72「二刀 対 二刀」
「ふむ……」
カシロウは鷹の目を使って具に魔獣たちを観察する。
数頭の牙犬、これはその程度の数ならば特筆する事もないと思考の隅へと追いやって、一際存在感のある一頭の刀熊へと視線を移した。
先ほど斬った爪熊よりも随分と細身の体、背もやや低い、しかし人の様な二足直立に加えて、知性を感じさせる光を宿した瞳――
五間《≒9m》ほど後ろのヨウジロウが声を張り上げてカシロウに問うた。
「父上、あれも魔獣なんでござるか? 獣人の方ではござらんか?」
「確かにそう見えなくもないがな。あれで魔獣なんだそうだ。獣人ほどに温和ではないらしいから油断するなよ」
カシロウの周りでもよく見る獣人は理知的で温和、対して目の前の刀熊は見た目こそ良く似ているが、凶暴だそう。
何を隠そう、この刀熊の状態の魔獣、その何代かのちに生まれるのが獣人である。
宿り神が憑いても平気な獣、それが獣人なのだが、この時のカシロウとヨウジロウはそれを知らない。
知っていると斬りにくくなるかも知れないし、知らない方が良いだろうとの天狗が判断した結果だった。
その刀熊が、スイッと片手を上げて前へ倒すと牙犬が駆け出した。
「ヨウジロウ! 任すぞ!」
「問題ないでござる!」
五頭すべての牙犬がカシロウの脇を素通りし、ヨウジロウへと殺到するが、言葉とは裏腹に、カシロウが両の手に握った鷹の刃を大きく振るってみせた。
「任すとは言ったが、手を出さぬとは言ってない。悪いな」
三頭の牙犬がヨウジロウへと向かい、二頭の牙犬はその胴から離れた首から、血を吹いて息絶えた。
「さてどう出る?」
怒って駆けてくるかと思ったが、刀熊は落ち着いてカシロウへと歩み寄り、腰に差した十本の爪からそれぞれ一本ずつ抜いて両手に握った。
「二刀対二刀か……面白い」
六尺三寸《≒190cm強》のケーブよりもひと回り大きい刀熊。
カシロウの天地二刀の構えに対し、刀熊の構えは良く言えば『天衣無縫』、悪く言えば『素人の構え』。
構えすらケーブに雰囲気が似ている故、剣士としてはタカが知れる、そう思うのが自然だが、対峙するカシロウはそうでもない。
攻め込む隙が見当たらないのだ。
ならば隙を作り出すのみ、と構えを解きつつも油断なく近付いたカシロウ。
「ぐるぁっ!」
「ぬん!」
無造作に歩み寄ったように見えるカシロウへ向け、刀熊が右の爪を振るって斬りつける。
それを二尺で弾き、二尺二寸を突き入れた。
それを刀熊が左の爪を振り上げてジャリンと弾く。
そのまま二合三合と打ち合わせてお互いに飛び退いた。
カシロウは考える。
確かに強いが、天狗殿が言うように兵士百人規模で対応できない程であろうか、と。
『…………』
思考の奥で訝しむカシロウに対し、トノが声を掛ける。
「ぐるぁぁぁああっ!」
ガパリと開いた刀熊の口、雄叫びとともに放たれた巨大な炎弾。
それこそケーブが放ったような子牛サイズではない、小さな家ほどもある炎弾。
カシロウは鷹の刃を二刀とも消し去り、腰に差した兼定を――
「うぉぉぉおおお!」
――咆哮とともに抜き打った。
カシロウの一振りで、二つに割れるでもなく霧散した家ほどの炎弾。
放った刀熊でさえ、何が起こったのか理解が追いつかないらしい。
普通は魔術に対して魔術で相殺するのだが、何故か魔術を斬り裂くカシロウと兼定、これほど刀熊にとって相性の悪い相手はいないであろう。
「悪いな。私とこの兼定には魔術の類いは効かんのだ」
トノの声がなければ間に合わなかったかも知れないがな、とそれは心の内だけで呟いて、左手に鷹の刃を再び作り出し、無造作に歩み寄るカシロウ。
「父上! 犬もやっつけたでござる!」
ヨウジロウは飛ぶ刃を使い、三頭まとめて「ごめんでござるー!」と叫びながらも斬り裂いていた。
「でかした。次もあることだし、ちゃっちゃと行くぞ」
剣の腕ではカシロウが上、奥の手の魔術も斬り裂いた。
魔獣とは言え獣、森へと引き返しても良いと思うのだが、一向にその気配はない。
「ヨウジロウ! 飛ぶ刃を!」
「承知でござる!」
カシロウを迂回するように飛んだヨウジロウの二つの刃が、刀熊の左右から迫る。
それを両手に持った爪刀で叩き落とした刀熊、その胸にカシロウの兼定がグサリと突き刺さる。
引き抜いた兼定に血振りを一つくれ、クルリと回してチンと鞘に納めたカシロウ。
「よし、一頭目だ。手際良くいこう」




