3「十天」
「転生者の勇者……、人族の者どもにありがちな思考の持ち主でなければよろしいですな」
序列五位、三朱天ラシャ・シュオーハの発言にピリつく空気が流れる。
「ラシャ、表現を改めよ」
ラシャの発言を諌めた魔王リストル。
「ラシャの言葉は正しい。その通りだと我も思う。しかし……、わかるな?」
「王よ、確かに私の失言でした。大変申し訳ない」
ラシャが序列三位グラス・チェスターと、序列九位クィントラ・エスードに頭を下げた。
この『魔王国ディンバラ』は魔人である魔王リストル・ディンバラを国のトップに据えた魔人国家ではあるが、この国では種族に捉われる必要はない。
現にラシャが頭を下げた二人、グラスとクィントラ、この二人は人の身でありながら下天にまで昇りつめているのだから。
「構わんよラシャ。王が仰った通り、ワシかてそう思うからの」
「僕も構いません。確かに僕らは人ではありますが、『魔属である』というその思いの方が強いですから」
『魔属』、この言葉はリストルの先代、ビスツグ・ディンバラの治世の頃から使われ始めた言葉だが、『魔王国に属する者』という意味であり、魔人や人や獣人、さらには転生者など人種の坩堝である魔王国にはなくてはならない言葉となった。
「それにしてもでヤンスよ? その『勇者』っていつ産まれたんでヤンスか?」
おかしな語尾の男は、下天で唯一の獣人トミー・トミーオ。
語尾に似合わず精悍な犬の顔が特徴的な男である。
◯ ◯ ◯
これで十天全ての名前が出たので一度まとめます。
天・魔王
序列一位リストル・ディンバラ 魔人
以下、下天。
二白天
序列二位ブラド・ベルファスト 魔人
序列三位グラス・チェスター 人
三朱天
序列四位ウナバラ・ユウゾウ 転生者
序列五位ラシャ・シュオーハ 魔人
序列六位トミー・トミーオ 獣人
四青天
序列七位ヴェラ・クルス 魔人(♀)
序列八位リオ・デパウロ・ヘリウス 転生者
序列九位クィントラ・エスード 人
序列十位ヤマオ・カシロウ 転生者
序列と名前がよく分からなくなったらここに戻ってご確認下さいませ。
◯ ◯ ◯
「ひと月ほど前らしい。ウノ、そうだな?」
「確かにそうお伝えしました」
リストルの玉座の影からヌルリと現れたのは、魔王直属部隊『天影』の筆頭ウノ。
「それならまだまだ赤ちゃんでヤンスね」
「まぁそうだ。少なくとも十年ほどは様子見だろうな。わざわざ遅くに皆を集めるほどでもなかったか」
「人族領に不穏な動きが若干ございますが、今の所は我ら天影による諜報および警戒で充分かと」
僅かに首を捻り口を開いたのはウナバラ。
「しかし生後ひと月ほどで勇者認定ですか」
「ま、カシロウタイプの転生者じゃからな。お主はまだ子供だったであろうが、アレは派手じゃから」
ウナバラにそう答えたのはグラス。
「いや、あのとき俺はもう十二歳、今でも鮮明に思い出せますよ」
ヤマオ・カシロウが『無』から産まれたのは二十八年前。
二十八年前、先代魔王ビスツグ・ディンバラが崩御した。
国を大きく富ませた名君であったため、国中は大いに嘆き沈んだ。
そしてその後の即位式の際、全国民が見守る中、新たに即位した十五歳のリストルが玉座に座ると同時、突如リストルの頭上に燦然と光り輝く球が現れたのだ。
しばしリストルの頭上を揺蕩ったかと思うと、ふわりふわりとゆっくりと降下し、玉座に座るリストルが両手で優しく掴んだ途端にパチンと弾けた光球。
光球から現れたのは、小さな体に大小の刀を胸に抱えた男の赤児、それがヤマオ・カシロウであった。
「あれは大いに沸いた。無からの転生者は国にとって吉兆。齢十五のリストル様が『天から認められた』と、国民に王として認められたんじゃ」
「なるほど。人族国家ではさらに『勇者認定』という話題性まで貼り付けたと、そういう訳ですか」
「十分にあり得ると思うよ、ワシは」
グラスとウナバラのやり取りを、ウンウンと頷きながら聞く序列上位の六名。
その他の若い下位四名はほぼカシロウと同年代。
当時の事が分かる筈もなく、はぁ、とか、ほぅ、などと呟くのみ、当のカシロウもこれまで幾度となく話題に出されはするが、なんと言っても赤子の頃のこと、ピンと来る筈もない。
「人族の王家の者共には貪欲な物が多いが、まぁ、しばらくは何も起こるまい。ウノよ、引き続き警戒を頼む」
「畏まりました」
人族領に転生者である『勇者』が生まれたという問題は、魔王国ディンバラにとって大きい。
この大陸における、ディンバラを除く三つの人族国家と国同士の付き合いがあるにはあるが、それは魔王国の豊富な地下資源と、戦力的なバランスがあってのもの。
人族の思惑としては、ディンバラを属国とした上で地下資源を搾取すること、これが理想的。
戦力としての勇者の力次第では、拮抗した天秤があちらへ傾くこともあり得るだろう。
「ところで赤子と言えばカシロウ、お前んとこの子は元気か?」
「ええ、母子ともに息災です。御心配お掛けしましたが、ユーコーの奴もこの頃は普通に生活できるほどに回復してございます」
「それは何よりだ。ユーコーめは丈夫な方ではないからな。労ってやってくれ」
「はい、勿論でございます」
その場にそぐわない、チッ、と舌打ちする音が小さく響いた。
舌打ちは間違いなくカシロウへ向けられたものではあるが、カシロウとやり取りしているのは魔王。
明らかな不敬であるにもかかわらず、それをこの場で咎める者はいない。
舌打ちしたのは序列九位クィントラ・エスード。
幼い頃からカシロウの妻ユーコーにベタ惚れなのを皆が知っているからだ。