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91「矮小な宿り神」


『初めまして、聖王国アルトロアの勇者よ。我が名はイチロワ。神王国パガッツィオの神だ』


「は? 貴様はクィなんとかじゃろう? なに? イチロワ? 神? ()けたのか?」



 思っていたものと違うタロウのリアクションに、(おごそ)かな雰囲気を纏う自称神も面食らう。



『……確か地下牢でもクィントラ・イチロワと名乗った筈だが?』


「……そうじゃっけか?」



 首を捻るタロウ、四つん這いのカシロウへと視線を遣る。


「ゲホっ……た、確かに……そう、名乗った」


「そうか?」



 再びクィントラへと向き直ったタロウ、臆せず尚も言い募る。



「だからなんじゃ。ただの姓と名じゃろうが」


「……違う……、『イチロワ』は、神王国の神の名、だそうだ……ゲホっ」



 深い呼吸を一つ二つ、壁に手をつきなんとか立ち上がったカシロウ、以前ラシャから聞いた話をタロウへ教える。



「神王国の勇者には、神の名イチロワが姓として与えられるらしい」


「……なら、さっき倒した勇者BもCも姓はイチロワじゃったのか?」


「そうなるな」



 ようやく呼吸の落ち着いたカシロウ、タロウの隣りに並んで立った。


「お主らの目的はなんだ?」


『目的か……。我の目的は魔王国を灰塵(かいじん)に帰すことよ。随分と古い因縁があってな』


「魔王国を灰塵に帰す? まさかクィントラも……」



 仲が良かった訳ではない。

 ないが、それでも共に魔王国の下天、カシロウは(にわ)かには信じられない。



『クィントラの目的なぞ知らん。ちょうどエスードの子が才に溢れておった故な、()が勇者にしてやったのだ』



 それを無視してタロウが言う。



「最後の勇者が斬られたから親分が出張って来たって事か? それだとBとCが可哀想じゃろう」


『あの二人は我の魔力を籠めた神器を一つまでしか扱えなかった。だがこの男は違う。同時に三つ扱えるだけの器がある。我の依代(よりしろ)となれる最低ラインだがな』



 ――器。



 かつて天狗の里で、天狗に見せてもらったヨウジロウのあの巨大な器。

 カシロウはあれの事かと思い至った。



「なら儂は? 儂の器ならいくつ使える?」


『お前の器ならば……十は使えるだろう――』


 ほほぅ、と口を小さく丸めたタロウが、どうやら褒められたらしいと満更でもない顔を見せた。


『――だから儂の物になれ』



 勇者BCよりも、先程のクィントラよりも、さらに速い動きでイチロワが姿を消して、タロウの顔を片手で掴んで持ち上げた。


「ぐぅぁぁ痛い痛いぁぁ――」


 ギリギリと締め上げて、タロウが泡を吹いてギョロンと白目を剥いた。



()めんかぁ!」


 抜き打った兼定(二尺二寸)が空を斬る。



 カシロウが目で追った先、再びイチロワが部屋の中央に姿を現し、物でも扱う様に部屋の隅へとタロウを放った。



『器も神力も大した事はないが、お前、我の動きが見えるらしいな』


 二尺二寸を右手にぶら下げて、摺り足でイチロワへと近付くカシロウは何も答えない。


『どれ…………、ふん、鷹か。目が良いだけの矮小な宿り神。つまらん』


 天狗の様に掌で輪を作る事もなく、イチロワは眉間に皺を寄せるだけで宿り神を言い当てた。



「目が良いだけかどうか、その身で確かめてみよ」


 左手に鷹の刃を作り出し、そしてカシロウの頬の傷が真っ赤に染まる。



「トノ!」


『………………!!』



 カシロウの全身から蒸気が立ち昇る。

 顔も、月代(さかやき)も、全身が赤銅色に染め上げられる。



()()()()()!」



 渾身の力を籠めた二尺二寸の逆袈裟は紙一重で避けられて、さらに半歩踏み込んだ二尺の袈裟斬りも避けられた――


『それはもう見た。当たらぬわ』


 ――かに思われたが。



『ぬ?』



 無理矢理に閉じられたクィントラの胸の傷跡、そこに極細の、新たな傷が二つ。


『ほぅ? 二刀ともか。大したものだ。しかしこんなかすり傷では死んでやれんな』



 イチロワが指でなぞると跡形もなく傷が消え去り、そしてサーベルを抜いた。



『お前はいらん。死ぬがよい』



 全身から蒸気を上げ、目を血走らせたカシロウが斬りかかる。

 

 

「ぬぅぁぁああああ!」



 カシロウ、雄叫びを上げて二刀を振るう。


 三度四度と、その剣尖はイチロワの皮膚を斬り裂いた。


 しかし、浅い。


 同様にイチロワの振るうサーベルも致命傷を与えられずにいるが、それでも如実に差が出てしまう。


 イチロワは魔術も相当に達者だった。



『喰らえ、ダークネスアロー』



 カシロウの体が作る影、そこから幾本もの漆黒の矢が飛び()でる。

 その全てがカシロウの体を狙い、鷹の目でそれを見切って躱し、躱せぬものは二刀を振ってそれを叩き落とした。



 そしてそれら全ての影の矢を避け、さらにイチロワが振り下ろしたサーベルを受け止めてみせたものの、続いて繰り出された肘には間に合わなかった。


「がはっ――、ぐぅぁあああ」


 イチロワが大きく一歩踏み込んで繰り出した肘、カシロウの胸に直撃した体重の乗った重い一撃。


 カシロウはその身を吹き飛ばされて、部屋の壁に叩きつけられ大穴を開けて止まった。



 上半身を外壁の外へと投げ出させたカシロウへ、イチロワが満足そうに声を掛ける。


『いやいやどうしてどうして。そんな器にしては巧みな男よ。我が勇者にはなれんであろうが、どうじゃ神王国に来んか?』



 イチロワがそう投げ掛けるが、カシロウは完全に失神中――


『行かんわ。馬鹿が』


 ――返事を寄越す事はない筈だった。



 崩れて自分の体に乗った瓦礫を手で取り除き、カシロウはゆっくりとその身を起こして立ち上がる。


 そして兼定(二尺二寸)を納刀し、言う。



()()()()()、この魔王国を出んよ。一本気(いっぽんぎ)な男ゆえな』


『お前……何者だ? 先ほどとは違うであろう!』



 カシロウはニヤリと微笑んで、両手に輝く神力を溜めて鷹の刃を作り出したが、いつもよりも断然長い、全長およそ七尺《≒210cm》。


 さらに先を三叉(さんさ)に分かれさせた。



『カシロウと違って()はな、この十文字槍(・ ・ ・ ・)で戦う。この部屋ならば広いし天井も高い、問題なかろう』


 槍の石突き部で床をゴンゴンと叩き、天井へ向けてブルンブルンと振ってみせた。



『お前は誰かと聞いておる!』



『……目の良いだけの矮小な宿り神よ。さぁ、神同士(・ ・ ・)でやろうぜ』


 カシロウの姿をした誰かは(・ ・ ・)、そう言って腰を落とし、穂先をイチロワへと向けた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石は先陣に突っ込んでいかれるお方! [一言] カシロウをして槍巧者と言わしめる実力。 今の今まで忘れてました……。
[一言] おお、まさかの展開! しかも流暢に喋ってる!
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