幕間1「前世のカシロウ」
山尾甲士郎は天文十九年、美濃のそれなりに裕福な農家の次男として生まれた。
長じるとともに、次男ゆえ父祖の田畑を継げぬ事を理解し、己の生きる術を求めて勉学も武術も真剣に打ち込み、そしてある出会いを経てからは武術、特に剣術に傾倒していった。
その出会いとは、彼が十を少し過ぎた頃の事。
ある高名な兵法家に教えを受けた男が、自国へ戻る際、山尾家にしばし逗留した。
京を東に越えて、男が何故美濃まで足を伸ばしたのかは定かではないが、僅かな期間ながらその兵法家に甲士郎は師事した。
その際、甲士郎に剣の才を見出した兵法家は、またの上洛の際には美濃まで足を伸ばす事を約し、西国へと戻った。
そして、甲士郎が十五を少し過ぎた頃、再びやってきた兵法家に教えを乞い、彼のいない五年の独学による研鑽を披露し、その腕を讃えられた。
美濃のお城に新たにやってきた武将、彼を一目見た時から、山尾甲士郎はこの人に仕えると心に決めた。
父母に、剣で武功を上げてみせると誓い、その武将にも許され、甲士郎は一心不乱に槍を、剣を、振るった。
馬には乗ったことが無かったため、いつまでも徒士ではあったが、時は戦国時代、活躍の場には事欠かなかった。
主は巧みな槍巧者で、武芸に長けた者を気に入る性質。戦場で幾度も功績を上げた甲士郎は、主から二本の和泉守兼定を賜った。
破格の褒賞である。
甲士郎はさらに励み、主の為に生き、死ぬと、心に決めた。
が。
甲士郎が二十歳になった年、最後の戦を迎えた。
それは旧主が仕えた男を守る為には譲れない、一千対三万の、勝ち目のない戦さ。
主も、甲士郎も、死力を尽くし戦ったが――
――鬱蒼と茂る森の中、はぁはぁと荒い息を吐き、つんのめる様に甲士郎は大地に転がった。
木々に隠れ、甲士郎はズタズタになった鎧を脱ぎ捨てて正座し、荒い呼吸を鎮める為に目を閉じた。
「…………はぁ、はぁ、はぁ、……ぐすっ、はぁ、ふぅ、ふぅ、……ふー、ふー」
呼吸の落ち着いて来た甲士郎は目を開き、ゆっくりと腰の刀を抜き払って刃を見つめる。
「殿から頂いたこの兼定……、お役に立てられず……、誠に……」
両の瞳から堰を切ったように涙を流し、そう呟いた。
僅かの間そのまま、涙に濡れた瞳で刃を見つめていたが、彼の耳は軍馬の嗎を遠くに聞いた。
「殿の働きによりあの方も首の皮を繋いだ事でしょう。兼定と共にこの山尾甲士郎が、殿の黄泉路へとお付き合い致します。しばしあの世でお待ち下さいませ!」
甲士郎は自らの腹に突き入れた刃を、微動だにせぬ表情のままで真一文字に横へ引いた。
「…………殿、お命……お守りできませんで……、……ま、誠に…………」
そこで意識は途切れ、次に目を開いた時には魔王城上空、魔王リストル即位式の真っ只中であった。
今話から二章スタートとなります。
どうぞ宜しくお願いします。
 




