な状況だった。
「う~む、どうしたらよいかのう……」
精霊巨神バンダインは途方に暮れてつぶやいた。泣きじゃくる巫女姫から光のミニ精霊を無理に取り上げるというわけにもいかない。
むしろ、臆病で弱虫な勇者ワウディスを積極的に励ましてもらう必要があるのだ。
ミルフィアが泣いて光のミニ精霊を手放さないような状態が続く限り、少年勇者に命懸けで戦う決意をさせるのは不可能だろう。
「これはちょっと予想外でしたね。でも、仮にミルフィアを説得できたとしても、本当にワウディス君がダークドラゴンと戦ってくれるかしら?」
改めて考えると、臆病で弱虫な少年勇者に、真の黒き邪竜ダークドラゴンとの死闘に臨むよう説得するのは、非常に困難のはずだった。
ここは、何らかの策を講じる必要があるだろう。ティラミスは事態を打開するためにどうすべきか、真剣に考えはじめた。
一方、少し時間が経つと、ミルフィアの泣き声が小さくなり、落ち着きはじめた。
精霊巨神バンダインはゆっくりと言葉を選びながら、再び説得をはじめた。
「ミルフィアよ、どうか理解しておくれ。ミルフィアが応援してくれないと、ワウディス君はダークドラゴンと戦うことを怖がってしまうだろう。この世界を救うためなのだ。何とか頼む」
「状況は理解していますけど……やっぱり、嫌です。命の危険のある怖い戦いをワウディス君にさせるなんて……それに、ワウディス君はあんな怖いダークドラゴンを見たら、その瞬間に逃げ出しちゃうと思います。戦うなんて絶対無理です」
「うむ、だから、ミルフィアに応援してもらいたいのだ。〈聖なる祝福〉は巫女が勇気を授ける魔法だ。ミルフィアの祝福を受ければ、ワウディス君もきっと頑張れるだろう」
「そんなの嫌です。無謀な戦いの祝福をするなんて、わたしにはできません」
ミルフィアは偉大な創造神に向かって、真っ直ぐに言い返した。
「ううむ……参ったのう……」
精霊巨神バンダインは弱り切った表情になった。まるでヌイグルミを抱いて放さない駄々っ子の孫娘に言い聞かせる、優しいお爺さんのようである。議論は膠着状態に陥っていた。
その時、ティラミスが胸に提げている聖印が青い輝きを発した。〈精霊通信〉の着信信号である。それは神官戦士スカードからの緊急連絡だった。
下界からの報告を聞き取った後、ティラミスは緊迫した様子で説明した。
「バンダイン様、大変です! 暗黒魔法師が魔獣召喚の魔法を使って多数のモンスターを召喚し、王都を襲わせようとしているようです」
「うむ、おそらく暗黒魔法師が復活の儀式の時間稼ぎのために呼び出したのだろう。ティラミス、王国騎士団に出動を要請して、オーラ機士たちに王都を守らせるのだ」
「わかりました」
ティラミスはその場から一歩下がり〈精霊通信〉の魔法を使って、精霊巨神バンダインの指示を神官戦士スカードに伝達した。
神官戦士スカードは了解し、早速、サティライム王城の王国騎士団本部にいる聖騎士アーニーの元に向かったのだった。




