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27「カシロウの鷹」


 (おとな)いを告げるカシロウの声に、戸を引き開けて現れたのは、以前よりもう少しふっくらとした里長と相変わらず艶のある里長夫人。


「おはようございますヤマオ様。ではこれをお願い致します」


「確かにお預かりしました」


「天狗様によろしくお伝えくださいませ」

「ヨウジロウちゃんも頑張ってね」


 グッと両手を握る里長夫人のエールを受けたヨウジロウが、少しはにかんだ笑顔で、


「はいでござる!」


 と少年らしい元気さで返事した。



「では行ってまいります。五日程で戻る予定にしておりますが、何かありましたら留守番のハルへ言伝(ことづて)下さい」






 天狗の里はそう大きくはない。



 ないが、それでも二十戸ほどの世帯が暮らし、老若男女合わせて七十人ほどが住んでいる。


 己の意思で出て行く者もたまにはいるが、ここに来る者は天狗が連れてくる者だけらしい。


 すねに傷持つ者や故あって元いた所に住めなくなった者など様々だが、ここに連れて来られた者は一切の過去を捨てて新たな生を送る、それはある意味でカシロウら転生者の如く。



 そしてこの天狗の里から急峻な岩場を登った先に、天狗がただ一人で住む家がある。



 それは過酷な道のり故、その道のりを越えられるのは天狗のみだったが、十二年前からはカシロウがいる。


 さらに四年前からは、ヨウジロウも越えられる様になった。



 この里に住まう様になったカシロウは十二年間、十日のうちの半分を天狗の住まいで過ごし、その内の三度に一度はヨウジロウも伴った。


 ヨウジロウとハルが里に住む様になった七年前、五歳のヨウジロウを背に追ってカシロウは山を登った。



 そして大の大人でさえ登れぬ岩場を、ヨウジロウは八つの頃にはひょいと登った。


 しかも竜の神気を使う事なく独力でだ。



 カシロウは思う。



 恐らく自分に出来る事は、ヨウジロウもあっという間に出来る様になる、と。


 だからこそ、あの日の誓いを守る為にカシロウは日夜、自分に厳しく有り続けられた。






「いつも悪いねーヤマオさん」


「いやいやこれしき、なにも悪くありませんよ」



 カシロウはそう言って、背に負った酒瓶の束を下ろした。



「自分で取りに行かなくて済むからホント楽だよねー」


「それなんですが――」


「ちょっと待って」



 カシロウの言葉を遮った天狗が、ヨウジロウの方へ視線をやって言う。



「ヨウジロウさん、いつも通り竜の様子を見せてくれるかい?」


「勿論でござる!」



 ヨウジロウは元気にそう言って、雪駄を脱いで板間に上がり、天狗に背を向けて正座した。


 ヨウジロウの後頭部辺りに向けて、天狗が掌で作った輪を覗いてふんふんと頷く。


「いやぁ、十二年前と比べたらホント育ったよねぇ。元々大きかった竜が、ほんの十二年でほとんど倍だってさ」


「そうでござるか? あまり実感は湧かんでござるが」


「まぁ大丈夫。大きくはなってるけど、器の方は綺麗に澄んでるし問題ないね」



 数ヶ月に一度はこうして竜の様子を天狗に確認して貰っているが、毎度毎度カシロウの心は複雑である。


 竜の成長は、ともに育つ我が子の成長と同義。ヨウジロウも竜も健やかに育つのは良い事なのだが、いつか敵として立つかも知れないカシロウはどうしても憂いてしまうのだ。



「良し、ヨウジロウさんはお仕舞い。で、もいっこお願いしても良い?」


「なんなりとでござる」


「良い酒もあるし焼き魚が食べたいの。川魚を調達して来てくれないかい?」


「焼き魚? 三人の夕食でござるか?」


「そう、晩ご飯。余ったら干物にするから多く取って来てくれても良いよ」


「承知でござる!」


 そう言ったヨウジロウは手ぶらのままで家を飛び出した。

 恐らくは昨日の様に神力の矢を投げて魚を取るつもりなのだろうが、カシロウは川から魚が居なくならないかを僅かに心配した。





「そろそろかい?」


「ええ。これ以上は私の成長は難しいでしょうし、そろそろヨウジロウに街の暮らしもさせておきたいですから」


「どれ。ヤマオさんの鷹も見せてごらん」


 カシロウもヨウジロウと同じ様に、天狗に背を向けて腰を下ろした。


「ヤマオさんの器も普通の人よりずっと大きいけど、確かに鷹がもう窮屈そうになって来てるね」



 天狗が掌で作った輪を覗き、そんな事を言いながら、ふふっと少し笑った。


「相変わらずですか?」


「相変わらずだねぇ。なんでこの鷹だけはこっちを睨むんだろ。ホント面白いヤツだなぁ」



 カシロウには、実は思い当たる節がある。


 あるが、これはまだ誰にも内緒にしている。




()()()、使いこなせる様になって良かったね」


(ようや)く、と言った所ですが、あれならば成長した陽士郎とでもなんとか戦える力ですから」




 ヨウジロウはここに来て割りとすぐ、天狗の様に宿り神を具現化する事は未だできないながらも、一年ほどの訓練で竜の神力を扱える様にはなった。


 それに対しカシロウは十年間、鷹の存在を感じられても全く扱えなかった。


 いくら願っても、呼び掛けても、カシロウの求めに鷹は応えなかった。


 さすがのカシロウもこれは凹んだ。


 それでも黙々と、淡々と、神力の訓練と剣の修行に明け暮れたカシロウは、剣術の腕()()が上がり続けた。



 丸十年が過ぎた一昨年の事、遂にカシロウは鷹の力に見切りをつけた。



 剣のみでもヨウジロウを止めてみせるという覚悟を持ち、天狗に訓練の終了を願い出たカシロウに対し、天狗はどうせ諦めるなら、と一発勝負の訓練を提案し、カシロウはそれを実際にやった。



 ――高さ五十間(100m弱)もあろうかと言う崖から、突き落とされたのである。



「いやぁ、あんな馬鹿みたいな事で発現するとはねぇ、自分で言い出した事とは言え、笑っちゃうよねぇ」



 あはははっ、と相変わらず軽く天狗は笑うが、あの日の事を思い出す度、カシロウは頬が引きつってしまう。



 カシロウはあの日、走馬灯を見た。



 ヨウジロウが生まれた日のこと、下天へと出世した日のこと、ユーコーと夫婦になった日のこと、幼かった日のこと、前世で死んだ時のこと、旧主を失った時のこと、旧主から二本の和泉守兼定(かねさだ)を賜った日のこと、旧主から初めて声を掛けて貰った日のこと、旧主に仕えた日のこと、旧主を初めて目にした時のこと――



 その時、カシロウの鷹は、カシロウの求めに答えた。



 崖から突き落とされたカシロウは頭を下にして、涙を上空に置き去りにしながら、鷹の力に目覚めた。



 不意に落下に対して負荷、減速を感じ、背に目をやって自分に羽が生えていると誤認した。


 カシロウの背後、いきなり具現化した鷹が大きく羽を広げ、カシロウの体をぶら下げて滑空していく。



 フワリと地に降り立ったカシロウの目前に、鷹も羽を一打ちして降り立った。


 カシロウは涙を拭いもせずに鷹を見つめ、そして全てを悟り、いくつかの言葉を投げ、膝を折って手を地につけ、深々と頭を下げた。






「あの時、ちゃんと僕は崖下に移動して受け止める予定だったんだから。ホントだよ?」


「ええ、承知しております」


「なら良いんだ。ところであの時、鷹に何を話しかけてたんだい?」



「詫びです。長らく無沙汰を致しましたから」



ちょっと書き溜めが頼りなくなってきました。

でも追いつかれるまでは毎日更新でできるだけ進めたいと思います。

お付き合いよろしくお願い致します。

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