94「すまん、頼む」
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壁も屋根もなくなった砦三階の東端、正午を過ぎて一刻半ほどの日の光が燦々と降り落ちていた。
『お主のソレ、宿主に相当な負担を強いるものであろう?』
トノは常よりも膨れ上がったクィントラの体を指差して、イチロワへそう告げた。
『だからどうした? たがが勇者、我が頓着する必要などないわ』
『だよな。お主ならそう言うはずだ。しかしまぁ、儂の方はそういう訳にもいかんのだが……、うん、タメにはなった』
どういう意味かと訝しむイチロワをよそに、トノはその自身の神力をカシロウの身に満たしてゆく。
トノが操るカシロウの体へ、トノの神力が満ちてゆく。
そしてたった今斬られたかのように、右頬の傷が真っ赤に染まる。
『お主のソレと『儂の翼』は恐らく仕組みは同じだろう』
カシロウの顔が、月代が、全身が赤銅色に染まってゆく。
『お主のは宿主の『力』を強化する為の変身だろうが、儂とカシロウのは『質』を強化する為の変身、仕組みは同じでも違うものよな』
『質がどうのとほざくが、ただの神力による身体強化、なにも変わらんわ』
そう言い放つイチロワに対し、返事をせずに深い呼吸を繰り返し始めたトノ。
『変わらんのであれば、神力量は馬と蟻ほどの差、結果は知れておろうが』
肥大したクィントラの体に比べて、カシロウの体の大きさに変化はない。
主には色、艶、そして張り。
戦国時代を生きたトノやカシロウは当然理解していないが、トノの神力によって異常なほどに活性化したカシロウの肉体に大量の酸素を送り込む事により、その細胞の全てが赤く燃えて輝く。
トノは最後にふぅーぅと深く息を吐き、
『そうか? まぁ、そうなのかも知れん、儂は神になって浅いからな、細かいことはよく分からん』
端然と佇むトノがさらに言う。
『それでもな、まぁ、一緒ではないだろうぜ』
ゆっくりと腰を落として槍を構えるトノ。
一拍だけ間を置いて、ごく自然に槍を突き出した。
なんの気負いも衒いもない、ただただ自然な突き。
自然でありながら力強く速い、生前のトノ『槍の三左』をも超える突き。
『これまで儂は神力をカシロウの負担にならん程度に注いでおったが、今は違う。お互いの限界を超えた神力を注いでおる』
『……ぐふっ――バカな……』
トノの十文字槍の穂先、ずぶりとクィントラの左脇腹に真っ直ぐ突き刺さっていた。
そしてそれを、プンっと右脇へ向けて槍を振るった。
あたかも前世のカシロウが自ら腹を裂いたように、クィントラの腹も真一文字に引き裂かれた。
『ぐぁぁっ! ぐふっ――げはっ――……』
悶えるイチロワを尻目に、トノはその手を休めず槍を回し、喉元を目掛けて石突き部でさらに突く。
『ぼげぇぇ――!』
あまりの速さに、石突きで突いたにも関わらず、クィントラの胸から背へとトノの槍が突き抜けた。
そして勢い余って後ろへ吹き飛んだイチロワ、そのまま床に体を打ちつけ転がって仰向けに倒れた。
『真っ二つとまではいかんかったが、さすがに手応えあったぜ』
かはぁぁ、と熱い吐息を吐き出したトノ、槍の穂先をイチロワへ向け、油断なく構えてそう言った。
しばしそうして、不意に、ふぅと普通に吐息を吐いたトノが振り向いて、常の顔色でヨウジロウへ微笑みかけた。
『どうだヨウジロウ、儂にかかればこんなもん――』
「父――っ、トノ! 後ろ――まだでござる!」
『……殺ったと思ったよねぇぇぇ』
『けふ――っ、んなっ!?』
トノの胸あたり、背から飛び出たサーベルの刃。
けふけふと繰り返したトノの咳に合わせて、トロリと溢れ出した真っ赤な血。
『もしや、お主……』
『一つも効いてませんけどぉぉぉ?』
トノに裂かれたクィントラの腹が、再びその傷を引っ張って縫い付けたかのように埋まっていく。
カシロウに斬り裂かれた胸と背と同様に、トノが斬り裂いた腹も、つぎはぎのようでありながらも塞がって、けろりとした顔でイチロワが叫ぶ。
『ザコ宿り神のくせにぃぃ! 効くかバァァァカ!』
『……クソっ――――すまん、カシロウ……』
「と――、トノぉぉ!」
イチロワがサーベルを引き抜くとともに前のめりに倒れゆくトノを、タロウを負ぶったままでヨウジロウが駆け寄って、その父の体を支えた。
「大丈夫でござるか!?」
『……大丈夫、でも……ない――』
それを聞いたヨウジロウ、さらにカシロウの体を抱えて大きく後ろへ跳んだ。
そして砦東端から中央寄りの、屋根も壁もまだ残る廊下へ二人を横たえた。
『――が、儂も……彼奴とお……同じ様に……埋めてみ、せる』
刺された傷を指差してトノがそう言う。
幸い傷の大きさ自体は一寸程度と小さい。
トノの多くはない神力でも、なんとか埋められるとトノは踏んだ。
「ならそれがしがクィントラさんを止めるでござる」
トノの感じる口惜しさにはとてつもないものがあった。
宿主であるカシロウと同様に、その子ヨウジロウをとても慈しんで成長を見守ってきた。
なのに、独断で出張ってきた己れの不甲斐なさ故、あのような相手にヨウジロウを向かわせねばならない。
『……すまん、頼む――』
しかしトノの胸には、ヨウジロウならば或いは、という思いが割と大きな割合で確かに有った。




