第二十一話 邪竜にまつわる真実、二匹の黒き邪竜の存在(その1)
地上から遥か彼方の白い雲の上に、壮麗な神殿が建っていた。精霊巨神バンダインの住む天空神殿トゥルポンダルである。
突然、青白く輝く光の球体が祭壇の間の空間に発生し、そこから二つの人影が現れた。
二人の巫女姫は巫女の服を風でたわませながら、祭壇の間にフワッと着地した。
「ふう、無事に着きましたね。本当にどうなることかと思いましたわ」
ティラミスは安堵した様子でつぶやいた。
空間転移の呪文の詠唱が少しでも遅れていたら、無限に増大する暗黒魔力の爆炎に巻き込まれて、いまごろ黒焦げになっていただろう。
「えっと、ここは、天空神殿トゥルポンダルですよね……? う~ん……」
ミルフィアは状況を理解できず、少しの間、困惑していた。そして、祭壇の間の中を見回して、少し離れたところに、小さな黄色い影が倒れているのを発見し、大きな悲鳴を上げた。
「アッ! ワウディス君! だ、大丈夫?」
光のミニ精霊が大理石の床にうつ伏せに倒れている。〈トランスポーター〉の魔法は、勇者ワウディスまで範囲に入れていたのである。
ミルフィアは慌てて駆け寄ると、可愛らしいミニ精霊を抱き上げた。火傷などの怪我はないようだけれど、明らかにグッタリしている。ミルフィアは早速〈治癒〉の魔法を施しはじめた。
「心配しなくても大丈夫よ。ワウディス君はオーラシールドであの爆炎をちゃんと防いでいたから。きっとショックで光の精霊の姿に戻ったのね」
「えっ? そうなんですか……?」
改めて光のミニ精霊の状態を確かめると、怪我らしい怪我は見当たらなかった。
どうやら戦闘で消耗した上、突然の転移だったので、驚いて失神しただけのようだ。
「ホントにもう、大げさなんだから……でも、ホントに良かった……」
ミルフィアは呆れたものの無傷とわかり、心から安堵した。先ほどの戦闘は一歩間違うと、死に至ってしまうような激戦だったのだ。
ミルフィアは可愛らしいミニ精霊をギュッと胸に抱きしめると、体力を回復させるため、改めて〈治癒〉の回復魔法を施した。
ティラミスは祭壇の中央にある石造りの台のところへ歩み寄った。台の上には、恰幅豊かな壮年の男性が仰向けになっている。
ナムコル支配人である。既に下半身は石化しており、お腹の半ばまで白くなっている。
予想より早く石化の状態が進行している。一刻も早い処置が必要だった。
「早速、エリクサーを使いましょう。ちゃんと呪いが解除されるといいけれど……」
ティラミスは愛用のポシェットからエリクサーの小瓶を取り出すと、美しい虹色の液体をナムコル支配人の石化したお腹に振りかけた。
すると、エリクサーの溶液が虹色の輝きを増し、恰幅豊かな体全体を包み込んだ。
シューッという静かな音とともに石化した体の暗黒魔力が浄化されていく。
〈バジリスクの呪い〉はエリクサーの奇跡の力で完全に浄化され、見る間に石化した部分が元の肌の色に戻っていった。
さらに、全身からまばゆいオーラパワーの光が噴き上がると、白い霊魂のようなものが離脱し、祭壇の間の天井近くまで飛び上がった。
白い霊魂は急激に膨らみはじめ、ポワンッ!という軽い音とともに弾けた。
すると、石造りの台の前に優しい威厳に満ちた白いトーガ姿の巨人が立っていた。
偉大な創造神たる精霊巨神バンダインである。
ナムコル支配人に憑依していた霊魂が〈バジリスクの呪い〉が浄化されたことで解放されて、この場に実体化したのである。
「ああ、バンダイン様、ご無事で何よりですわ」
「うむ、ティラミスたちには本当に心配をかけたの。突然、あのような呪いをかけられてしまうとは、誠に迂闊であった……ナムコル支配人に憑依している間は、わたしの力も抑制されてしまうが、まさか、その隙を突かれてしまうとはな……」
精霊巨神バンダインは二人の巫女姫に労いの言葉をかけつつ、無念そうに表情を曇らせた。
「あの、バンダイン様、ダークドラゴンと名乗ったあの暗黒魔法師は、一体何者なのですか? ダークドラゴンというのは本当にいるのですか?」
「うむ、そのことについて、まず二人に話さねばならんな。真の黒き邪竜たるダークドラゴンが復活するとは、非常に忌々しきことだ。しかも、こんなに早い時期になるとは……」
「じゃ、じゃあ、やっぱり、ダークドラゴンは本当にいるんですね? では、邪竜お爺様はどうなるのですか? ブラックドラゴンとダークドラゴンはどう違うのですか?」
立て続けに質問を繰り出すミルフィアをティラミスがたしなめた。
「ミルフィア、気持ちはわかるけど、バンダイン様から順序立てて説明いただくから、まずはそれを聞きなさいな。これからする話はミルフィアも知っておくべきものだから」
「えっ? あ、はい、ごめんなさい……」
「まあ、仕方あるまい。ブラックドラゴン殿が黒き邪竜と説明してきたのは、わたしだからな。あの暗黒魔法師の正体はまさしくダークドラゴンだ。真の黒き邪竜と名乗っているとおり、やつこそこの世界を滅ぼすために現れた暗黒魔力の化身なのだ」
それから、精霊巨神バンダインは詳しく説明をはじめた。はるか千年前のこと、偉大な創造神は凶悪で強大な黒き邪竜ダークドラゴンと壮絶な死闘を繰り広げ、我が身を犠牲にして打ち倒した。
しかし、黒き邪竜ダークドラゴンの亡骸は、無数かつ微小な暗黒魔力の破片となって、世界中に散らばってしまった。
それらの破片は、黒き邪竜の怨念によって少しずつ寄り集まり、約千年の月日をかけて復活する計画だったのである。最終的に、暗黒魔力の破片は二つのルートで集合していた。
そのひとつを偶然、或るドラゴンの成獣が吸収してしまったのである。暗黒魔力が凝縮してまん丸いスライム状態で動き回っていたソレを好物の果物と勘違いして、パクリと食べてしまったのだ。
そのドラゴンは強靭な生命力の持ち主で、暗黒魔力の猛毒に堪え切った。そして、漆黒のウロコを持つ黒き邪竜ブラックドラゴンになったのである。
ただ、争いを好まない善良な性格は変わらず、人々と共存する平和な生活を続けていた。
一方、もうひとつの暗黒魔力の集合体は、時間とともにさらに暗黒魔力の集合を繰り返し、とうとう或る存在を生み出した。今回、真の黒き邪竜を名乗ったダークドラゴンである。
ダークドラゴンは千年前の黒き邪竜の力を分割して継承しているため、その力は圧倒的に不十分だった。真の黒き邪竜として完全復活するためには、ブラックドラゴンの命を奪って、その巨体に宿る暗黒魔力を全て吸収する必要がある。
しかし、二匹のドラゴンの継承した暗黒魔力は、善良な老竜の方が勝っていたため、正面から戦って勝つことは困難だった。
そのため、若き邪竜ダークドラゴンは〈人型変化〉の魔法を使って暗黒魔法師の姿に変身し、邪竜神殿の闇の泉にたまっている暗黒魔力を吸収しながら、ジッと機会を窺っていた。
そして、最近になって、若き邪竜にとって思わぬ幸運が舞い込んできた。ブラックドラゴンが衰弱死の形で亡くなったのである。
「では、あの暗黒魔法師は邪竜お爺様が亡くなったから、邪竜お爺様のご遺体の跡を封印している〈封印の壷〉を狙ったということですか?」
ミルフィアの質問に、精霊巨神バンダインは大きく頷き、話を続けた。
「そのとおりだ。もはや危険を犯してブラックドラゴン殿に戦いを挑む必要はない。ブラックドラゴン殿のご遺体の跡に暗黒魔力は封じられておる。〈封印の壷〉を手に入れることができれば、真の黒き邪竜として、完全復活できるのだ」
「なるほど、それでブラックドラゴン様のご遺体の跡を〈封印の壺〉に入れて、秘密の封印庫に保管するよう指示を出されたのですね」
事情を聞いて、ティラミスは納得した。
〈封印の壺〉は当初王都郊外の竜の墓に埋葬する予定だったけれど、精霊巨神バンダインの指示によって、封印庫へ保管することになったのである。
「うむ、竜の墓の中が空っぽであることはダークドラゴンにはすぐにわかったであろう。その上で、ブラックドラゴン殿のご遺体の跡が〈封印の壷〉のような暗黒魔力を封じるアイテムに封じられ、何処かへ隠されている事実についても容易に推測できたはず。〈封印の壷〉の手懸かりを探っているうちに、わたしがナムコル支配人として活動している事実を突き止め、劇場の掃除人として忍び込み、密かに情報収集していたのだろう」
ナムコル支配人の執務室には、魔法の結界が張られているけれど、邪悪な暗黒魔法を使用すれば、中で行われている会話を盗聴することは可能である。
暗黒魔法師ダクディスはおそらく盗聴魔法によって〈封印の壷〉が封印庫と呼ばれる異次元空間で厳重に保管されている事実を突き止めたのだろう。しかし、すぐに侵入するのは困難だった。
封印庫の場所は極秘な上、扉を開けられるのは、精霊巨神バンダインの許可を受けた精霊巨神の巫女だけだからだ。そのため、暗黒魔法師ダクディスは、ナムコル支配人に〈バジリスクの呪い〉をかけるという作戦を実行した。
ナムコル支配人を襲っても霊魂で離脱して、簡単に逃走することが可能である。また、精霊巨神の巫女を襲って脅迫しても、真の黒き邪竜の復活を阻止するために自らを犠牲にする可能性が高い。
一番理想的なのは、精霊巨神の巫女に自分の意思で、封印庫の扉を開けさせた上、見つからないよう秘密裡に中に侵入することである。
この計画を実行するため、暗黒魔法師は精霊巨神の霊魂を宿したナムコル支配人に〈バジリスクの呪い〉を込めた手紙を送付した。
そして、精霊巨神の巫女がエリクサーを使うために、封印庫の扉を開けるよう仕向けたのだった。
作戦は成功し、暗黒魔法師はティラミスの気配を辿って尾行した上、封印庫の扉が開いた隙に中の異次元空間に滑り込んだのだった。
また、調査を撹乱するため、ナムコル支配人が〈バジリスクの呪い〉を受けた後、第一発見者を装って、呪いの手紙を回収した。
そして、開封済の他の六つの手紙に差出人欄を空欄にする〈幻影〉の魔法を施した。
これによって、幾ら手紙の差出人の手懸かりを探っても、決して暗黒魔法師の存在に辿り着けないように仕向けたのだった。
「そんな悪賢い企みが行われていたなんて……」
ミルフィアは茫然とした様子でつぶやいた。
自分が一生懸命行った調査は、暗黒魔法師の仕掛けたトラップだったのである。
暗黒魔法師ダクディスの企みに、見事に踊らされていたのだった。
「それでは、わたしが封印庫の扉を開けたことで、真の黒き邪竜ダークドラゴンが完全復活する道を開いてしまったということなのですね。本当に何ということでしょう……」
普段は冷静なティラミスも、自分の行動が暗黒魔法師の計画に操られていたものと判明し、蒼白になって動揺していた。
彼女の行動にミスがあったわけではないけれど、真の黒き邪竜復活のキッカケを作ったという事実は、心に重くのしかかってしまうのだった。




