第二話 優しき老竜の死と精霊巨神の巫女の決意
かつて、黒き邪竜ブラックドラゴンが甦ったという知らせがあった時、先代の勇者ノーヴィスは賢王ヴィストールⅦ世から邪竜討伐の使命を託され、天空神殿トゥルポンダルを訪問した。
そして、精霊巨神の試練を突破して、精霊巨神バンダインから光の聖剣を授かり、邪竜火山パラヴィルマウンテンの洞窟の住処に赴いた。
使命感に溢れる青年勇者は、洞窟の住処の奥に横たわる巨大な黒いウロコのドラゴンの姿を見るや否や、問答無用で戦いを挑み、ブラックドラゴンと激しい死闘を繰り広げた。
青年勇者は邪竜の牙や鉤爪の猛攻を受けて傷つきながら、究極のオーラパワーを宿した光の聖剣で黒き邪竜の吐く闇のブレスを浄化し、何度も巨体を切り裂いた。
そして、トドメを刺そうとしたまさにその時、ひとりの村娘が現れ、青年勇者の前に立ちはだかって黒き邪竜を庇ったのである。
実は、このブラックドラゴンは恐ろしい邪竜の姿をしているけれど、温厚な性格の持ち主で、平和主義かつ菜食主義の変わり者だったのだ。
さらに、邪竜火山の麓の村々と交流があり、定期的に穀物や果物の貢物を受け取る代わりに、邪竜火山の凶暴なモンスターたちから、麓の村々を守る契約を交わしていたのである。
当然、人間を襲って食べることはない。
その村娘エクレアの説得によって、先代の勇者ノーヴィスは納得し、ブラックドラゴンに対して、突然襲いかかったことの非礼を詫びた。
そして、青年勇者は王城に帰還し、国王に対して事実をありのままに報告した。報告を聞いた賢王ヴィストールⅦ世は唖然とし、言葉を失った。
しかし、当然ながら、温厚な村の守り神を討伐する理由はなかった。
早速、改めて先代の勇者ノーヴィスをサティライム王国の使者として派遣し、定期的に貢物を捧げることを条件として、ブラックドラゴンと恒久的な平和同盟を締結したのだった。
そして、この同盟締結を祝うため、毎年夏に開催される王国建国記念祭において、邪竜討伐伝の演劇を行うことになったのである。
出演者は、国王や王国騎士団も含めて本人が務めている。本人が仕事を辞めて引退すると、子供や後継者が役を引き継いでいる。
ブラックドラゴンもまたこの演劇に出演し、毎年ド迫力の演技で観衆を沸かせる人気者だった。
この日は出番の前日で、劇場裏の広場で台本の最後の打ち合わせを行う予定だった。
ところが、約束の時間を過ぎても、ブラックドラゴンが姿を現さなかったので、伝令の衛兵は飛空船を使って、邪竜火山パラヴィルマウンテンの洞窟の住処に様子を見に行った。
ブラックドラゴンの住処は洞窟の奥である。
衛兵の青年は奥の住処まで赴き、そこでひっそりと眠っているかのような老竜の亡骸を発見した。温厚な黒き邪竜の死は、国家の一大事である。
そのため、伝令の衛兵は大急ぎで王都まで帰還し、この訃報を一刻も早く国王に伝えるべく、円形演劇場の邪竜討伐伝の舞台に割り込んだのだった。
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王都オーヴィタリアの中心部に、精霊巨神の神殿が建っていた。エレメンタルランドの創造神たる精霊巨神バンダインを祀る神殿である。
王都オーヴィタリアの神殿は、王国中の人々が参拝に訪れる信仰の拠点である。
神殿の奥に位置する祭壇の間。いまその神聖な場所で、精霊巨神の巫女ミルフィアが天上の主に向かって昨日の事件のあらましを報告していた。
祭壇の上に、ミスリル製の巨大な聖印が置かれている。その真上辺りの空間に、楕円形の光のスクリーンが投影されていた。
魔法を使って生み出した通信用の浮遊スクリーンである。ミルフィアが〈精霊通信〉と呼ばれる魔法を使って、はるか天上の天空神殿トゥルポンダルと交信しているのだ。
遠方の通信はオーラパワーを大量に消費するため、いまは音声のみに限定している。
そのため、祭壇の上に浮かぶ魔法のスクリーンは真っ白なままだった。
「なるほど、事情は理解した。しかし、ブラックドラゴン殿が亡くなられるとはな……」
ミルフィアがひと通り報告し終わると、精霊通信の浮遊スクリーンから優しくも威厳に満ちた声が降ってきた。その声の主は、創造神たる精霊巨神バンダインその人である。
「誠に惜しい方を失ったものよ。ただ、老衰の死としては少し早いような気もするが……ミルフィアよ、王国騎士団で死因の調査をするだろう。その結果が判明したら報告しなさい」
「は、はい! わかりました! あ、あの、では、バンダイン様は邪竜お爺様の死はただの老衰ではないとお考えなのですね?」
「いや、そうではない。少し不審な点があるので、念のために知りたいのだ」
「わかりました! すぐに調査をはじめます! 大好きな邪竜お爺様の仇ですもの。わたしが犯人を必ず見つけ出して、処罰して見せます!」
精霊巨神の巫女ミルフィアは決意に満ちた表情で、敢然と宣言した。
「そうではない、ミルフィア。騎士団の調査結果を聞いて、それを報告すればよいのだ」
「ご心配は無用です。わたしには秘密兵器があります。必ず犯人を見つけてみせます!」
「いや、だから違うのだ。ミルフィア、わたしの話をちゃんと聞き……」
注意しようとした精霊巨神バンダインの言葉は、途中で切れてしまった。
〈精霊通信〉のエネルギー源は、祭壇の聖印に蓄積されているオーラパワーである。
遠隔地の通信は消費が早い上、ミルフィアが長々と昨日の経緯を説明したため、会話の途中で、聖印の保有するエネルギーが尽きてしまったのだ。
聖印のオーラパワーは半日から一日程度で自然に充填される。つまり、それまで〈精霊通信〉を再開することはできない。
ところが、ミルフィアには「通信が途切れた」事実を気にする様子はなかった。創造神から直々に事件の調査の指示を受けた。
ミルフィアは何の疑いもなく、そのように認識しているのだ。この可愛らしい巫女姫は、実はかなりの天真爛漫な女の子で、ちょっぴり思い込みが激しいことで有名なのだった。
「邪竜お爺様、きっと犯人を探し出して、無念を晴らしてみせますからね!」
精霊巨神の巫女ミルフィアは決意の眼差しを天空に向けて、そう心に誓った。
「じゃあ、早速調査しなきゃ。まずは現場の邪竜お爺様の洞窟に向かいましょう」
ミルフィアは胸に提げた聖印のペンダントを握ると〈テレポート〉の呪文を詠唱した。
この転移魔法は離れた場所同士をつなぐ空間転移門を形成し、その門を通り抜けることで瞬間移動を行う高レベルの魔法である。
通常は相当ハイレベルな魔法師でないと使用できないけれど、精霊巨神の巫女は偉大な創造神によって特別に使用する力を付与されているのだ。
呪文の詠唱が終わると、たちまち目の前の空間が渦を巻いて光り輝き、虹色の楕円形の渦が出来上がった。瞬間移動を実現する空間転移門である。
ミルフィアは頭の中に邪竜火山の頂上をイメージしながら颯爽とジャンプし、きらびやかなレインボーゲートを潜り抜けたのだった。