第十八話 しっかり者の行商人の少年ジュピトル君
王都オーヴィタリアの中心に位置するサティライム通りは、にぎやかな商店街となっている。
買物客の人々や荷物を運ぶ商人の馬車が、石畳の道を行き交っている。
この商店街の一角に、ランタンを象った木製の看板の建物があった。王都で最も有名な道具屋の「サティライム商店」である。
赤いレンガ造りの堅牢な三階層の店舗だった。品揃えは、エレメンタルランド随一である。
竜の墓を出た後、勇者ワウディスとミルフィアは「サティライム商店」を訪問した。
有名道具屋のひとり息子のジュピトルは、世界中を行商しているけれど、いまは商品の補充のため、実家の道具屋に滞在しているはずだった。
その場合は、店番をやっていることが多いのだ。二人が「サティライム商店」の扉を開けて中に入ると、店番のカウンターに利発そうな面立ちの少年が座っていた。旅の商人ジュピトルは、十六歳の利発そうな行商人の少年である。
栗色の瞳は商才の光に満ち、栗色の髪の頭に白いターバンを巻いている。ポンチョ風の商人の服を着用し、腰のベルトには魔法の算盤を提げている。
旅の商人ジュピトルは二人の来訪に気付くと、カウンターの上の帳簿から顔を上げた。
「やあ、ワウディス君、久し振りだね。それにミルフィアちゃんも。何か買い物かい?」
「ジュピトル君、こんにちは。実は、ちょっとお願いがあるんだ」
「仕事の最中にごめんね。実は、ちょっと聞きたいことがあるの。これは極秘の話なのだけど〈精霊の夢〉劇場のナムコル支配人が奇妙な呪いにかかってしまって……」
ミルフィアは今回の石化の呪い事件について、簡単に経緯を説明した。
「な、何だって! あの優しいナムコル支配人が呪いをかけられたなんて、とても信じられないよ! それで、容態はどうなんだい?」
旅の商人ジュピトルはミルフィアの説明を聞いて驚くとともに、ナムコル支配人のことを心配して、青ざめた顔色になった。
この行商人の少年は、精霊の乙女たちによって、世界に光と笑顔をもたらそうとするナムコル支配人の理想に共鳴し、グッズ販売で提携する契約を締結した。おかげで商売は繁盛している。
そのため、ナムコル支配人は恩人なのである。
「お父様が浄化の儀式を実施しているけど、非常に強力な呪いだから、なかなか解けないみたいなの。だから、わたしの方で犯人の暗黒魔法師の手懸かりを探すことにしたの」
「確かにそれはいい手かもしれないね。でも、呪いの手紙を送るような人間がわざわざ自分の名前を差出人欄に書いたりしないんじゃない?」
「そうなの。ナムコル支配人の執務室に開封済で暗黒魔力に汚染された手紙が六つあったんだけど、どれも差出人欄は空欄のままになっているの。それでジュピトル君に協力してほしいの」
「協力? 別に構わないけど、ボクにできることがあるのかな?」
そこでミルフィアは道具屋を訪問した事情を説明した。六つの手紙がすべて自分の販売したレターセットを使ったものだと知り、旅の商人ジュピトルは驚きに目を見張った。
「そんな! じゃあ、ボクがレターセットを売った人の中に、呪いの手紙を送った犯人がいるかもしれないってことだね。何てことだ……」
「ジュピトル君に責任があるわけじゃないから、気にしないでね。でも、これだけが暗黒魔法師の手懸かりなの。ジュピトル君はレターセットを買った人たちを覚えている?」
「うん、覚えているよ。というより、あのレターセットは受注生産している特注品セットだから、注文した人の名前と連絡先は全部記録があるよ。買って行ったのは、ワウディス君みたいに知り合いが多かったけど……メモ用紙に書いてあげるよ」
「ホントにありがとう。これで犯人の暗黒魔法師に辿り着けるかもしれないわ」
旅の商人ジュピトルはカウンターの奥の棚から帳簿を取り出すと、特注レターセットの注文者一覧を見ながら、羽ペンを使ってスラスラとメモ用紙にそれらの名前を書き連ねた。
レターセットの購入者の大半は、王都の居住者だった。ただ、中には遠方の街などから、劇場を訪問した熱烈ファンもいるようである。アイドルファンは、エレメンタルランド全土に存在するのだ。
「ふうん、ジェスパー君やジダーイン君も買っていたんだね……そっか、一緒にナムコル支配人に手紙を書こうって約束したから、ジュピトル君の特注レターセットを買ったんだね」
勇者ワウディスは仲のいい友達の名前を見つけて、嬉しそうに言った。その他に聖騎士アーニーや魔法師フォクセルの名前もあった。
魔法師フォクセルはともかく、王国騎士団の模範となるべき副団長の聖騎士アーニーは、周りに対して自分は控えめなファンと説明しているけれど、本当は熱烈ファンだったのだ。
「えっ! お兄様までレターセットを買っていたの? 本当にだらしがないんだから。バンダイン様にお仕えしている神官戦士という自覚がちゃんとあるのかしら……」
ミルフィアは敬愛する兄の趣味の熱烈さを知って、憤りの声を上げた。
「アッ! ゴメン、スカード君からは秘密にしておいてくれって言われているから、知らなかったことにしてほしいんだけど……もう遅いよね……」
旅の商人ジュピトルはミルフィアの表情を見て事態を悟り、苦笑した。
理由は知らないけれど、この敬虔な精霊巨神の巫女は、エレメンタルシスターズに批判的であると、複数のファンから聞かされていたのだ。
それから、旅の商人ジュピトルはメモ帳に記載した購入者それぞれについて、どういう人物で、どこに住んでいるかなどの情報を二人に説明した。
「ジュピトル君の話だと、買って行ったのは、みんなボクの知っている友達だよ。暗黒魔法師とは全然関係ないし、呪いの手紙を送るようなマネは絶対しないと思うけど……」
「それは確かにそうだね。そういえば、ボクは暗黒魔力を感知するダークレーダーをいつも携帯しているけど、レターセットを販売していた時にダークレーダーの反応は全然なかったよ」
「ダークレーダー? そんな便利なアイテムがあるの? 初耳だわ」
「結構レアなアイテムだからね、世界に数個しかないんじゃないかな。ボクはアイテムの買い取りもやるけど、間違って呪いのアイテムを買ってしまったら困るから、重宝しているんだ。売れないアイテムを買い取ったら、大損しちゃうからね」
そう言うと、旅の商人ジュピトルは首に提げたメダル型の銀色の御守りを取り出して、カウンターの上に置いて見せた。
美しい天秤の絵柄が刻印されたミスリル製のメダルである。メダルの中央に紺碧に煌めくオーラクリスタルが填め込まれている。
このオーラクリスタルが暗黒魔力を感知し、赤く光ると同時にけたたましいアラーム音を出して、所有者に異常を知らせるということだった。
「このダークレーダーはとても優秀で、どんなに微かな暗黒魔力でもしっかりと感知するから、普段、暗黒魔力を隠して生活している暗黒魔法師でも、必ず発見できるはずだよ」
「そうすると、ジュピトル君からレターセットを買った人たちを調べても、犯人の手懸かりにならない可能性が高いってことね……じゃあ、どうしたらいいのかしら……?」
「役に立てなくてごめんね。それにしても〈バジリスクの呪い〉と言ったら、超強力な石化の呪いだよね。そんな危険な暗黒魔法を使う暗黒魔法師が、まだエレメンタルランドに生き残っているなんて。まさか、あの噂が関係しているのかな……?」
「えっ? ジュピトル君、何か知っているの?」
「知っているというか、ボクが世界中の街や村を巡っている時に聞いた噂なんだけどね。黒いローブ姿の人が各地の遺跡を探索しているらしいんだ」
「黒いローブ姿の人か……遺跡を探索して、財宝探しをしているのかしら?」
「でも、すべて探索済の有名な遺跡だから、お宝の類はもう残っていないはずなんだ。とにかく、外見から謎の黒い魔法師と呼ばれているんだよ」
「そうなのね。でも、そんな怪しい人物がウロウロしているなら、どうして王国騎士団は調査に向かわないのかしら?」
「まあ、あくまで噂レベルで、目撃した人がちょっといるぐらいだからね。もしかしたら遺跡の学術調査をしている魔法学者さんかもしれないし、格好が黒い魔法師のローブ姿というだけでは、暗黒魔法師と決めつけることはできないよ」
「それもそうね……できれば、その謎の黒い魔法師を探したいけど、どこにいるかわからない人を探している時間はないし……とにかく、手紙の差出人から手懸かりを得るのは諦めるしかないみたいね。ジュピトル君、協力してくれてありがとう」
「うん、何とかナムコル支配人を救う手懸かりが見つかるよう頑張ってね」
こうして、勇者ワウディスとミルフィアは道具屋を後にしたのだった。




