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6「抓る人、臭くする人」


 ハルの耳の怪我については、カシロウとの稽古中によるものと報告を済ませた。

 ハルがそこそこ剣を使う事は割りと有名であるため、これも特段(いぶか)しがられる事は無かった。


 しかし、立て続けて起こった事件、さすがに放置も出来まいと、カシロウは当事者二人に詳しく状況を説明させた。



「いえね、ホントに何も変わった事は無かったのよ?」

「えぇ、あっしもそうでやす」


 フミリエもハルもそうは言う。

 しかしそれでは埒が開かないので、当時の状況を思い出せる限り細かく再現させた。




「おぉ〜ヨチヨチ〜♪ ヨウジロウちゃんは今日も世界一可愛いわね〜♡」


 カシロウに思う所あって、ヨウジロウはユーコーに抱かせている為、フミリエはヨウジロウを抱えた真似の一人芝居だ。


 これホントに続けるの? 


 という顔でフミリエがカシロウを見つめるが、当のカシロウは無言で頷くのみ。


 諦めたフミリエがそのまま一人芝居を続けた。



「……それにしたって、ヨウジロウちゃんはカシロウさんにばっかり似てるわねぇ。ちっともお婆ちゃんに似てないから……、ほっぺた(つね)っちゃう!」



 そこまで言ったフミリエが一人芝居を止めて、


「で、抓ろうとしたら、『あいたっ!』ってなったのよ。……もちろん抓るって言っても可愛いヨウジロウちゃんを痛くなんかするつもりなかったんだからね! ホントよ!?」





「お〜! ヨウジロウ様、これはまた物凄い匂いすねー! くーっ! 堪らん! ちょっと自分でも嗅いでみなせぇ……」


 ハルはフミリエと違ってクライマックス付近だけを実演した。


「と、オムツをヨウジロウ様の鼻に近付けたら……、あぎゃっ! ってなった訳でやす」




 二人の実演を受けてカシロウは顎に手をやり唸っている。

 幸いな事に、一人芝居をする二人を見るヨウジロウはキャッキャと手を叩いて喜んでいた。


「貴方……、ヨウジロウに何か関係が……?」


 そう問うたユーコーにフンワリと苦笑いで微笑み返したカシロウ。


「……無関係ではあるまいなぁ」


「まさか……、二人に怒ったヨウジロウが?」


 ユーコーの言葉に、え!? と驚いた顔のフミリエとハル。


 当然二人に一切の悪意などなく、洒落や冗談、なんなら逆に親愛の表現のつもりさえあった。



 が、そんな事は赤ん坊に伝わるはずもない。



 ほっぺたを抓る人、臭いものを嗅がす人、ただそれだけである。


「で、でも、ヨウジロウちゃんはまだ赤ちゃんなのよ? そんな事が出来るわけないじゃないの」


 フミリエが自身の左手の小指を(さす)りながらそう声を荒げる。


「……当然そうです。自分の意思とは考えにくい。恐らくは……、精霊の(たぐい)……、でしょう……か」


 なんとも歯切れの悪いカシロウだが、それもそのはず、この世界には精霊が存在すると信じられているが、その存在を感じる事は出来てもその姿を見た者は誰もいない。


 尚且(なおか)つ、カシロウはその存在さえ感じられないタイプの者である。


 精霊の存在を感じ取れるものだけが『魔術』を使う事ができ、カシロウは一切の『魔術』が使えないのだ。


「精霊……が、ヨウジロウちゃんを守ってる、という意味ね?」

「そうではないか、という程度ですが」


 なるほどね、と納得顔のフミリエに対して、よく分かっていない様子のユーコーとハル。

 この中で魔術が使えるのはフミリエだけなので、精霊に対しての認識に差があるのも当然である。


 魔術を使えない者は三割程度。他に潜在的には使えるが訓練や発露の機会が無かった者が三割程度。

 残りの四割程度の者が魔術を使える、と大体はそう定義されている。



「今日から、陽士郎は私が一人で世話をしよう」


 (おもむろ)に口を開いたカシロウに対してユーコーが反応する。


「どうして貴方が一人で?」


「私もやったからさ。『臭くて堪らんぞー』ってな」


 カシロウもハルと同じく、ヨウジロウのオムツを鼻に近付けて匂いを嗅がせていたが、謎の刃に襲われる事はなかった。


「なら、私も大丈夫だわ」


「どういう意味だ?」


「私もやったのよ。『カシロウさんにばっかり似ちゃってー!』ってね」


 ペロリと舌を出しながら、ユーコーがヨウジロウのほっぺたを抓るフリをした。


 それでもやはり、ユーコーも謎の刃に襲われはしていなかった。




● ● ●


 翌日からは、日中はユーコーが、仕事が終わった後はカシロウとユーコーで代わる代わるヨウジロウに貼り付いた。


 ハルはもちろんだが、フミリエまで毎日のように現れて家事を手伝ってくれている。


 思った通りにカシロウ夫婦は襲われる事なく、謎の刃による被害者が増える事はなかった。



 二十日ほどその生活を続けた頃。



 夜泣きで眠れない夜があってもハルやフミリエには任せられない日々、カシロウが『ちょっと疲れてきたな』と思った頃、やはりユーコーが体調を崩した。


 元来、体の強い方ではないユーコー、カシロウもハルも気をつけてはいたが、知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたようだ。


 治癒術師にも診てもらったが、「体に悪い所ははない、ただの疲労」と言われただけで、治癒の魔術の適用外との診断であった。



 そうなるとユーコーはただただ養生するしかないが――



「こういう事もあろうかと根回し済みだ。ユーコーは何も心配せずに養生してくれ」


 ベッドに横たわった妻に、カシロウは優しく微笑んでそう言った。


今夜ももう1話上げますので、よろしくお願い致します。

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