47「リストルの宿り神」
昼二つの鐘が鳴り終わった頃、ついにようやく、天狗がリストルの間に姿を見せた。
「やぁやぁごめんごめん。待たせちゃったかな?」
「正直に言って待ちました。が、久しぶりにリストル様と二人で過ごせて楽しくもありました」
天狗の視線がリストルとカシロウの顔を行ったり来たりして、
「おっさん二人で遊んでたの?」
そう何気に失礼な事を言った。
「遊んでた訳ではありませんよ。息子を持つ父親の話題が多かったですね」
「そう言えば聞いたことがなかったのですが、天狗殿はお子さんおられないのですか?」
「まぁ、いないんだけどね、初めてパパになっちゃうかも知んない」
そう言ってまたしても天狗が小指を立てて、少し顔を赤く染めて頭を掻いた。
昼過ぎての参内、どうやら昨夜のお楽しみが響いたせいのようである。
「ま、そんな事より、宿り神の件だよね」
天狗がそう仕切り直した時、ウノが呼んだであろうブラドが扉を開いて戻ってきた。
「二白天の一人、ブラド・ベルファストと申す。この度はお骨折り頂いて忝ない」
そう挨拶したブラドに続き、天狗も時候の挨拶やらなんやら一通り終えて再び仕切り直した。
「さて。とりあえず白虎、出ておいで。トノも出してくれる?」
カシロウが返事する事もなく、トノが勝手に飛び出した。
「「おぉ! これが……天狗殿の白虎……!」」
トノが地団駄踏んでいる。
リストルとブラドが白虎にばかり驚いて、自分の出現に驚いてくれないから。
「この白虎が僕の宿り神、知ってると思うけどその鷹がヤマオさんの宿り神ね」
コクリと二人が頷いた。
「先に言っておきたいんだけど、鷹も虎も食物連鎖の頂点付近、これは相当にレアなの。宿り神が何か知りたいって事だけど、あんまり期待しちゃ……辛いよ?」
ゴクリと唾を飲んだリストル。
ちなみにブラドは自分の宿り神に興味がないため平気である。
「ヤマオさんのとこのハルさんの宿り神、『ハマグリ』だったから凹んじゃってさ。覚悟して貰う為に先にこう言う様にしようと思って」
「…………見て頂いて、余にだけ耳打ちしてくれるのはどうでしょう?」
「オッケー、それで行こ」
魔王に対しあまりにも軽い、ブラドもカシロウもウノもそう思いはするが、声に出して諌めようとまでは思わない。
どうやら天狗のキャラクターがそうさせるらしい。
「じゃ見るよ」
天狗が玉座に近付き、リストルの胸に両手で作った輪を胸に当て、一度カシロウらを振り向いた。
「後ろから覗いちゃダメだよ、プライバシーは守らなきゃだからね」
少しの間、それを覗き込んで眉を顰めたり、ホッとした顔をしたり、忙しなく表情を変えた天狗。
「……ホントに聞く?」
「……そう念を押されるともう大体察しがつく。お願いします」
「そうか、ホントそうだね。僕としたことがうっかりしてたよ」
リストルの耳に口を近付け、それを両手で覆って囁いた。
『てんとう虫。でもナナホシのやつ』
一瞬目を見開いて固まったリストルが体を震わせ、顔を伏せ…………ふ、ふははは、と笑った。
「ふはははははは!」
「おぉ! 魔王っぽい笑い声だね!」
一頻り笑ったリストルが笑いを収め、目尻の涙を拭って言う。
「まさか魔王である私の宿り神が『ナナホシテントウ』とは……、さすがに想像以上の非才でしたわ」
「あ、自分で言っちゃったけど良かったの?」
「良いのです。特別に隠す事じゃあない。元々余は『非才ゆえ皆が助けておくれ』のスタンスですから」
いつも通りの屈託のない笑顔でリストルがそう言って笑う。
「でも非才って訳じゃないよ。宿り神はてんとう虫だけど、器の大きさは普通の人より断然大きい。ヤマオさんよりちょっと大きいくらいだよ。大きい器の中にてんとう虫だったから見つけられなくてさ、空っぽかと思っちゃったよ」
「そうです王よ。王はそんな不確かな力を求める必要はないのですぞ。力ならば、我ら下天、ひいては国民一同が研鑽を積み手に入れれば良いのです!」
ブラドが慰めると言うよりも、最初から分かり切っているとでも言う様に声高らかに宣言した。
――ふふ、そうだな。
そう小さく呟いたリストルは少しだけ寂しそうな笑みを見せたが、切り替える様に元気良く、
「よし! じゃあ元気出して仕事するか!」
そう声を上げてウノに時を問うた。
「もうじき昼一つの鐘でございます」
「ならもうそろそろグラスやウナバラらも来る、カシロウは下がってくれて良いぞ。天狗殿、お呼び立てして申し訳ありませんが今日はこの辺りで。また改めて食事でもしながら色々ご教示下さいませ」
「良いねぇ。しばらくトザシブにいるからまた呼んで」
じゃね、と一言添えて出て行く天狗に、失礼致しますと告げたカシロウが後に続いた。
● ● ●
「ヤマオさんはこれからどうするの?」
城を出て少し歩き、天狗がカシロウへそう尋ねた。
「中途半端な時間ですが現場へ顔を出そうかと思います」
「ああ、非番じゃないんだっけ。現場どの辺り?」
「南町からさらに南へ出たところです」
南町は繁華な町だが、その中でも南寄りはウナバラの自宅であるビショップ倶楽部などがある瀟洒な区画、さらにそれを抜けると田園地帯、そしてその南を大きな川が流れている。
ディンバラの真西に位置する山から流れる南トザシブ川、かつてからずっとディンバラはこの川の工事を続けているのだ。
「私は四青天に上がってからずっと同じ川の治水工事です。私もボアも様々なアプローチを試し、他の下天の面々に相談したりもしたのですが、なかなか上手くいかないのですよ」
「なんかそうらしいね。こっちを触ればあっちが切れる、って聞いたよ」
誰から聞いたかは敢えて訊かないでおいたカシロウ。おそらくはその、仲良くなった女の子の友達だろうから。
「どうにも川自体の勾配が大きいせいでしょうね。なかなか水勢を抑えるのが難しいんです」
「なかなか難しいだろうね。高いもんね、あの山」
天狗が指差したのは西に聳える山。
ディンバラ南西部から北西に掛けて、民王国ダグリズルとの間に横たわるダグディン山脈。
その標高に対して川の長さが短いため、河床勾配が急となり水流がどうしても強い。
「ま、十年二十年で片付く川じゃないさ。焦らずやれば良いと思うよ」
「ええ、その通りですね。肝に命じます」
そんな話題を続けながら二人で歩き、南町の中央付近までやって来た頃、天狗が再び指差して口を開いた。
「僕は今ここで厄介になってるから」
天狗が指差したのは石造りの店。
その看板には少し淫靡な字体で『お宿エアラ』とあった。
「ここは……、揚屋……ですか?」
「そうそう。ヤマオさんの前世風に言うと置屋じゃなくて揚屋だね。お抱えの女の子は一人もいないよ」
――ならばかなりの出費ではないか? カシロウはそう考えた。
置屋に所属する遊女を買って、揚屋に連れてコトに及ぶ、そしてそこを塒とする、それではいくら金があっても足りるものではない。
「……あ、ヤマオさん、お金の心配した?」
「顔に出ていましたか?」
「ふふっ、モロに。でも大丈夫だよ、僕は――」
天狗が話し始めたその時、『お宿エアラ』の扉が開き、
「天狗の先生ったら、お帰りだったんですかい?」
ウェーブ掛かった明るい色の髪、尖った耳、魔人族らしいが少しふっくらとした、ヤケに色気のある女が顔を出してそう言った。
「エアラに会いたくってね。早く帰って来たよ」
「まっ、先生ったら。どこまで本気か分かりゃしないんだから」
頬を染め、揃って相手の背に片手を回し、空いた掌を絡めあった二人が見詰めあってそんな言葉を囁き合った。
「んんっ!」
やり場に困った目を逸らせ、カシロウが咳を一つやる。
「……あ、こちら下天のヤマオ・カシロウさん。そしてこちら、『お宿エアラ』の女将エアラ・カワキーヌ」
「……え? あら、天狗さまったらホントにちょんまげ下天さまのお客だったんですかい?」
信じてなかったかー、と笑い声を立てる天狗がカシロウへ向けて言う。
「僕は女の子買った訳じゃなくて、ここの女将と恋に落ちたのさ」
いつものあの、満面の笑みに片目を瞑った天狗が言い、それを見たカシロウ、早く帰って愛する妻に逢いたくなった。
天狗302歳、エアラ42歳(魔人なんで若く見える)、
歳の差260!
若いカップルが一組もない!




