第十四話 ファンの手紙に混じった呪いの手紙
王都オーヴィタリアの郊外に建つ〈精霊の夢〉劇場。そのオフィスフロアの一番奥に、ナムコル支配人の執務室があった。
ナムコル支配人は、エレメンタルランドでも有数の大資産家である。趣味と娯楽、そして熱い信念からエレメンタルシスターズをプロデュースした。
精霊大陸の人々に元気と活力を与えたい!という信念の下、可愛らしい六人の女の子を極秘に選抜し、精霊をモチーフにしたアイドルグループを結成したのである。
エレメンタルシスターズの発足から半年。精霊の乙女アイドルたちは爆発的な人気を獲得し、特に若い男の子たちの心を掴んでいた。
「ふむ、思いつきで作ったのですが、ここまで人気が出るとは嬉しいですねえ。エレメンタルランドの少年たちの心に熱いハートが灯るのは、本当に喜ばしいことです」
ナムコル支配人の目的はお金ではなく、純粋に世界を元気にすることだった。
そのため、定期公演のチケットや関連グッズ類は、原則として、必要経費に最低限の利益を上乗せした安めの価格に設定している。
先日発売したマジカル写真集は、新しい試みが幾つも盛り込まれており、高めの価格だったけれど、例外中の例外である。こういった価格面の観点も人気を急上昇させている要因だった。
「さて、今日は時間もありますし、ファンの皆さんのお手紙を見てみましょうか」
ナムコル支配人は執務机の上の木箱から、手紙をひとつ手に取った。
ファンからの要望や意見が記載された手紙は、支配人自ら目を通すようにしている。
ファンたちは通常、精霊の乙女たちに手紙を出すけれど、アイドルグループとしての活動や〈精霊の夢〉劇場の運営に関する要望や意見は、ナムコル支配人宛にも届くからである。
「ふむふむ、皆さん本当に心から楽しみにしてくれているんですねえ……」
ナムコル支配人宛の手紙の大多数は、感謝の内容となっていた。
エレメンタルシスターズをプロデュースしただけでなく、安価な価格設定をしている上、無料公演日やグッズの無料配布キャンペーンを設けるなど、一般庶民の男の子まで広く楽しめるのは、潤沢なナムコル支配人の資金力のおかげなのだ。
「おや、この手紙は一体何でしょうか……?」
読みはじめて、七通目の手紙だった。
ナムコル支配人は木箱から取り出した奇妙な手紙を見て、怪訝な表情になった。
黒い蔓のような模様が縦横に走った不気味な手紙だった。裏返して差出人欄を確認したところ、空欄だった。ナムコル支配人はその不気味さに疑問を抱いたものの、逆に興味をそそられてしまい、その手紙を開封してしまった。
「ウ、ウワッ! こりゃ一体何事だ?」
開封した途端、手紙の中から、真っ黒な霧がモウモウと溢れ出してきた。ナムコル支配人は恐怖を感じ、席を立って霧から離れようとした。
ところが、謎の黒い霧は、意思を持っているかのように、ナムコル支配人を追いかけてくる。
それは猛毒よりも恐ろしい闇の暗黒魔力の凝縮した霧だった。普通の人間なら、軽く吸っただけで命を落としてしまうだろう。ナムコル支配人のふくよかな顔つきが、一瞬で引き締った。
「まさか、暗黒魔力の罠を仕込んだ手紙とはな……一体どうなっているのか……」
灰色の瞳が銀色に輝き、灰色の髪も銀色に変化して、フワッと浮かび上った。暗黒魔力の霧は、まるで蛇が獲物を狙うように追いすがってくる。
ナムコル支配人はフッと呼気をひとつ吐き出すと、体全体にオーラパワーの光を漲らせた。オーラパワーの防御シールドを展開したのだ。
恰幅豊かな資産家から大容量のオーラパワーが放出されている。
暗黒魔力の霧が光の防御シールドと接触し、バチバチバチッ!と強烈な火花を散らした。
猛毒の黒い霧とオーラパワーの光の壁は、しばらくの間せめぎ合っていたけれど、やがて、黒い霧の方が光の壁を浸蝕しはじめた。
ナムコル支配人の生み出した防御シールドは強固なものの、黒い霧の方がより強い暗黒魔力を秘めていたのである。
「ム、ムムム……」
ナムコル支配人は光の防御シールドを浸蝕されて、焦りはじめた。真ん丸い顔に、冷や汗がたくさん浮かび上がる。
オーラパワーの壁を維持すべく気力を振り絞るものの、闇色の霧の浸蝕はどんどん進み、やがて、光の防御シールドの一部が崩壊してしまった。
「ウッ! ウグググッ……」
崩落して生じた穴から黒い霧が一気になだれ込み、ナムコル支配人を包み込んだ。
ナムコル支配人は苦しげな呻き声を上げて、椅子から横に転げ落ちた。暗黒魔力の黒い霧は、恰幅豊かな資産家の口や鼻や耳の穴に入り込んでいった。
すると、たちまちナムコル支配人の恰幅豊かな体は灰色に染まっていった。そして、足元でミシミシッという不気味な音が響いた。
足の先が真っ白に固まり、石になっている。
この霧は石化の呪いを付与する暗黒魔法の効果を持っていたのだ。
ナムコル支配人は寝転がり、目をカッと見開いたまま、まるで時間が止まったかのように硬直してしまったのだった。




