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60「もはや一蓮托生」


 深夜ではあったが、魔王国は大いに揺れた。


 夜回り中の人影(じんえい)は勿論、外出禁止令の出る城下町の家々からもリストルの名を呼ぶ大声が上がり、そしてしばらくすると――



 ――新王の名を呼ぶ声が上がった。




「……天狗殿……」


「ヤマオさん大丈夫? 凄い顔色悪いよ」


 先ほどまでと打って変わって、紙のように真っ白な顔面蒼白。

 震える手のカシロウが天狗へ言う。



「リストル様が……、リストル様が………………」


「落ち着いてヤマオさん。人は誰でも死ぬ。それは魔王でも辻斬りでも誰でも同じだよ」


「……私は怖いのです……。リストル様が亡くなられた事をあっさり受け入れる自分に……、さらに今、もう既に、私の心が……私の忠誠が……『リストル様でなく()()()()()へ』と向かってゆくのです!」



 ――魔王ビスツグさま!

 ――新たな王、ビスツグさま!



 深夜であるというのに、城下町中でビスツグの名を呼ぶ声が高らかに上がっている。



「……天狗殿……」


「良いよ。ここは僕に任せてお城に戻りなよ。辻斬りどころの話じゃないでしよ?」


「すみません、恩に着ます。……また、後で」


 フラフラと頼りない足取りで、カシロウは王城目指して歩を進めた。




● ● ●


 カシロウがリストルの死を感じて頭を抱えた時、王城三階ビスツグの部屋では、(うずくま)ったビスツグが胸を押さえ、ハァハァと荒い呼吸を繰り返していた。



「……ハァ、ハァ、なんだか、よく分からないけど……僕は……、魔王に……なった……」


 恐らくは父リストルが死に、そして跡継ぎの己れが魔王になったらしい。

 しかし、その父の死に自らの手の者(ハコロク)が大いに関与しているのは明白。


 ビスツグは立ち上がり、親指の爪を噛み、部屋の中を歩き回りながらぶつぶつと何か言い続けた。



 しばらくそれを続けたビスツグは、不意に、そう大きくない声でハコロクの名を呼んだ。



「……ハコロク」


「なんでっか? 朝までまだ二刻もありまっせ?」


 間髪入れずに返事をしたハコロクが、姿を現しそう付け加えた。



「……父リストルが死んだ。……オマエか?」


「え……? なんで知ってはりまんの? ついさっきの事でっせ?」



 ビスツグはスッと歩み寄り、振りかぶり、勢いよく振り抜いて、バチィンとハコロクの頬に平手をぶつけた。


「……な、何しまんのや?」


「まさかな。オマエの言った『具合よく(あんじょう)』が()()なるとは夢にも思わなかったんだ……。だから、な、一発だけ、許せ」



「なんでか知らんけど、もう知ってはりますのやな?」


 コクリと静かにビスツグが頷く。


「ゆんべはウノはんがな、弟はんの所に居たんですわ。魔王はんがどうしても警護についてくれて頼みはって……。せやからゆんべだけは、魔王はんとこの方が断然、警護薄かってん」



 昨夜の警備体制は常とは全く異なっていた。


 一昨日のハコロク(柿渋男)の大暴れに、王妃キリコ・ニーマは泣いて懇願した。

 ウノを貸してくれと、貸してくれねば今すぐ実家に帰ると。


 それを受けリストルはウノに厳命した。

 さすがのウノと言えど、魔王の厳命を打ち払う事は出来ず、キリコとミスドルの部屋で一晩過ごす羽目となった。


 そしてリストルは、あっさりとハコロクの手に掛かる。



 ビスツグはハコロクの言う具合よく(あんじょう)が、義弟ミスドルの暗殺を意味していると思っていた。


 そうなればただ一人の王太子となる自らの立場は安泰だと、そう考えていたのだ。



 二人は魔王国王族にかけられた()()の存在を知らない。

 もし知っていれば、王の暗殺などという暴挙に出る事はなかっただろう。


 やったとしても、自らが次代の魔王に選ばれるかどうか分からぬのだから。



 しかし呪いを知らなかったハコロクは、知らずに賭けたその賭けに勝った。

 勝ったが、ここでビスツグにヘソを曲げられては勝ちの味が薄い。薄いゆえ、敢えてハコロクはこう投げ掛ける。


「……すんまへん。ワイ、余計なことしてしもたみたいで……。ビスツグはん、もうワイのこと(そば)に置きとうないやろね……」


「……いや、ハコロクには僕と共にいて貰う。父の死の真相を知るのは僕らだけ。こうなってはもはや一蓮托生、いつまでも僕の側におれ」



 神妙な顔でハコロクは、


「……へぇ。こんなワイに……有難いことで……」


 そう告げて心の(うち)でほくそ笑んだ。


(危うく無職になるとこやったで。無職はともかく、今ここを放り出されるのは(かな)んからな)



 そして重要事項の相談を済ませた二人は、打って出る事に決めた。




● ● ●


「誰か! 誰かおらぬか⁉︎」


 勢いよく扉を開いたビスツグは廊下へと躍り出てそう叫ぶ。

 ハコロクもすぐ後に続く。


 涙を流し嗚咽を上げて佇む、王城警護の人影(じんえい)がその声に反応して声を寄越した。


()()ビスツグ様! ここにございます!」


 人影の者は確かに、ビスツグの事を魔王と呼んだ。


 今一つ状況が飲み込めないビスツグではあったが、それには頓着せずに、常にない大声で言う。


「父の所へ向かう! 手の空いている者は共に来い!」


「…………はっ!」


 幾人かの兵がビスツグの後ろに続き、四階への階段を登りリストルの私室を目指していく。

 途中、キリコの部屋の前を通り過ぎ、そうしている間に少しずつ人数は増え、十名ほどの集団となった。



 リストルの部屋、その扉の両側には涙を零す屈強な人影が二人と、扉に(もた)れたウノ。


 ウノは面頬も下ろし、焦点の合わぬ虚な瞳でジッと立っていた。



「……ウノ」


「……え? あ、あぁビスツグ……様……、私は……、私は……」


 ウノは視線も定まらず、時折りガクガクと体を震わせ、振り絞るようにそれだけ言った。

 ビスツグは震えるウノの掌を握り、逆の手で肩を抱きしめた。


「良いんだ、分かってる。オマエは悪くない」


「…………ビスツグ……様……」


「父に会いたい。良いか?」



 頷いたウノが先導し、三人並んでリストルの寝室まで行く。

 リストルはベッドで、眠る様に目を閉じていた。


「父上……」


 ビスツグは枕元に歩み寄り、ハラハラと涙を零してその顔を(さす)り、その肩を抱いた。


 そのビスツグの姿には、ハコロクから見ても情愛を感じさせるものだった。



 ウノは嗚咽を堪え、ゆっくりと昨夜の事を説明する。


 リストルの死を感じ取り、慌てて駆けつけたウノが見たものは、眉間に細長い針を突き立てられながらも穏やかな顔で旅立ったリストルの姿だった。


「こちらがその針です」


 ウノが手拭いで(くる)んだ針――光沢のない鈍い艶の鉄針を二人に見せた。



「これは……、柿渋の……?」


「……断定できませんが、酷似しています」


「捜索は?」


「させましたが、ズタズタになった柿渋装束だけが堀で見つかったのみでございます」


 「恐らくはすでにトザシブを離れたものかと」とウノがそう付け加え、ここで遂にハコロクは、心の中で指を二本立ててニッコリ微笑んだ。




 そして夜明け前に続々と参集した下天や天影の主立(おもだ)った者たち。

 彼らとビスツグは王の間にて会議を行い、速やかにリストルの葬儀、ビスツグの王位継承が行われることとなった。


 如何(いか)に魔王国にかけられた呪いが強大であるか、窺い知れるというものであろう。







今回で二章ラストになるか、次話でラストになるか悩み中。

書いてみないと分からないけど(まだ一文字も書いてない)、恐らく次回から三章かな。


次回は週明けを予定しております。

評価に感想、よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] リストルが認めたとは言え、天狗の推挙だけではハコロクはもっと怪しまれると思っていたから、もっとご都合主義的な苦しい展開になるかと思いきや……呪い凄え(笑) これを見越しての呪い設定だったのか…
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