第十七話 優しき老竜の眠る安らぎの場所〈竜の墓〉(その1)
精霊巨神の神殿から、王都オーヴィタリア郊外の勇者の家へ向かう途上で、ミルフィアは小高い丘の前を通りかかった。この丘の上には、純白の聖堂のような壮麗な建物が建っていた。
それは亡くなったブラックドラゴンの霊魂を祀るお墓だった。通称、竜の墓である。
賢王ヴィストールⅦ世は偉大な老竜がエレメンタルランドの平和に貢献した功績を讃えるため、立派なお墓を建てることを決定した。
そして、竜の墓が完成した後は、ブラックドラゴンを慕う人々が参拝できるよう、美しい聖堂のような施設を毎日開放しているのだった。
「そうだわ、せっかくだし、邪竜お爺様にご挨拶して行こうかしら」
ミルフィアは既に何度かこの竜の墓を訪れて、建物の中にある立派なドラゴンの像を参拝していたけれど、せっかく通りかかったのだからと、優しい老竜の墓所に立ち寄ることにした。
「そういえば、ワウディス君は毎日、邪竜お爺様のお墓にお参りに来ているはずだから、もしかしたら、ここにいるかもしれないわね」
大好きな邪竜お爺ちゃんの死をようやく受け入れた頃に立派なお墓が完成し、少年勇者は毎日欠かさず、この竜の墓を訪問していると父の高司祭ニトールから聞いたことがあった。
竜の墓の入口は、ドラゴンが雄大な翼を拡げた姿を象ったアーチ型の門だった。
晴天の空から注ぐ陽光を浴びて、竜の飾りが黄金色に輝いている。ミルフィアは勇壮で美しい竜の門をくぐり、墓の施設に入った。
聖堂のような施設の内部は天井がとても高く、壮大なドーム型になっている。
広い空間の中央が祭壇になっており、そこにブラックドラゴンの等身大の像が安置されていた。
巨体を横にどっしりと伏せて、優しい眼差しで祭壇の下にいる人々を見下ろしている。
迫力満点の魔法粘土製のドラゴン像だった。
「あら、アレはもしかして……?」
魔法粘土製のドラゴン像の傍に、小さな生き物がいた。祭壇の周囲は立ち入り禁止のため、侵入禁止のロープが張られている。
ところが、その小さな生き物は勝手に入って祭壇の上まで上がったようだ。
精霊巨神の巫女は、立入禁止の祭壇の周囲にまで入ることができる。
ミルフィアは警備役の衛兵に軽く会釈をすると、祭壇のドラゴン像の下まで近付いた。
そして、ドラゴン像のすぐ傍で寝そべっている白い生き物をはっきりと確認すると、その可愛らしい姿に温かい笑みを浮かべた。
「もう、ホントにしょうがない子なんだから……幾ら寂しいからって、祭壇の上で寝そべるなんて、本当は絶対いけないことなのよ」
その生き物は、背丈が三〇センチほどの小さな精霊だった。白い小人タイプの精霊で、青と白の縞々の衣装をまとっている。
真ん丸の顔に尖った耳が付いており、草のような薄緑色の髪に青白いサークレットを填めていた。
さらに、抱き枕のように大きなヌイグルミを抱いている。それはブラックドラゴンの形を模した可愛い布製のオモチャだった。
何と、この小さな精霊は、ドラゴン像の傍でお昼寝をしていたのである。
グーグーと小さな寝息を立てている。
とても可愛らしい姿に、ミルフィアは自然と笑みを綻ばせてしまうのだった。
「この姿だけは本当に可愛いのよね。ワウディス君もずっとこの姿だったらいいのに」
ミルフィアはそう言うと、祭壇に近づき、小さな精霊を両手で抱き上げた。
ギュッと抱き締めると、小さな精霊は巫女姫の胸に寝顔を埋める形になった。精霊の小人は軽く寝返りを打ったものの、そのままミルフィアの胸に抱かれて眠り続けている。
実は、この小さな精霊は勇者ワウディスの変身した姿なのである。勇者一族は、精霊人という魂に豊潤な精霊の力を宿した特別な種族だった。
勇者が超大容量のオーラパワーを保有しているのは、光の精霊人だからなのだ。
精霊人は普段人間の姿で暮らしている。
かなり疲労したり衰弱したりした場合に限り、精霊の姿に変化するのだ。
そして、少年勇者の場合はまだお子様のため、背丈三〇センチ程度の可愛らしいミニ精霊の姿になってしまうのである。
勇者の厳しい修行が辛くて途中で投げ出す時は、いつも光のミニ精霊の姿になって、母親のエクレアに泣きついていた。
幼なじみのミルフィアも小さい頃から、弱虫泣き虫なミニ精霊を抱いて、あやしたりしていた。いわば子守のようなものである。
「邪竜お爺様が恋しくて、ドラゴン像の傍にいるうちに眠ってしまったのね……」
ミルフィアは胸に抱いた光のミニ精霊の寝顔を覗き込んだ。正直、彼女はエレメンタルシスターズの定期公演で見かけた熱烈ファンの姿に、嫌悪感に似た思いを抱いていた。
しかし、少年勇者が偉大な老竜の像の傍で眠っている姿を見て、そのわだかまりがゆっくりと融けていった。ミニ精霊の小人の寝顔はとても可愛らしく、つい見入ってしまう。
ただ、抱いている胸から伝わるのは、非常に重苦しい「寂しい」という気持ちだった。よく見ると、目元にうっすらと涙の跡があった。
ブラックドラゴンの葬儀の夜に喧嘩した後、ずっと放っておいてしまったけれど、ミルフィアはそのことを少し後悔した。
「邪竜お爺様からもお願いされているのだし、もう一度話してみようかしら……」
ミルフィアとしては、勇者ワウディスにエレメンタルシスターズのファンをやめてほしいものの、このままでは平行線のため、少し妥協しないといけないかな、と思いはじめていた。
その時、光のミニ精霊が小さく身じろぎした。
うっすらと目を開けて、数回瞬きする。
ミニ精霊の小人は一度目を開けたものの、再び目を閉じて寝返りを打った。
「え~と、ど、どうしよう……?」
可愛らしい寝姿を間近に見て、つい抱き上げてしまったけれど、光のミニ精霊が目を覚ますことは想定していなかった。
ミルフィアは慌てて小さな精霊を祭壇の上に戻そうとした。しかし、小さな手が巫女の服の裾を掴み、離そうとしないのだった。
「ふみゅふみゅ……邪竜お爺ちゃん……」
光のミニ精霊は、気持ち良さそうに寝言をつぶやいた。ところが、すぐに目をパチクリと開けると、フワワァ~ッと大きく伸びをした。
その可愛らしい仕草に、ミルフィアはつい微笑してしまった。それから、ミニ精霊の小人は円らなエメラルド色の瞳を大きく開いて、巫女姫の顔を見上げた。途端にハッと目を丸くして、
「アッ! ミルフィアちゃん! どうして?」
と叫ぶや否や光のミニ精霊は、慌てて巫女姫の腕からピョンッ!と飛び出した。
クルリと軽やかに前転宙返りして地面に着地すると、その小さな体はたちまち青白いオーラに包まれた。オーラの光が消失すると、そこには幼い面立ちの少年勇者が立っていた。
光のミニ精霊から人間の姿に戻ったのである。
衣服や所持品も含めて変化の魔法の範囲のため、いつもの勇者の服姿になっている。
久しぶりの再会である。予期しなかった状況にミルフィアは戸惑った。しかし、勇者ワウディスの方が、もっと激しく狼狽していた。
「あ、あの、あのさ、ボク、最近はそんなにエレメンタルシスターズのグッズを買ったりしていないよ! 少しずつ何とかやめようかな~って努力しているんだよ!」
勇者ワウディスは激しい身振り手振りを交えて、興奮気味に説明した。
それから、如何に熱烈ファンをやめる努力をしているか、一方的に話を続ける。
ミルフィアは困惑とおかしさが心の中でせめぎあい、思わず苦笑した。
定期公演の観客席ではしゃいでいる少年勇者の姿を、彼女は見ているからである。
ただ、自分の機嫌を取ろうとして、必死に主張している姿は微笑ましくもあった。




