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魔法炉戊サーガ ~怖がり勇者の邪竜討伐英雄伝~  作者: 夢明太郎
第二章 優しき黒き邪竜の遺した奇跡、そして……
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第八話 黒き邪竜と少年勇者の魔法炉戊の特訓(その5)

 そこで、ふと漆黒の老竜は巨大な体の内に違和感を抱き、首を傾げた。


「……ふむ、何やら胸や腹の具合がおかしいような……一体どうしたことか……」


 その時、はじめてブラックドラゴンは、巨体の内側から少しずつ己の持つ暗黒魔力が漏れ出していることに気が付いた。


 濃いダークレッドの霧がすでに洞窟の住処のあちこちに溜まっている。さらに、全身が重苦しい疲労感に苛まれていた。


 勇者ワウディスの搭乗するソードグランダムと戦っている間は全く気付かなかったけれど、どうやら体調がおかしくなっているようだ。


「邪竜お爺ちゃん、どうしたの? 少し顔色が悪いよ。もしかして疲れているの?」


「ううむ、いや、何というか……これは、もしや……? いや、そういうことか……」


 ブラックドラゴンは初めての経験に驚きつつ、冷静に状況を分析した。いままで感じたことのない疲労感、消耗感が老竜の体を蝕みはじめていた。


 どうやら、久しぶりに本格的な戦闘行為を行ったことにより、老衰の域に入りはじめた体に負担がかかり、己の寿命を大幅に縮めてしまったようだ。


 そして、いまの状況が意味するところは、たったひとつである。ブラックドラゴンは予期せぬ死の兆候に言葉を失った。


 この老竜にとって死は恐れるものではなく、むしろ生の苦しみからの解放を意味するものである。

 しかし、それに伴う深刻な弊害があるのだ。


 黒き邪竜の死に伴って大量の暗黒魔力が放出されてしまうと、エレメンタルランドに深刻な被害が出てしまうのである。


 ブラックドラゴンは内心の動揺を押し隠し、咄嗟に考えを巡らせた。


 不幸中の幸いというべきか、少年勇者は究極のオーラ武装と言われるオーラソードの発動に成功している。


 オーラソードの超高熱ビーム刃なら、暗黒魔力を簡単に浄化できるのだ。


「ねえ、邪竜お爺ちゃん、何だか弱った顔をしているよ。もしかして、久しぶりに運動したからお腹空いちゃったんじゃない? 倉庫から何か食べ物を持ってきてあげようか?」


「う、うむ、いや、そうじゃな……」


 漆黒の老竜は何をどう言うべきか悩み、言葉を濁した。そして、短い間に頭の中で整理すると、静かに息を吐きながら、ゆっくりと話しはじめた。


「ワウディスよ、実は久しぶりに体を動かしたから、ちょっと暗黒魔力のコントロールが難しくなってしまっての。先ほどから、暗黒魔力の放出が止まらんのじゃ。このまま洞窟の外にまで漏れると、火山の近くの生き物が大変なことになってしまうから、ワウディスがオーラソードを使って、暗黒魔力の霧を浄化してくれんかの?」


「えっ? そんなことがあるの? わかった。じゃあ、やってみるよ」


 勇者ワウディスは何も疑うことなく、漆黒の老竜の頼みを了承した。そして、オーラ武具の柄に精神を集中して、光の刃を発生させた。


 どうやら今回の特訓で光の刃の発動のコツを掴んだようだ。青白いオーラパワーの刃は小さいものの、暗黒魔力の霧を浄化するには十分である。


 いつの間にか、洞窟中に猛毒を宿した黒い霧が充満していた。ソードグランダムは洞窟の中を漂う暗黒魔力の霧を光の刃で切り払った。


 すると、超高熱ビーム刃に触れた黒い暗黒魔力の霧は、たちまち蒸発した。


 純白の魔法炉戊は洞窟の住処を歩き回り、充満する暗黒魔力の霧を次々と浄化していった。


 その様子をブラックドラゴンは、満足げな表情で見つめていた。


 体内の暗黒魔力が急速に失われているため、生命力も急速に萎んでいる。それにも関わらず、温かい充足感が心を満たしているのだ。


 十数分の浄化作業で、洞窟全体に充満していた暗黒魔力の霧は完全に消失した。体内に残存している一部の暗黒魔力は、ドラゴンの死に伴って肉体が溶解した跡に溜まることになるだろう。


 しかし、暗黒魔力は黒い沁みのような溶解跡に封じ込められるため、危険性は低いはずだった。


「ワウディスよ、よくやってくれた。わしは本当に嬉しいぞ。まるで夢のようじゃ」


「うん、ちょっと疲れたけど、とりあえず暗黒魔力の霧は全部浄化したよ。でも、こんなに暗黒魔力を出しちゃって、邪竜お爺ちゃんは大丈夫なの?」


「うむ、まあ、その話じゃがな……そうじゃ、ワウディスよ、最初にあった臨時のお小遣いの話じゃが、これだけ頑張ったのじゃから、約束どおり幾らでも上げよう。何でも買うことができるぞ」


「ホント! やった~! 邪竜お爺ちゃん、ありがとう! すぐにマジカル写真集を予約しなきゃ」


「それだけではないぞ。わしの持っているこの洞窟の住処の財宝をすべてワウディスに譲ってやろう。ただし、あまり無駄遣いをするでないぞ。本当に必要なものだけに使うのじゃ」


「えっ? どうして? ボクはエレメンタルシスターズのマジカル写真集の分を貰えればいいよ。邪竜お爺ちゃんの財宝全部なんていらないよ」


 勇者ワウディスはブラックドラゴンの申し出の意味がわからず、キョトンとしていた。


 漆黒の老竜は純白の魔法炉戊の顔に温かい眼差しを注ぎながら、静かに言葉を続けた。


「これからはしっかりと前を向いて、立派な勇者になれるよう頑張るのじゃぞ。ワウディスのことだけが心残りじゃったが、オーラソードを会得したいまとなっては、もはや思い残すことは何もない。本当に満足のいく楽しい人生じゃったよ」


「えっ! 邪竜お爺ちゃん、どうしちゃったの? もしかしてどこか悪いの? さっきの戦いで体調を崩しちゃったの? それなら、ボク、ニトールおじさんを呼んでくるよ」


「いや、ワウディス、よいのじゃ。ニトール殿では、わしの命を延ばすことはできぬ。これでよいのじゃ。ワウディスよ、突然のことで申し訳ないが、どうか許しておくれ。もうお別れの時間じゃ」


「何を言っているの! もしかして、邪竜お爺ちゃん、死んじゃうの? そんなわけないよね? だって、邪竜お爺ちゃんは不死身の黒き邪竜なんだから、死ぬわけないよね?」


 狼狽した勇者ワウディスは、ソードグランダムの魔法融合を解除した。純白の魔法炉戊が青白い光に包まれて、炉戊モデルの大きさに縮んでいく。


 勇者ワウディスは地面に倒れた愛機の炉戊モデルに構うことなく、ブラックドラゴンの首筋にすがりついた。そこで、はじめて少年勇者は、漆黒の老竜の体から命の源である暗黒魔力がごっそりと抜けていることに気が付いた。


 逞しく大きな巨竜の体はそのままでも、生命力はスカスカの状態だった。


 いわゆる風前の灯のような状態である。その原因が先ほど浄化し尽した大量の暗黒魔力の霧であると気付き、勇者ワウディスは愕然となった。


「そ、そんな……そんなのウソだよね? 邪竜お爺ちゃんが死ぬわけないよね?」


「ワウディスよ、本当にすまんな。突然になってしまったが、いずれはこうなると思っておったのじゃ。泣き言ばかり言わず、当代の勇者として、しっかり頑張らんといかんぞ」


「そんなの嫌だよ! 邪竜お爺ちゃんが死んじゃったら、ボク、ひとりぼっちになっちゃうじゃないか! そんなの絶対嫌だよ!」


 勇者ワウディスは突然の状況を呑み込めず、半狂乱になって叫んだ。そして、手の平を老竜の首筋に押し当て〈治癒〉の魔法を施しはじめた。


「ワウディスよ、わしに〈治癒〉の魔法は無意味じゃ。わしの命の源は暗黒魔力じゃからな。オーラパワーの注入では、回復しないのじゃ」


「邪竜お爺ちゃんが死んじゃうなんて絶対嫌だよ! まだまだ寿命は百年以上先だって言っていたじゃないか! そんなのおかしいよ!」


 勇者ワウディスは聞く耳を持たず、ひたすら〈治癒〉の魔法を使い続けた。ブラックドラゴンは苦笑いを浮かべながら嘆息した。


 少年勇者が己の身を大事に思う気持ちは心から嬉しいものの、聞き分けがないのは困ってしまう。


 〈治癒〉の魔法は、漆黒の老竜にとって無意味なだけでなく、ブラックドラゴンが死を迎えた瞬間に傍にいるのは、非常に危険なのだ。


 ドラゴンの死骸が溶解するのは、非常に強い酸の作用である。また、少量なものの、暗黒魔力が猛毒の霧となって噴出する。


 つまり、勇者ワウディスがブラックドラゴンの首筋にすがりついていると、これらの作用によって、死に至ってしまう可能性が高いのだ。


「やれやれ、最後はゆっくりと看取って欲しかったんじゃがのう……まあ、突然過ぎたのだから、仕方あるまい……ワウディスよ、本当の本当にお別れじゃ。わしも寂しいが、もう長い時間を生き過ぎたのでな。今日のことで心残りもなくなったしの。後はしっかりと頑張るのじゃぞ」


 ブラックドラゴンはそう言葉を残すと、空間転移の呪文を詠唱しはじめた。


 泣きながらすがりつき、下手な回復魔法を使い続けている少年勇者の体をまばゆい光の渦が覆った。勇者ワウディスの体が宙に浮かびはじめる。


 すぐ傍には、虹色の空間の歪みが発生していた。漆黒の老竜は、他人を強制的に空間転移門に送り込む〈強制テレポート〉の魔法を使用したのだ。


「邪竜お爺ちゃん、何するの? ボクは離れるのは嫌だよ! さよならなんて嫌だよ!」


「では、さらばじゃ。ワウディスよ、達者でな」


 老竜の別れの言葉と同時に、勇者ワウディスの体は虹色に光り輝く空間転移門に放り込まれた。


 そして、一瞬で王都郊外の勇者の家にテレポートしたのだった。相手を強引に空間転移させる〈強制テレポート〉は相手が抵抗する場合、使用者の想定する場所通りに転移できないことがある。


 ブラックドラゴンは、少年勇者を勇者の家の自室の中へ転移させるつもりだった。


 しかし、精神的に抵抗されたことから、空間転移門の出口の空間が少しずれてしまい、階段の上の空中にテレポートさせてしまった。


 勇者ワウディスは空間転移した瞬間、階段に落下した。そして、そこから一階までゴロゴロッと派手に転げ落ちてしまった。


 その時に強く頭を打ってしまい、漆黒の老竜の死を目の当たりにした精神的ショックと相俟って、一時的な記憶喪失に陥ってしまったのだった。


 ブラックドラゴンはそれから魔法の羽ペンを使って遺言書をしたためた後、ゆっくりとその場で息を引き取った。そして、漆黒の老竜の巨体は時間の経過とともに溶解していった。


 その後、伝令の衛兵が飛空船を使って、邪竜討伐伝の演劇の打ち合わせ時刻を伝えるために洞窟の住処を訪れた時、ブラックドラゴンの遺体は溶けて半壊状態になっていた。


 そのため、伝令の衛兵は、何ら疑うことなく漆黒の老竜が亡くなったものと認識した。


 そして、大急ぎで王都オーヴィタリアに帰還すると、邪竜討伐伝の演劇に割り込み、賢王ヴィストールⅦ世に対して、急な訃報を報告したのだった。

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