70「いざ魔獣の森」
ブンクァブを出て、荒野を真東へ向かったのはカシロウとヨウジロウのみ。
だからと言って皆がサボっているわけではない。
やや北を向いて東へトミー・トミーオとディエスが向かった。
逆に南寄りに東へ向かったのは天狗とハコロク。
ブンクァブと魔獣の森の中間地点辺りにヴェラと八軍が待機している。
これはウナバラからの指示通りの布陣である。
魔獣の森からの魔獣の流出、これが全てブンクァブへと向かう訳ではない。森から出た魔獣がどこを目指すものか定かではなく、とにかく西を目指して進む事だけが分かっている。
そして南北に長い魔獣の森の、中央やや南寄り辺りからの流出が最も多く、ちょうどその辺りと緯度的に近いブンクァブの方向へと進む魔獣が多くなってしまうという事らしい。
ブンクァブを出て四半刻ほど駆けた頃、ヤマオ親子は小さめながら数頭の魔獣に出会した。
「…………可愛いでござるな……。父上、それがしらはコレを斬るでござるか……?」
「ん、まぁそうだな……。しかしコレはちょっと忍びないな……」
二人の前には、カシロウの膝ほどの背丈しかないツノを持ったウサギたち。
角兎と呼ばれる小物魔獣の代表格である。
普通の者が多数を相手にすれば、命に関わる相手ではあるが、二人にすればどうという事もない。
「よし、この父が決断を下す。無視して後衛に任そう」
「ホッとしたでござる!」
このカシロウの決断は特に問題はない。
『小物は無視して進んでも良い』とウナバラからの指示にもある為だ。
やはりカシロウとしては、可愛くさえ見える小物魔獣を嬉々として屠る姿を愛息子に見せるのは本意ではない。
いや、『嬉々として』屠る必要は全くないしそのつもりもないのだが、教育上も恐らくよろしくはないとの判断の結果、何度かの魔獣との邂逅を経つつも、一度も相手をせずに素通りをした二人。
木々が疎に生え始め、そして漸く巨大な窪地に辿り着いた。
「ここだ。この窪地を少し行った先、ほれ、その先が魔獣の森だ」
窪地の底まで高低差にしておよそ三丈(10m弱)、森の入り口まで一町(110m)に満たない程度。
眼前、緩やかに傾斜した先の森をカシロウが指差してそう言い、
「……誠にデカい森でござるなぁ」
視界いっぱいに広がる魔獣の森を目にしたヨウジロウが、カシロウの期待通りに驚いて見せた。
「ここからでは全く見えないが、この森を抜けた先が聖王国アルトロアだ。ま、そうは言ってもこの森を抜けて向かう者はおらんがな」
「……あ、父上。真っ直ぐ行った先、熊でござるよ」
ヨウジロウが指差す先、頻りに背後の森を気にした熊が一頭、こちらへ向かって緩い傾斜を駆け上ってくるのが見えた。
「む……、巨大な腕だが刀を差しておらん。あれはどうやら『爪熊』らしいな。ここまで来るのにもう暫くあろう。簡単に打ち合わせするぞ」
基本的にはカシロウが戦う事、ヨウジロウは後方に控えて万が一カシロウが抜かれた場合の備えとする事、これを大前提として、もう二つ三つの約束事を決めた。
――決めたのだが……。
「そろそろ来るでござるかな?」
そう言って縁に立ち窪地を覗き込んだヨウジロウの足元が――
「……ん? どうしたでござ――?」
――ビシリビシリと亀裂が入って崩れ落ちた。
「……あ、これイカンやつでござ――ぬぁぁぁっ!」
緩いとは言え下り勾配、一間半(3m弱)ほど先に着地したヨウジロウが砕けた足場とともに駆け始めてしまった。
「ばか何やってる! 止まれヨウジロウ!」
「と! と! 止まらんでござるぅぅぅぅ!」
ちっ! と大きく舌打ちしたカシロウも諦めて駆け下り、追いすがって大声を上げた。
「ヨウジロウ! なんとか止まれ! いざともなればコケろ!」
「こ! こここここけろっ…………! でででできんでござるよよよよ!」
どうやら脚の回転が速すぎるようで、一度出てしまった速度を殺せないらしい。
「トノ!」
『……!』
傾斜を共にカシロウも駆けているのだが、どんどんと差が開いている。
羽ばたくトノがカシロウの背を掴み支え、カシロウは全力で駆ける。ヨウジロウの様に傾斜に負ける事もなく、即座にトップスピードに乗った。
「ヨウジロウ! 竜の力を使え!」
「おぉ! そそそそれならいけそうでござる!」
駆け下りながらヨウジロウが頭上に上げた両掌、その両掌で掴む様に光の玉が現れた。
それを前方の地面に突き刺す様に――
「竜の玉でござる!」
――ヨウジロウがそう叫んで叩きつけた。
ズドンッ! と腹に響く音が轟き、同時にヨウジロウの足元に五間(≒4.5m)ほどのクレーターが一瞬で作られ、作った本人は上空に吹き飛ばされていた。
「よし、とりあえず無事で良かった」
吹き飛ばされたヨウジロウを、跳び上がったカシロウが掴み、その胸に抱いてそう言った。
「父上!」
トノの力も借りて軟着陸を果たしたヤマオ親子。
カシロウの胸から放たれたヨウジロウは直ぐ様膝をついて謝ろうとした。
「誠に申し訳ないでござ――」
「説教は後だ。立てヨウジロウ」
クレーターのすぐ向こう。
ワナワナと震える爪熊が二人を見詰め、牙を剥いて唸っていた。




