第一話 伝説の黒き邪竜の復活! 勇者は世界を救う旅へ……?
こんにちは、夢明太郎と申します。
「小さな賢者の英雄譚」に続いて、二作品目の投稿になります。
書きためた小説を推敲しつつ、コツコツと投稿したいと思いますので、よろしくお願いします。
精霊大陸エレメンタルランドは、命の恵み豊かな美しい大陸である。人々は精霊の宿る自然を敬い、誰もが等しく精霊の豊かな恵みを享受していた。
しかし、突如、この精霊大陸エレメンタルランドに滅亡の危機が訪れた。
闇の暗黒魔力をエネルギー源とする黒き邪竜ブラックドラゴンが千年の永き眠りから復活し、猛毒の闇のブレスを吐き散らしはじめたのだ。
ブラックドラゴンは圧倒的な巨体を誇り、鋭い牙や鉤爪の一撃は凄まじいパワーで、城壁でも簡単に粉砕してしまう。
さらに、超高熱の灼熱のブレスや猛毒の闇のブレスを吐き散らし、その巨体は鋼鉄より硬い竜鱗の装甲に覆われている。
その上、無限の耐久力を持つため、傷ついてもすぐに回復してしまう。黒き邪竜ブラックドラゴンは、不死身かつ最凶最悪のバケモノなのだ。
生きとし生けるモノはすべて猛毒の闇のブレスに命を蝕まれて衰弱し、エレメンタルランドの大地に、苦悶と絶望の吐息が溢れていた。
まさしく世界滅亡の危機である。
この事態を打開するため、サティライム王国の賢王ヴィストールⅦ世は、世界を救う使命を託すべく、或る人物を王城に召喚したのだった。
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サティライム王国は、剣と魔法の国として有名な大陸最大の国家である。
その王都オーヴィタリアの中心にある小高い丘の上に、王城が建っていた。幾つもの尖塔と、立派な城壁を持つ壮麗な白亜の城である。
壁面の優雅なタペストリーなどの豪華な装飾に彩られた謁見の間。その奥にある台座に、大理石製の美しい玉座が据えられている。
そこに、厳かな威厳の漂う賢王ヴィストールⅦ世が座っていた。白髪で見事な白い顎髭をたくわえた賢者のような風情の王様である。
深い知恵の光を宿した鳶色の瞳が、臣下たちを厳かに見下ろしている。賢王は金銀の縁取りを施した豪華な王族の衣装をまとっていた。
頭に填めているのは、きらびやかな宝石を填めた銀色の冠だった。まさしく王者の装いである。
さらに、中央の赤い絨毯の両脇には、白銀の制服姿のサティライム王国騎士団と、政務を司る礼装の文官団が整然と並んで立っていた。
厳かで優美な謁見の間に相応しい重量感のある旋律が流れている。
突然、謁見の間の扉が開き、ひとりの少年が颯爽と姿を現した。青と白を基調とした魔法の服の上に、マントを羽織っている。
その魔法の服はミスリルの繊維で編み上げ、守護の魔法を付与された特注品だった。
幼さを宿した端正な顔立ちには、キリリとした決意がみなぎっている。
小さな背に負うのは、美しい装飾付きのミスリルソード。そして、黒い髪に填めた青い稲妻の刻印付きのサークレットは、まさしく勇者一族の証だ。
「陛下、勇者ワウディス、お呼びをいただき、ただいま参上いたしました」
弱冠十六歳の少年勇者は赤い絨毯の上を堂々と進み、玉座の前で静かにひざまずいた。
その勇壮な姿を称えるかのように、オーケストラが勇ましい行進曲を奏ではじめる。
「おお、勇者ワウディスよ。よくぞ参った。呼び出したのは他でもない。いまこのエレメンタルランドは滅亡の危機に瀕しておる。黒き邪竜ブラックドラゴンが千年の永き眠りから復活し、猛毒の闇のブレスを吐き散らしておるのじゃ」
賢王ヴィストールⅦ世は威厳のこもった重々しい声で話しはじめた。
「この危機を回避するには、創造神たる精霊巨神バンダイン様を頼るしかあるまい。勇者ワウディスよ、天空神殿トゥルポンダルに赴け。そして、精霊巨神の試練を突破して、光の聖剣を授かり、黒き邪竜ブラックドラゴンを倒してくるのじゃ」
「わかりました。勇者一族の名に懸けて、必ずやブラックドラゴンを倒して参ります」
勇者ワウディスは黒い瞳に凛たる気迫を湛えて、世界を救う使命を受諾した。
凛々しい少年勇者の雰囲気に合わせて、オーケストラの旋律がドッと盛り上がった。
「うむ、よくぞ引き受けてくれた。さすがは世界を守る使命を負った勇者殿じゃ。貴殿の気高い勇気に感謝するぞ。天空神殿トゥルポンダルに至る道のりは厳しく険しい。その道案内を紹介しよう。精霊巨神の巫女ミルフィア殿じゃ」
玉座の隣で畏まっていたひとりの少女が一歩進み出て、小さく会釈した。
美しいブロンドの長髪に、聖印デザイン付きの銀色のサークレットを填めている。
ホワイトピンクを基調とした巫女服をまとい、聖印のペンダントを胸に提げていた。
宝石のように美しい紺碧の瞳を持つ可愛らしい面立ちの巫女姫である。偉大な精霊巨神バンダインに仕える十六歳の巫女姫ミルフィアは、麗しい声音で挨拶の言葉を口にした。
「バンダイン様のいらっしゃる天空神殿トゥルポンダルは、はるか雲の上。その道のりも精霊巨神の試練も厳しいものですが、ワウディス殿ならきっと成し遂げられるでしょう」
「勇者ワウディスよ、この世界の命運はすべてそなたの双肩に懸かっておる。如何なる苦難が待ち受けていようとも、決して使命を諦めるでないぞ!」
「ハッ! 必ずやバンダイン様から光の聖剣を拝受し、黒き邪竜を……」
「た、大変です! 大変な事態が発生しました!」
突然、謁見の間に伝令の衛兵が乱入してきた。
よほど慌ててきたのか、その衛兵は肩でゼーハーと荒い呼吸をしている。
突然の侵入者に、謁見の間は騒然となった。
この予定外の事態によって、オーケストラの勇猛果敢な旋律もピタッと止まった。
賢王ヴィストールⅦ世は伝令の衛兵の様子から緊迫感を察し、片手を挙げてその場のどよめきを制すると、衛兵の青年に報告を促した。
「何事か! いまは黒き邪竜ブラックドラゴン討伐を命じる大事な儀式の最中であるぞ」
「そのブラックドラゴンが……いえ、ブラックドラゴン様が亡くなられました!」
「な、何だと! それは本当か! 伝令の衛兵よ、一体何があったのだ?」
急な訃報を聞いて、さすがの賢王ヴィストールⅦ世も驚愕し、状況を問い質した。
「ブラックドラゴン様が集合時刻を過ぎても、姿をお見せにならなかったので、邪竜火山パラヴィルマウンテンの洞窟に様子を見に行ったのです。すると、かの漆黒の老竜は洞窟の奥の住処で、静かに息を引き取っておられたのです」
「そんなっ! 邪竜お爺ちゃんが死んじゃったなんて、そんなのウソだよ!」
勇者ワウディスは、黒き邪竜が亡くなったという突然の訃報を信じられず、大きな声で叫んだ。
「邪竜お爺様が亡くなられたなんて……ご高齢なのは知っていたけど、突然だわ……」
精霊巨神の巫女ミルフィアは悲しげに目を伏せて、親しい漆黒の老竜の死を悼み、胸に提げた聖印のペンダントを握りしめた。
そして、死者のために魂の安寧の祈りを捧げた。
謁見の間に列席している騎士たちや政務を司る文官たちも、一体何があったのか、ブラックドラゴン様の死は本当なのか、と口々に騒ぎはじめた。
「皆の者、落ち着け! 非常事態発生じゃ! 今宵の邪竜討伐伝の演劇は中止とする! この後のことは、決まり次第すぐに連絡させよう! とにかく、いまは解散するがよい!」
賢王ヴィストールⅦ世による解散の指示を受け、謁見の間の舞台セットに並んでいた出演者たちは、次々とその場を去って行った。
観覧席の大勢の観客たちも一斉に立ち上がり、長い列を作って外へ出て行った。
オーケストラの楽団も撤収し、道具係たちが舞台のセットを手早く片付けていく。
「そんな……邪竜お爺ちゃんが死んじゃったなんて……そんなの信じられないよ……」
時刻は、午後七時過ぎの夜の宵。
銀色の半月が天空に浮かび、ほのかな光で舞台セットのなくなった広い演劇場を照らしている。
その月明かりの下で、少年勇者は唯ひとり茫然自失の状態で立ち尽くしていたのだった。