52「ビスツグの不安」
前話のラスト:
『カシロウと三朱天も夜回り混ざります』
ナンバダが斬られた翌日の晩、いざ、と勢い込んでカシロウと三朱天が人影に混ざって夜回りを開始した。
しかし、状況はなかなか芳しくない。
初日、鼻や耳の利くトミー・トミーオを前日に辻斬りが現れた南町に配したが、元々が繁華な南町ゆえ匂いからホシを追うことは難しかった。
さらにカシロウも四青天も辻斬りに出会うことはなく、西町の外れで数名の人影が斬られた。
皆が酷いクマを作りながら、特にトビサとカシロウは必死に駆け回ったが――
――結局その後の十日間、およそ二日に一度のペースで辻斬りが行われ、トータル十数名の人影と数名の一般人が斬られる事態となってしまった。
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カシロウらが夜回りに参加して十日目の晩の翌日、昼二つの鐘が鳴り、ヨウジロウがビスツグの下を辞去し自宅へと戻っていた。
そのヨウジロウが離れたビスツグの部屋、ヨウジロウと入れ替わる様にハコロクが忍び戻る。
ハコロクはビスツグに気付かれる事なく、早くも自分の定位置と定めたクローゼットに素早く潜り込んでほくそ笑んだ。
その笑みの理由は一つ。
(この城こさえた奴、賢いけど阿呆や)
石造りの城としては相当に巨大であるが、細部まで精緻なデザインも美しい、魔属の者が皆誇らしく思う魔王城。
しかしハコロクが調べた限り、石造りの部分は床・柱・壁・階段・屋根などの構造部のみで、内部の間仕切りなどは木造だった。
当然、建物としてはそれでなんの問題もない。
ないのだが、ハコロクの様に既に内部に侵入を果たした者にとっては有難い。
先日ビスツグの部屋でクローゼットから抜け道を作った様に、この十日間チマチマとコツコツと、自分専用の抜け道をかなり作り上げていた。
「ハコロク殿、ちょっとよろしいですか?」
「なんやいなビスツグはん。ワイみたいなもん呼び捨てにしなはれ。それが普通でっせ」
シタッと僅かに音を立て、ハコロクがビスツグの側に現れる。
「そ、そうかな? ならハコロク、相談があるんだけど聞いてくれるか?」
「良いでっせ。聞きまひょ」
腕を組み、ドカリとハコロクが胡座をかいた。
「……その、さ。父上と義母上は夜にさ、一緒に寝るだろう?」
「そうですやろな。なんか世間は辻斬りで大変らしけど寝ますやろな。もつれ込むかどうかは別にしても」
「覗いてきてくれないか?」
――なんやいな、王子はんもエロ坊主やの。
ハコロクは一瞬そう考えたが、どうも様子がおかしい。よく見るとビスツグの手が震えていた。
「父上たちがどんな話をしてるか……不安でしょうがないんだ。私を廃嫡し弟のミスドルを王太子とするつもりなのか、それとも、先日の暗殺未遂は義母上や父上のお考えだったのでは――
――そんな考えばかりが頭に浮かんでしょうがないのだ」
昼間、ヨウジロウと一緒にいる間はビスツグは明るい。先日の暗殺未遂の実行犯であるハコロクはそれを見て、トラウマなど残ってなさそうだとホッと胸を撫で下ろしたものだったが、実際はそうでもないらしい。
「ハコロク、頼めないか?」
「…………ちょっと待ってや」
ハコロクの気掛かりは、基本的にリストルから離れることのない天影筆頭ウノの存在。
(ワイの全力の隠業で……、睦み合うてる時やったら……)
「多分いけまっせ。ただし今夜今からすぐに盗み聞きっちゅうのは難しやろな」
「ああ、ゆっくりで構わないよ。よろしく頼む」
「それともう一点。ワイはビスツグはんの護衛やのに側を離れますのや。ワイが居らん間に襲われたらアカンで」
ハコロクのその言葉に対し、少し青い顔のビスツグがコクリと頷いた。
(ま、襲うはずやったワイがここに居るし、新しい刺客って事もまぁないやろうから安全なんやけど)
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夜回り十一日目の夕、カシロウは疲れた足を引き摺って、道場から王城へと歩いていたら呼び止められた。
「おいカシロウ、お前夜回りもしてるんじゃないのか?」
「……ん? ああクィントラか」
呼ばれた先を見遣るとそこにはラフな姿のクィントラ。
「夜回りの間くらい道場は休みにすれば良いだろうに」
皆に言われる一言を、初っ端から言われたカシロウ。
「二、三日で捕まえられると思ってたから道場も開けてたんだ。こんなに長引くとなると休みたい気持ちもあるんだが……、なんだか意地になってしまってな」
「無理せず休めよ。凄いクマだぞ」
「ああ、ありがとう。そう言うお主はまだ休みか?」
「夏からずっと魔獣の森対策だったからな、もう十日程は休みだよ」
休みなら夜回りに混ざらないかと、カシロウは言おうと思ったが、クィントラの武力では少し怪しいかと既のところで踏み止まった。
「悪いが僕は混ざらないぞ。一対一や少人数での戦いに僕は向かないからな」
「分かっている。ゆっくり骨休めしてくれ」
その後、先日から道場に来ているクィントラの従兄弟ダナン・イチロワの話を少しした。
この十日ほどでグングン腕を上げ、『カシロウに迫る』から限りなく『カシロウに並ぶ』に近づいて来ている。
カシロウとしては別段、実戦でない道場での剣で負けてもなんともないのだが、出来れば負けたくはない。
そして絶対に負けてはならぬ相手が、辻斬り犯である。
急ぎ王城へと戻り、食事と一刻半ほどの仮眠をとった。
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その頃の天狗はと言うと、
「なんだか外はこの頃バタバタしてるみたいだね」
そんな事を言い合いながら、エアラの膝枕でウトウトしていた。
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カシロウとトビサの班は、やはりトミーオの鼻が南町では生かせない為、数日前から南町の担当に戻っていた。
「城下町の者たちも夜間の外出禁止で息が詰まるだろうな」
夜の鐘はならないが、鳴るとすれば現在夜一つの鐘(≒午後八時)の頃、繁華な南町ならば賑わっている筈の通りを見渡したカシロウがそう言った。
「それはしょうがありません。民間の者もかれこれ十名以上斬られていますから」
「ん、そうだな。早いとこ引っ捕らえよう」
カシロウとトビサを先頭に、静まり返った南町を行く。
そして今夜、遂に辻斬り犯との邂逅を果たす。
今週も三話更新のつもりです。
が書き溜めないので二話になったらごめんなさい。
よろしくお願いします。




