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2「無から生まれた侍」


「カシロウさま、早う早う」


「落ち着けハル。約束の刻限までまだある」


「そうは言いやすが、きっと他の下天(げてん)の方々はもうお待ちでございやすよ」



 そう声を掛けられつつも、カシロウは落ち着いて妻ユーコーの差し出す羽織に腕を通し、腰に愛刀を差した。


「王以外など待たせておけば良い」



 ――あんた一番下っ端ですのに――



 ハルは心の中でそう思う。

 思うが顔に出す事などしない。長年カシロウに仕えるハルはボンクラではないからだ。


 しかし実際のところ、ハルが正しい。


 この魔王国における上位『十天(じゅってん)』の中の最下位に位置するのが彼、ヤマオ・カシロウだ。


 待たせて良い訳がない。



「とにかくお急ぎ下さい。刻限に間に合わなくなっちまいやす」


「ハルの言う通りですよ」


「あぁ、言われなくてももう行く。帰りはいつになるか分からんからハルは上がってくれ」


「合点でさ」



「ユーコー、ヨウジロウを頼む」


 カシロウは半年前に産まれた愛息子(まなむすこ)ヨウジロウの頬を指で優しく突き、一階に与えられた自分たちの部屋を出る。


 そして真っ直ぐに王の間を目指し、階段を上り広い廊下を歩く。

 この石造りの城は広いが、自室から王の間までそう時間はかからない。



 彼はこの城で生まれ、この城に住む特別な存在。


 『この城で生まれ、この城に住む』

 それは王族にだけ許された特権。


 しかしカシロウは王族でもなんでもないが、確かにこの城で生まれ、この城に住んでいる。



 特殊な出自ではあるが、彼の出自については秘密など全くない、国民のほぼ全てが知るところである。





「お待たせしましたな」


 刻限の少し前、王の間へと続く大きな扉の前へと辿り着いたカシロウが声を掛けたのは、扉に向かって片膝をついて頭を下げる下天たち。


 前列が二白天(にはくてん)の二人、

 その後ろに三朱天(さんしゅてん)の三人、

 さらに後ろにカシロウと同格の四青天(しせいてん)の三人。


 カシロウは三列目、四青天の右端、自分の定位置で同じ様に片膝をついて頭を下げた。


「山尾よ。一番下っ端のお前が遅れるとは感心せんぞ」


 三朱天の左端、カシロウと同様に羽織袴姿にやや長い髪を後ろで一つに束ねた男が、片膝をついたままそう諌めた。



「ユウゾウ、構わん。刻限に遅れた訳ではない。ただしカシロウ、遅れていれば忠告では済まさん。肝に銘じよ」



 カシロウを諌めたウナバラ・ユウゾウに対して口を開いたのは、二白天の左側『十天』の序列二位ブラド・ベルファスト、この国の宰相『下天』の最上位である。


 彼ら九人の『下天』に王を加えた『十天』がこの国を政治的・軍事的に動かしている。



「忠告痛み入ります。しかし、天との刻限に遅れる私ではござりませぬ」



 カシロウの発言に苦笑いする序列二位から九位の面々。

 カシロウは目上の者や上役にぞんざいな姿勢を取っている訳ではなく、ただただ『天』すなわち『魔王』に対する忠誠が強すぎるだけである。


 そして下天の皆は、その忠誠を痛いほど分かっているから故の苦笑いである。



「皆様方、ご静粛に。刻限でございます」



 その声に併せて扉が開かれ、同時に下天たちの顔がキリリと引き締まる。


 一斉に深く頭を下げ、そうしてからゆっくりと立ち上がる下天たち。

 静々と進み、魔王リストル・ディンバラの座る玉座の手前で再び片膝をついて頭を下げた。


「毎度毎度ご苦労なことだ。これもっと簡単じゃいかんのか?」


 リストルが思いのほか軽い声で投げ掛けるも、序列二位ブラド・ベルファストの声が即座に反応する。


「昔からの決まりでございますから」


 そう返される事が充分に分かっていたらしく、ふーぅ、と呆れたように一息ついてからリストルが口を開く。




「では早速本題だ。遅くにわざわざ集まってもらったのは他でもない、どうやら人族領に『勇者』が現れたらしいわ」


「…………勇者、ですか……」


 ブラドの声を皮切りに騒つく一同の中、空気を読まない軽い声で序列七位ヴェラ・クルスが言う。


「またアレじゃないのぉ? 『勇者』って言ってもいつもの『なんちゃって勇者』じゃないのぉ?」


 ヴェラは真っ白な肌に良く映える真っ黒なドレスの裾を気にしながらそう言った。

 どうやら彼女は自慢のドレスが床に擦れるこの姿勢が好きではないらしい。


「それがそうではないらしい。その『勇者』はな、どうやら『転生者』だそうだ」




 ――この世界には、この世界で死んだ者の魂が再びこの世界に生まれる『輪廻』という概念がある。


 『転生者』とは、その『輪廻』の概念からやや外れた、ここではないどこかの世界で昇華された魂をその身に秘めたまま、この世界に生まれ変わった者だと言われている。


 そして転生者は大抵、優れた能力に加え、さらに特殊な才能に秀でる者が多く見られるらしい、というのがこれまでの統計である――




「……ユウゾウ達と同じ『転生者』ですか……」


()()()()()()なのぉ?」



 ヴェラの質問に答える魔王リストル。



「噂では、カシロウタイプのようだ」


「……そう、それは珍しいわねぇ」




 ――『転生者』には二つのタイプがある。


 一つは序列四位ウナバラ・ユウゾウ(海原・雄三)や序列八位リオ・デパウロ・ヘリウスの様な、この世界で普通に両親から生まれ、長じると共に前世の魂や知識を有することが明らかになる、転生者としては一般的なタイプ。



 それと正反対なのが、リストルの言うカシロウタイプ。


 足には雪駄(せった)、装いは羽織に袴、腰には大小の愛刀、そして頭髪は()()()()()の彼、ヤマオ・カシロウ(山尾甲士郎)は『無』から生まれたのである。

 


もう一つくらい今日中に上げる


……かも。


その際はよろしくです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 侍+魔王側というのは新しいですね。 [一言] 「美味しんぼ」か~い!www
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