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61「悼む会、祝う会」


 リストル逝去の知らせは、当日昼頃には徹底的に周知された。


 その長子ビスツグが次の魔王となる事も併せて、広く知らされた。



 二白天の二人、ブラドとグラスは先代が逝去した四十年前の混迷をしっかりと記憶していた故の手配である。


 呪いの力によって魔王の代替わりを魔属の者すべてが自ずと悟るが、国民のほぼ全てがその呪いの存在を知らない為、前回の代替わりは大騒ぎであった。


 旧王の死を悼む気持ちと、新王の即位を祝賀する気持ちが()()ぜになった国民の心は爆発し、さながら暴動のように王城に殺到した。



 あの頃まだ今より幾分若かったブラドとグラスは三朱天。

 当時の二白天がとった行動は、大至急で即位を済ませ、新王の威光によって鎮まらせるという(いささ)か強引な手段。


 奇跡的なタイミングで輝く赤子――カシロウ――が空から降ってきたお陰で事なきを得たが、そんな奇跡を期待する方が間違っている。



 とにかく二人は、国民の綯い交ぜになった気持ちを落ち着かせる為に周知を徹底した。



『明日、リストル四世を悼む会を、

 明後日、ビスツグ五世の即位を祝う会を催す』と。



 そしてその周知を、下天の内で動ける者が率先して行った事が注目を浴びて功を奏した。


 しかしカシロウはこの周知に参加しなかった。

 昨夜の夜回りでいくつか斬られた事と、己れで使った『鷹の翼』の反動により筋肉痛が酷い、それを理由に自宅で養生を願い出て受け入れられた。


 当然その二つの理由は嘘ではないが、動けないほどではない。

 有り体に言えば、カシロウはサボったのである。



 夜明け頃から始まった会議が終わり、周知に向かう者たちと別れ、朝一つの鐘が鳴る頃に自宅に戻ったカシロウは、目を赤く腫らしたユーコーに迎え入れられた。


「お帰りなさいアナタ。無事に済んだようで良かったです。……けど……」


「……ああ。酷いことになってしまった。まさかリストル様が……」


「リストル様がどうかされたでござるか?」



 自分の部屋から顔を出した、平素と変わりない素振りのヨウジロウ。



「……どうって……オマエ、何も感じなかったのか?」


「何の事かさえ分からんでござるが……?」


「……そうか。恐らくヨウジロウは、すでにビスツグ様に仕えているという認識だったからだろうな」



 ヨウジロウの様に、『呪い』の影響下にない者が多くはないが他にもいた。


 ヨウジロウと同じ理由の者はおらず、ヨウジロウ以外の者は全て、『魔属ではない』と自らを認識している者。



 リストルより僅かに早く死んだが、当然ダナンもその一人であり、リストル暗殺の張本人ハコロクもそう、天狗もそう。



 他にも居るには居たのだが、それを悟られまいと上手く周囲に溶け込んでいた。





● ● ●



 ビスツグの(もと)へ向かうヨウジロウを見送り、昼まで一刻ほど横になったカシロウ。

 軽く昼食を済ませた直後、自宅の扉が叩かれた。



「や。ちょっとは落ち着いたかい?」


「これは天狗殿。またこっそり入ったのですか?」


「ん? いやいや、きちんと断って入ったよ。ただ、今回は僕どころの騒ぎじゃないみたいだったけどね」



 カシロウは天狗をリビングへと(いざな)いソファを勧め、己れも対面の椅子へと腰を下ろした。


「天狗殿、この度も誠にお世話になりました。この御恩はいつか必ず――」


「今回は僕ホントに何もしてないけどねー」


 実際の所は、今回特に天狗は何もしていない。

 しかしカシロウとしては、『自分が失敗しても天狗がいる』という安心感は計り知れない。



「あ、そうでもないや。えっちらおっちら運んで来たから疲れちゃったよ」


「運んで……? 何をです?」


 一向に思い当たらないカシロウはストレートに問うた。


「嫌だなぁ、もう。ダナンさんに決まってるじゃないの」




 天狗の言葉を受け、慌てて魔王城南門まで駆けた。

 一階のヤマオ宅からはそう遠くない。


 瞬く間に二人は開け放たれた南門を潜り抜け、嫌そうな顔をした門衛に呼び止められた。



「あぁヤマオさま! その爺さんがこんな気味の悪いの押し付けてくもんで困ってたんです。一体なんなんですか、この()()は……」



 荷車に乗せられた布の下の何か、それは頭の先から胸までを真っ二つに斬り裂かれた、紛うことなき辻斬りダナンだった。



「ここは任せて、なんて言ったもののね、僕ってこの街だとヨソ者じゃない? 人影(じんえい)の若いのとっ捕まえたけど泣きじゃくってて話にならないし、勝手に埋葬する訳にもいかないしさ……」


「なのでとりあえずここへ運んだ、と。そういう訳ですな」


「そうなのよ。ごめんねヤマオさん」


「何を仰いますか。ここまで運んで頂いただけでもご苦労だったでしょう。助かりました」



 しかし天狗同様、カシロウも自分の判断だけではどうしようもなく、人影を取り仕切る三朱天の誰かが戻るまでは保留とせざるを得なかった。



「という訳でこのままここに置いておきた――」


「正気ですか⁉︎ ここは魔王城の正門ですよ⁉︎」


 流石に認めてもらえなかった。



 門衛と相談の結果、この正門から堀の内側沿いに行った、王城東の中庭ならば目立たない故、そこへ運ぶ事となった。


「ただし放ったらかしにされては困りますからね。どなたか一人は見張っておいて下さいよ」


 なんと言っても斬殺死体、当然の判断であろう。


 それを約束し、さらに三朱天の誰かが戻ったら中庭へ来てくれる様に言付けて、二人でえっちらおっちら中庭へダナンを運び入れた。


 あの、ハコジを斬った中庭へ。



「思ってたよりも平気そうだね」


 荷車を引くカシロウに向かって天狗がそう言った。


「昨夜の雰囲気だとさ、涙と鼻水で渇き死んでるかもって心配してたんだ」


「……昨夜のことを思うと……、己れでも今の落ち着きが不思議でなりません」


 荷車を引く手を止めて、カシロウが空を見上げてゆっくりと言葉を続ける。


「果てしなく哀しい気持ちと、若き新たな王を戴かねばという……、なんと言いますか、使命感のようなものが、ごちゃ混ぜで……」


 空から自らの両掌へ視線を落としてそう言った。



「魔王国の呪い、ね。思ってた以上に凄いもんだね」


「さすがは天狗殿、呪いの事までご存じでしたか」


 カシロウの言葉にキョトンとした天狗が慌てた様子で返事を返した。


「え、あ? あぁ長生きだからね僕。物知りなんだ」




 そしてしばらく後、二人の(もと)へ三朱天の二人、序列五位ラシャ・シュオーハと序列六位トミー・トミーオが顔を出して二人から話を聞いた。



「……ふむ、状況は分かった。辻斬り事件も解決して喜ばしいが…………結論から言って――」



 歯に(きぬ)着せぬ男、ラシャ・シュオーハが腕を組んで少し溜め、それぞれの顔を見てからこう言った。




「――外交問題だな」






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