28「アルジなんです」
「詫びです。長らく無沙汰を致しましたから」
「詫び、ね。ま、ヤマオさんと鷹には不思議な繋がりがあるみたいだしね」
ふふふ、と微笑む天狗に向かい、同様に微笑んだカシロウが左腕を曲げて胸まで上げた。
「トノ、お出でくだされ」
カシロウが上げた腕の上、空気が揺らぎ徐々にその像を形作っていく。
具現化した鷹がフワリとカシロウの腕に留まった。
「……やっぱり僕のこと睨んでるね。なんでだろ?」
『……………………』
天狗を見つめたままの鷹が、カシロウの耳へ向けて嘴をパクパクさせた。
「天狗殿を睨んでいる訳ではないそうです。やはり白虎を睨んでいるらしいです」
「……え? なに、どういうこと?」
「え? いや、だから天狗殿でなく、自分より強い神力を持つ白虎が気に入らないらし――」
いやいやいや、と天狗が手を振ってカシロウを遮った。
「違う違う、そうじゃなくて。ヤマオさんと鷹って会話できるの?」
「え? そりゃ出来ますけど……。え? 変ですか?」
十二年前にはなるが、確かに天狗は宿り神について、「連中、喋らないから」とカシロウに伝えていた。
「……驚いたなぁ。僕が知る限りではそんな宿り神はいなかったよ」
「そうでしたか……。二年前、初めて具現化した時から普通に会話していましたから、そういうものかと思っていました」
天狗の住まいを訪れた際の訓練において、特に鷹を具現化させる必要は無かったため、この二年間、天狗がその事実に気づく機会はなかったらしい。
「それにさ、今左腕に乗ってるじゃない?」
「ええ、乗ってますが……」
「それだって触れ合ってる訳?」
「え? あぁ、重さは特に感じませんが、確かに触れている感覚はあります」
「それも出来ない筈なんだよ。具現化しても白虎に僕も触れられないし」
開いた口が塞がらないカシロウ。
それも十二年前、天狗から触れられない旨は聞いていたが、宿主以外は触れられないものだと思っていた。
「そ、そうでしたか……。二年間、特に隠していた訳では無かったのですが……」
「なんでだろうねー? 僕は白虎に名前着けたりはしてないけど、ヤマオさんは『トノ』って名前で呼んでるからかなぁ?」
「あ、いや、トノというのは名前では無いんです。単純にこの鷹、前世での『主』なんです」
少しの沈黙。
「……は? アルジ? なに、どういう意味?」
「いや、そのままの意味です。前世で私が仕えた主、すなわち殿なんです」
「…………はぁ?」
天狗のリアクションを見て、これも特殊だったかと、漸く自らに宿る鷹の特異性に気付いたカシロウ。
「ちょっと整理しよう。確かヤマオさんの前世のアルジさん、同じ戦場で死んだんだったよね?」
「ええ。私の方が少し後ですが、同日の事でした」
「そいでヤマオさんは転生して、アルジさんは宿り神としてこの世界にいる、しかもヤマオさんに宿ってる、そういう事?」
「はい。トノ本人もそう言っています。『今世では儂が仕えてやる』と」
「へぇぇぇ、そんなパターン初めて見たよ。長生きするもんだねぇ」
と、その時――
「こんなに取れたでござるぞ!」
バァンと勢いよく障子を引き開けてみせたヨウジロウが、その勢いのままで部屋へと突っ込んだ。
その手には、昨日と同じ様にエラを通した草にぶら下がる二十匹近くの川魚。
「おぉ! でかしたヨウジロウさん! 丸々と太った良いサイズだ!」
「そうでござろ!」
「今日はもう訓練無しで宴会にしよう! 呑もう!」
そう言った天狗がカシロウへ向けて、「明日から暫く鷹の事よく見させてね」と、小声で伝えた。
そしてその日は明るい内から呑めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
少量ならばとヨウジロウにも酒を舐めさせてみたものの、如何に器が大きかろうとも十二歳の少年らしく、「ちっとも旨くないでござる」と目を白黒させた。
※お酒は二十歳になってから!
そして翌朝からの四日間、訓練とは名ばかりの『天狗による宿り神の研究』が行われた。
なにせ長い天狗の人生で初めての、意志の疎通が取れる検体が現れたのだ。
「二年前に教えて欲しかったー! ヤマオさんとトノを二年間みっちり調べたかったー!」
そう叫んだ天狗のやる気は天井知らず、付き合わされるカシロウも鷹も辟易としたものだが、十二年間の恩が少しでも返せるならと、天狗が満足いくまで付き合った。
ちなみにヨウジロウはと言うと、具現化した鷹を見るのは珍しいため最初は楽しそうに眺めていたが、竜を具現化できない自身にはちっとも面白くなく、初日の午前中には飽きて野山を駆け回る事に決めたらしい。




