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50「権限がない」


 ナンバダの遺体を見て欲しいとトビサに頼まれたカシロウは、一旦道場は打ち合い禁止の自習にしトビサの案内で南町へと向かう事にした。


 しばらくは二人とも口を開かず歩いていたが、(おもむろ)にカシロウが声を掛けた。


「……例の辻斬りなのか?」


「恐らくは……。今までの被害者と同じ有り様ですから」


「……そうか、分かった」



 言うて詮無(せんな)いことだが、昨夜別れずに、無理にでもナンバダの夜回りに立ち会えば良かったという思いが拭えない。



「……くそっ!」


 無意識にカシロウの口から飛び出した悪態にトビサが素早く反応した。


「……先生、もしかして昨夜別れたのを後悔していますか?」


「……ああ、している。せずには()れん!」


()して下さい。ナンバダが浮かばれません」



 立ち止まったトビサが、ジッとカシロウの顔を見詰めてそう言った。


「何故だ。もし私が共に居ればナンバダが命を落とす事はなかっ――」


()()なんて有りませんし、これは僕らの仕事、ナンバダは自分の仕事をしくじったのです。だからそんな後悔などせず『バカが、ミスりやがって』、こう言えば良いのです」


「…………トビサよ。そんな顔で言われても説得力が欠片もないぞ」



 トビサの両の瞳から、それこそ南トザシブ川の如き勢いで涙が溢れていた。

 流れる涙をそのままに、(きびす)を返し再びトビサが南町向けて歩き始める。


「何にせよ先生に責任は塵一つもありません。今回の件はナンバダの責、元凶は辻斬り、それが全て。ナンバダもそう思っている筈です」



 自分の弟子と思えぬほどのしっかりぶり、カシロウは目をパチパチと(しばたた)き、


「……そうか、そうかも知れん。すまん」


 トビサに追いついてそう頭を下げた。





● ● ●


 南町と田園地区の間に、南トザシブ川の支流にあたる川が流れている。


「こちらです」


 トビサがその川に架かる橋の(たもと)へとカシロウを(いざな)うと、そこに十数名の人影の者たち。


「すまん、ちょっと通してくれ」


 トビサと共にカシロウが小さな河川敷へと降り、トビサが同僚達にそう告げて、人の囲みの中へと歩を進めた。



「先生、ナンバダです」


 囲みの中央、白い布をトビサが少し(めく)ると、見慣れたナンバダの顔が、見たことのない表情で事切れていた。


 青白い生気のない顔ながら、その目はカッと見開かれ、苦痛を堪えるかの如く噛み締めた歯と(いびつ)(ゆが)んだ口、恐怖と怒りが綯交(ないま)ぜの、壮絶な表情であった。



 カシロウは目を閉じて手を合わせる。


 堪えようと思ったカシロウだったが、スウッと一筋の涙が溢れてしまった。



「トビサ、頼む」

「はい」


 何事もなかったかの様に、トビサが手際良く白布を全て捲り、下帯一つの、乾いて赤黒くなった血だらけのナンバダの姿が(あら)わになる。



 その傷だらけの体を(つぶさ)に見遣ったカシロウが口を開いた。


「死因はまあ、人影のお主らなら分かっているだろうが、この(くび)への一刀」


 カシロウが右手で自らの左の首筋をトントンと叩く。


「しかし、これは相当に後だな。頸にしちゃ明らかに出血が少ない。相当()()()()()(とど)めだ」


「……我々の見解も……、同じであります……」



 人影の者ならば、全身傷だらけのナンバダの体を見れば当然同じ見解になるであろう。



「それで()の方は……?」


 カシロウはトビサの顔を見て頷いて見せた。


「はっきり言うが、駄目だなコレは。人影の者には荷が重い。天影か、我々下天レベルだ」


 おっと、と呟いてカシロウが付け加える。


「ただし魔術抜きの話だぞ。人影の者にも魔術が達者な者もいるだろうし」


「この辻斬りも魔術を使うかも知れないという事ですね」

 考えたくありませんが、とこれはトビサが付け加えた。




「トビサ、それに他の人影の皆よ。今夜から私も夜回りに混ざる。良いな?」


「なりません」


「何故だ。どう考えても私が混ざる方が良いではないか」


 言い募るカシロウに対し、トビサは至って冷静に、


「ナンバダの仇を取る為にも先生に加わって頂けるのは大変ありがたいですが、権限がありません」


 手を握り締めてそう返した。


「権限? 私が夜回りをする権限か?」


「いえ、先生が混ざっても良いと判断する権限が僕らにない、という事です」



● ● ●


 カシロウは迅速に許可を取るべく奔走した。


 下天である自らの事である為、二白天か三朱天に許しを得れば良いかと思い、そこから程近いビショップ倶楽部に顔を出したがウナバラは不在、王城へ出仕しているそうだった。


 ならばとカシロウ、王城へ向けて雪駄を踏み締め駆け始めたが、道場を()ったらかしにも出来ぬと考えとりあえずは東町の道場へと向きを変えた。



 ガラリと扉を引き開け、


「済まん、遅くなっ――」


 そう言い掛けたカシロウだったが、その言葉の続きを引っ込めた。



 パァンパァンと、竹刀を打ち合う音が響いていたからだ。


「何をやっている! 打ち合い禁止と言い置いただろう!」


 カシロウが怒鳴った声に全ての門下生がビクッとして竹刀を下ろした。


「いや、お主らはそのまま続けてくれ」


 大半の門下生はキチンと形をこなしていた。

 しかし一部の門下生、十名ほどが隅に集まり円を作り、その中の二名が仕合っていたらしい。


 怒っているぞと伝わる様に敢えて大袈裟にズンズン歩き、円に近づいて、カシロウはガクリと崩れ落ちた。


「……まさかお主か……このバカ」


「ななな何言ってやんでぇ。おおお俺っちは悪くねぇってんだ」


 禁を破ったのはケーブだった。


「俺っちはよ、この新人君の世話してやってただけじゃねえかよ」


「新人?」


 カシロウが目をやった先、ケーブと打ち合っていた男は確かに見覚えがなかった。



「勝手に参加しちゃってすみません。許可を貰ったとクィントラから聞いたものですから」


 男はキチンと頭を下げてそう言った。







なんとか書き上がりました。

次回は明後日、なんとか書きます。

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