82「天狗」
「でもほら、僕って『天狗』でしょ? ヤマオさんとタロさんなら分かると思うけど、天狗ってどう書く?」
顔を見合わせたカシロウとタロウ。
「「……どう書く? 『天』に……『狗』……?」」
当然クィントラはカシロウたちが元いた世界の言葉は分からない。
首を傾げながらも展開を伺っていた。
「そ、天の狗。みんなはさ、僕の事を『お節介な長生き転生者お爺ちゃん』だと思ってるじゃない?」
確かに以前、何者かと問われた天狗はそう答えた。
トノもカシロウもそれで納得した訳ではなかったが、敢えて問い質そうとはしなかった。
「僕って長生きだからさ、若い頃には天狗じゃなくて『天の犬』って呼ばれたんだよ。それを一捻りして天狗を名乗ってるわけ。懐かしいなぁ」
リオに治癒術を使ったままで、天狗が懐かしそうに目を細めて言う。
「僕はさ、古い友達との約束の為にもディンバラを守んなきゃいけないのさ。だからね、メリットの有る無しじゃなくて、ディンバラの為を想うヤマオさんの味方なのよ」
「そうじゃな、友達との約束は守らねばならんわな」
訳知り顔で知ったかぶりするタロウには、誰も触れずに話は進む。
「古い友達……だと? 爺い貴様、何者なのだ⁉︎」
「な・い・しょ♡」
ブチリと音を立てた様な、そんな気がしたその時、牢の中央、天狗を目掛けて向けたクィントラの両掌から、氷の散弾がいくつも撃ち込まれた。
「させん!」
躍り出たカシロウが、兼定でもってそれらを全て叩き斬る。
速やかにクィントラを捕らえようとカシロウが牢を飛び出たが、それより速くクィントラは背を向けて駆け出していた。
「待てクィントラ! 神妙にせよ!」
「気軽に呼ぶなカシロウ! 僕はもうクィントラ・エスードじゃない! 僕の名はクィントラ・イチロワ! 神王国パガッツィオの新たな勇者クィントラだ!」
「イチロワだと⁉︎ それは――ダナン殿と同じ名――⁉︎」
威勢よく啖呵を切ったクィントラだが、素早く階段を駆け上がって扉を閉めて去って行った。
続いて階段を駆け上り、体当たりの要領で開こうとしたカシロウが呻いた。
「ぬぅ⁉︎ 開かぬ⁉︎」
「どれ、儂に見せてみろ。…………ダメだな。魔術陣による結界だ。儂でも陣の構成が分からなければ開かんやつじゃ」
「お主……、魔術もけっこうイケるクチか?」
怪訝な顔で、カシロウとタロウが見つめ合った。
「貴様……、もしや魔術ダメなタイプか……?」
頬を膨らませ、ニヤニヤと笑いを堪えるタロウに対し、奥歯を噛み締めるカシロウ、しかし正直に伝えた。
「全くダメなタイプだ。魔術だの魔力だの、全く分からん」
「ならさっきのアレはなんだ? 氷の散弾を斬り裂いたアレ、魔力を纏わせた剣じゃろう?」
「そんなものは纏わせておらん。纏わせ方も分からん」
追わなければと思いつつも、リオを確保した安堵感と、二人に結界を破る手段がないことと併せて、とりあえず天狗の指示を仰ごうと二人は牢に戻った。
「何してるのさ二人とも。早く追わなきゃ拙いことになるよ」
のんびり戻った事を注意され、慌てる二人は言い募る。
「し、しかし結界が……」
「僕がここを離れられないの分かるよね? クィントラさんがイチロワを名乗った事で思ってた以上に大変なのも、分かるよね?」
小さくなるカシロウとタロウ。
「それにさ、魔術の氷が斬り裂けるなら、魔術の結界だって斬り裂けば良いじゃないの」
それを聞いたタロウ、天狗に問う。
「なんでカシロウは魔術を斬り裂けるんじゃ? 本人は魔力の使い方も分からんらしいんじゃが?」
「ああ、それね。ヤマオさんは昔っから、無意識にトノの神力を刀に纏わせてたみたいなんだよ」
「……え? そうなんですか?」
「そうだよ? 言わなかった?」
いくら首を捻ってみても、そのような発言はなかったように思うカシロウ。
「聞いてないです」
「あそう。ま、そういう事だから、ちゃっちゃと行っておいで」
一つも腑に落ちないが、頷いて結界の張られた扉へと向かおうと背を向けたカシロウへ『待った』がかかる。
「待てカシロウ! 儂にもその、神力とかいうのがあるわけじゃろう? 昨日見た黄色い竜のやつが」
「お? そうだな、あるんだろうと思う」
「なら儂がやる!」
背に負った大剣を引き抜いて、扉へと駆け出したタロウの背中へカシロウが声を上げた。
「思うように神力を使い熟すのに私は十年も掛かった。練習せねば出来んぞ!」
そう言ったカシロウが再び振り向いて天狗に向き直って言う。
「天狗殿、貴方は……、あの――、初代魔王の右腕と呼ばれた方だったのですね」
「あ、やっぱりバレた?」
さすがにヒントが多すぎた。
天狗のかつての異名『天の犬』の『天』、十天の最下位である序列十位のカシロウにとっては直ぐに分かる。
これは当然『魔王』を指す。
そして天狗は現在三百二歳、魔王国ディンバラは建国後二百八十年、初代魔王の即位時に二十二歳。
古い友達とは、恐らく初代魔王ではないか、そう考えたカシロウが、これまでの天狗を思い起こせば自ずから、天狗と魔王の右腕が同一であるとしか思えなかった。
「……やはりそうですか……、では貴方が、あの忌まわしき呪いの大元だったのですね……」
カシロウが纏う空気が重くなる。
しかし天狗が纏う空気に変化はない。
「忌まわしき、ってヤマオさんは言うけどさ、あの頃の魔王国には必要な事だったんだよ」
二人の間を、しばしの沈黙が支配する。
「ヤマオさん、今回の事が済んだらキチンと説明する。今は前を向こう」
「…………分かりました。とにかくクィントラ――」
その時ガシャーンと音がして、続いて賑やかな声も響いてきた。
「やったぞカシロウ! たぶんこれが神力の刃じゃろう⁉︎」
階段を駆け下りてきたタロウの手には大剣はなく、自ら作り出したであろう神力の刃が握られていた。
「…………私の苦労なぞ一足飛びだな……。タロウもヨウジロウも…………」
フワリと現れたトノが、カシロウの肩に留まってポンポンと、翼を使って優しく頭を叩いて見せた。
なんと天狗、初代魔王の右腕だったんです。
……きっとみんな気付いてたよねー(汗)
 




