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17「唸る刃」


「そこの山賊ども、待てぃ!」



 大声が鳴り響いたが、一切待たなかった者がいた。




「ぴぎゃぁぁぁぁぁああああ!」



 火がついたように突然猛烈に泣き始めたヨウジロウ、その声とともにヴォーグの体が宙に浮いた。



 カシロウの左肩に噛み付いた首から上は肩に残したままで。



 カシロウの脚の付け根に立ち、カシロウの右肩と左脇から腕を背に回す姿勢で噛み付いていたお陰で、ヴォーグの胴はヨウジロウの体から幾らか離れていた。



 その隙間、およそ一尺(大体30cm)



 ヨウジロウの刃が、ヴォーグの右肩から左脇にかけて、ちょうど袈裟に斬る形で正面から斬り飛ばしたのだ。


「…………あ? …………え?」



 一体何が起こったのか、斬られたヴォーグは恐らく分かっていないだろう。



 しかしカシロウは、その薄れ行く意識でハッキリと見た。


 自分に噛み付いた頭、しがみついた左腕、その二つを()()()フワリと離れていくヴォーグを。


 離れたヴォーグの胸から下を、さらにヨウジロウの刃が唸り襲う(さま)、腕を、胸を、脚を、腹を、至る所を斬り付けて斬り分ける様を。



 さらにカシロウの体から、残された頭と左腕がずるりと離れてゆく。



 カシロウにとってその様は、余りにも痛ましく、その表情は、同じ剣士としてあまりにも惨たらしかった。




 カシロウとヨウジロウが大量の返り血を浴びた時、ドサドサと、細切れになったヴォーグが地に落ちた。




「ヴォーーーグ!!」



 山賊親分が大声で叫び、



「……あちゃぁ」



 待てぃ、と叫んだ謎の声の主が額を叩いて嘆息した。




「お、おお、おおおおぼえてやがれ! このクソちょんまげ野郎!」



 山賊親分の捨て台詞を、カシロウは意識のどこか遠くで聞いた。


 そしてもう、自分の体を支えていられない。



 前のめりに倒れ行く体を、謎の声の主が抱き留めた。




「…………ふぅ。やれやれ」







● ● ●



 薄明るさの中、カシロウはゆっくりと目を開いた。


 見覚えのない木目調の目透かし天井、使い込まれてはいるが綺麗な布団、そして何よりその部屋は、床は畳敷きに周囲は障子と(ふすま)


 障子を通した柔らかな陽の光で目を覚ます事など、こちらの世界では(つい)ぞ無かった事だ。



 体を起こして辺りを見渡すカシロウ。



 ビショップ倶楽部の客間かと思ったが、どうやら違う。


 もっとこう、質素な雰囲気を感じさせた。



 その障子が一枚、スラリと開いて一人の老爺が顔を見せた。


「おぅ、起きなさったか()()()()()()


 老爺はそう言うと、よっこいせと呟きながらカシロウが座る布団の横へ腰を下ろした。



「鷹の……? …………ヨウジロウ……息子は!?」



 うんうんと鷹揚(おうよう)に頷いた老爺は、カシロウへ掌を広げてみせて口を開く。



「大丈夫。息子さん――ヨウジロウさんか、里長(さとおさ)の娘さんにお乳貰ってスヤスヤ寝てるよ」



 老爺が障子の向こうを指差してそう答え、その返事を聞いてようやく人心地ついたカシロウ。

 布団から浮かせた腰を再び落として、ホッと息をついた。



 老爺は穏やかな表情を崩さずニコニコとカシロウを見詰めている。



「あ、これは失礼しました。私は山尾・甲士郎(ヤマオ・カシロウ)と申します」


「かなって思ってた。有名人だもの」


 老爺はカシロウの頭頂部を指差してニッと歯を見せた。


「ホントにチョンマゲなんだねぇ」



 老爺の装いは、カシロウやウナバラと同じ和装。



 色はカシロウの普段着・浅葱(あさぎ)に対して渋めの紺鼠(こんねず)

 頭髪はちょんまげではないが、頭頂部はカシロウと同じく月代(さかやき)が――



「違う違う。僕のここは月代(さかやき)じゃあないよ。これはただのハゲだもの」


「実は私も……。こちらで産まれてからは何故か一向に生えませぬ」


 老爺が二度三度と、カシロウの顔と頭に視線を動かした。


「なんだそうなの。ならちょんまげは良いアイデアだよねぇ」




 カシロウは居住まいを正し、布団の上で正座をする。


御仁(ごじん)が私たち親子を助けて頂いたものとお見受け致しました。この度は誠にありがとうございます」


 カシロウは深々と頭を下げる。



「まあさ、頭を上げなさいよヤマオさん。実際のところ、山賊どもは僕が追っ払った訳でもないしね」


「例えそうでも、あの場から私たち親子を運んで頂けなければ今頃は……、やはり御仁は命の恩人でございます」


 より一層に恐れ入るカシロウの頭を、老爺は指でツンツンと(つつ)く。



「そんな事は大した事じゃあない。僕の山で困った人を助けるのは当然なのよ。そんな事より――」


 老爺の話を聞いたカシロウが、ガバリと体を起こした。



「いま何と仰いました!? 僕の山と仰いませんでしたか!?」


「え? いや、確かにそう言ったけど……、え? なに、もしかして勝手に占拠してるから国が……」


 老爺はカシロウが魔王国の運営を行う立場であるのを思い出し、「国税」という名の現実的な問題に直面したかと戸惑っていると、突然カシロウに早い動きで両腕を掴まれた。



「……御仁……、貴方はまさか……」


「やっぱり……、ヤマオさん、あんたは国の指図で……」


「貴方はまさか、天狗と呼ばれる方では!?」


「……如何にも、確かに僕はここを不法占拠……」





「え?」


「え?」




 落ち着いて二人は改めてお互いに自己紹介する事にした。



 カシロウは再び名乗り、魔王国ディンバラ十天の序列十位、我が子ヨウジロウが不思議な力を使うため、転生者に詳しいと言う天狗と呼ばれる者を探していることを伝えた。



 対して老爺、あっけらかんと、



「あそう、僕も天狗と呼ばれてるけど、たぶん僕の事だろうね。ビショップ倶楽部の男の子のこと覚えてるし」

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