20「宿り神、白虎」
「いやぁ、里長のせいで脱線しちゃったねぇ」
発端は間違いなく天狗だと思ったが、どうやら先ほどのやり取りを天狗も里長もあれはあれで楽しんでやっている様子なので、敢えてカシロウは何も言わなかった。
「ところで天狗どの、貴方は転生者ですか?」
「え? どうして?」
「私と同郷なのでは、と思いましたので」
ポンと手を叩いた天狗が言う。
「なるほど。この格好にこの庭だもんね。そりゃそう思うよねぇ」
天狗は特に『鼻が高い』などという事はなく、顔や背丈は『越後の縮緬問屋の御隠居(二代目)』によく似ていたが、装いはあんな派手な黄色ではなく、小洒落た紺鼠が『剣客の商い』っぽい名前のドラマで今は亡き藤田何某が演じた主役に良く似た装い。
しかし、そんな事はカシロウの知るところではない。
「ええ。私と同郷の先達がそれなりにいるという事で着物もそれなりに見掛けますが、庭園の事などお詳しそうだったものですから」
「まぁ、そうだね。でも僕はヤマオさんと同郷じゃないよ。僕は確かにこの世界生まれさ」
間違いなく同郷だと思っていたカシロウは驚いた。
「まぁ、僕には秘密と不思議がたくさんだから。追々分かってく事もあるだろうし、今はさっきの続きをやろう」
天狗が不意に、パンっと掌を叩き、吹き飛んだ築山へ掌を向けた。
「今のを見て、どう思う?」
豪快に先程のやり直しを天狗が始めた。
唐突だったので戸惑いを隠せないながらも、カシロウもそれに続いた。
「魔術……ですか? 風と火の魔術を合わせれば『爆発』の魔術になると聞いた事が……」
「なるね。でもこれは根本的に魔術じゃあない。これは僕の――、僕に憑いた宿り神『白虎』の力さ」
ビャッコ――、とカシロウが呟いた。
「そう、白い虎と書いて白虎。ヤマオさんに憑いてるのは『鷹』だね」
「鷹? 私に? 憑いてる?」
カシロウは話題が急に自分に振られて驚いた。
自分には魔術も全く使えぬし、こう言った『不思議な力』の話題で引き合いに出されるとは思いもしなかったのだ。
「そう言えば先程、私の事を『鷹のお侍さん』と呼ばれましたな」
「そうそう。ヤマオさんが起きてすぐにね。お名前伺う前だったから」
カシロウは首を捻りながら、「鷹に虎――、鷹? 私に鷹?」と呟いた。
(鷹は前の世界でも何度も見た。虎は本物は見た事がない――、あ、いや虎の獣人にはこちらで会った事があるな)
「ちょっと長くなるから中へ入ろう。体に障っちゃう」
縁側から元の和室へ戻り、カシロウは腰までを布団に入れて座り、ヨウジロウを腿の上に座らせた。
「これも羽織ると良いよ」
天狗が再び箪笥から半纏を引っ張り出し、カシロウの背へと羽織らせた。
「すみません、ありがとうございます」
布団の横に、どっこいしょと天狗が腰を下ろし、んー、と目蓋の裏を覗くように何かを考え始めた。
「あぁ、そうそう。鷹のお侍さんの所まで話したんだっけ」
天狗の話は、長かった。
いちいち脱線するから。
要約すると次のような事だった。
「この世界のありとあらゆる、魔人や獣人も亜人も含めて、人の魂には神が宿っている。
僕が宿り神と名付けた彼らもまた、ありとあらゆる生き物の姿をとるようだね。
人の魂にはそれぞれ器があって、その器の大きさに見合った宿り神が憑くんだ。
宿り神たちは、宿主の魂と共に生き、共に育ち、宿主の魂の成長と共に神の力を少しずつ増していく。
しかし、宿り神は共には死なない。
彼らは宿主の死と共にその魂から離れ、再び新たな魂へと宿る。
ただし、宿主の魂が仮に一から十に成長したとしても、宿り神の力はせいぜい百から百一へと成長する程度が普通らしい。
何十何百もの宿主を渡り歩き、相当数の年月を経て、神の卵から神へと成長するみたい。
その条件の中、生まれつき強い宿り神が憑いてるケースがある。
分かる?
そう、二周目の魂を持つ転生者がそうなんだ。転生者の魂は生まれたてでもう十に育ってるから。
当然例外はあるけどね。なんの理由もなく器の大きい人もいるから。
ここまで何か質問ある?」
天狗の話はカシロウらが知る一般的な物事ではない事だけは、カシロウにも判る。
「その、宿り神という神、ですか、それが誰の魂にも宿っており、私の場合、それが鷹の姿だと、そういう訳ですか?」
「そう。その通りだね」
カシロウの質問に天狗が簡単に答えた。
「宿り神たちは全て、何かの生き物の形をしているようだね。少なくとも僕はそれしか見た事がないよ」
「見た事? 天狗殿にはそれが見えるのですか?」
「そりゃぁ見えるさ。僕のならヤマオさんも見られるよ。見る?」
天狗を疑う気持ちはカシロウにはない。
ないが、どうしてもやや疑わしい。
先程の築山を吹き飛ばした力も魔術を使えばどうとでもなる。
宿り神を目にすれば全て信じられるという訳ではないが、信じる一助になるだろう。
「是非に」
「オッケー」
この『軽さ』も疑わしい要因の一つではあるのだが、天狗の素の様なので、これについてはとやかく言うのは憚られた。
「出といで、白虎」
特に力む事なく、天狗がそう呟いたと共に――
畳に正座する天狗の背後、ジワリと空間が滲む様に、ぼんやりとではあるが徐々に像が姿を結ぶ。
「これが僕の宿り神、白虎だよ」
圧倒されるカシロウ。
キャッキャと手を叩いて喜ぶヨウジロウ。
小柄な天狗であれば、跨って乗れそうなほどの大きさ。
息遣いさえ聞こえてきそうなほどの迫力。
今にも吠えて飛びかかられそうなほどだった。
「……触っても?」
「ごめん、それは無理」
昨日はブクマが8→11と3つも増えました。1.375倍!凄い!
この倍率で行けば十日後には……凄い!




