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16「痛くない」


 呂律の怪しい山賊親分が声高にそう言い、両手に清らかな光を集め始めたその時、



「……ひっ……、ひっ、……ひぃぃぃ……」



 ヨウジロウが大きく息を吸い込み、



「……ぴぎゃぁぁぁぁぁああ!」



 大声で泣き始めた。



 山賊共が、突然響いた赤児の泣き声に戸惑うのと同時、ヨウジロウの刃が止めどなくカシロウを襲い始めた。



「ぬぁありゃぁぁぁ!」



 一つ二つ……五つ六つ……十、十一、十二……、


 もはやカシロウには、山賊に構っている余裕なぞない。


 二刀を振り、立て続けに叩き斬るが、三つ四つと同時に襲いくる刃にはどうしようもない。

 自らの体も盾に使い、ヨウジロウのその身を守るカシロウ。



「ぬぐぅ!」


 防ぎきれぬと判断したカシロウはクルリと背を向け、その背にヨウジロウの刃が豪快に突き刺さり、これまた豪快に血が吹き散った。



「何をぼんやり見てやがる! 今だ! お前らも行け!」



 言いつつ山賊親分が再び、ドゥンと音を立てて火の玉をカシロウの背を目掛けて放つ。



「……ぅぅぅ、…………ぅうう痛くない!」



 ダラリと下げた大刀を、カシロウは振り向きざまに振り上げ、火の玉を真っ二つに斬り分けた。


 先ほどとは異なり、分かれた火の玉はカシロウ父子を避ける様に飛んでそのまま地面で爆ぜた。



「畜生! 捌きやがった!」



 痛くないと宣ったカシロウ、これは間違いなく強がりだが、その身でがっつり受けて分かったことがあった。



 ヨウジロウの刃は鋭いが、思っていた以上に脆い。



 筋肉で弾くのはとてもじゃないが、肉を裂かれた一瞬で、()()()()()()()()()すれば、その脆い刃を砕く事が可能な事にカシロウは気付いたのだ。



 斬られたカシロウは当然痛いが、反応さえ出来れば筋肉の内側、内臓や骨に達する事はない。



「ヴォーグ! 何のんびりしてやがる、やっちまえ!」



 山賊親分の慌てた声を受け、先程の落雷の様な剣を使う、ヴォーグと呼ばれた狼男が進み出る。


 入れ替わりに山賊親分が数歩下がり、ヴォーグがカシロウと相対し、スゥッとその右手に握る剣を掲げ上げた。


 対してカシロウ、左手の兼定(二尺)を鞘に納め、右手の兼定(二尺二寸)を正眼(中段)に構えた。



 両者の距離、およそ一間半(いっけんはん)(≒2.7m)。

 各々の間合いよりまだ遠い。


 爪先の力でにじり寄り、その距離をジリジリと詰める両者。

 そしてその距離が両者の間合いへと縮まるその時、ヨウジロウから三つの刃、山賊親分から火の玉が飛んだ。



 そのどちらもが目指すのは、非常に残念ではあるが、おかしな頭髪の方、カシロウであった。


 ヴォーグと相対するために脇差を納めたカシロウには、全ての攻撃に対応するのは難しいように思えたが、特に気負う事なくカシロウは、後ろに大きく跳び下がった。



 そして、地に降りるとともに振り向いて――



「わははははは! 油断したなお主ら!」



 そのまま笑いながら駆け出した。



 ヴォーグはまたしても一瞬、一体何が起こったとポカンとしたが、山賊親分がヴォーグの尻を叩いた。


「追えヴォーグ! お前なら追いつける!」

「合点でさ!」




 完全に日が落ち、辺りは月明かりがあるものの相当に暗い。

 

 カシロウはこの時を待っていた。


 日が落ち、山賊親分と狼の獣人ヴォーグが一方に固まる時を。




 途中幾度か方向を変え、時に藪を潜りつつ走り、少しでも目立たない様に兼定も鞘に納めた。

 ヨウジロウも疲れ果てたのか、あの刃が襲い来る量も減り、カシロウは森の木を利用しながら避ける様に駆けた。



 しかし漸く狙い通りに駆け出したのは良いものの、ヨウジロウのビェェビェェと泣く声が止まぬ限りは敵を()けそうにない。


 駆けながらカシロウは、祈るような気持ちでヨウジロウの耳元で囁いた。


「腹が減ったろうが、もう暫く辛抱してくれよ。もう少しでご飯だ。それで、落ち着いたらお母さんのとこに早く戻ろうな」



 カシロウの想いが届いたのか、母の事を思い出したのか、ヨウジロウの鳴き声は徐々に小さくなり、すっかり大人しくなった。



 カシロウはよほど嬉しかったのか、少し涙目で駆け続けたが、体力はすでに雀の涙、ガクリと膝を折り地に手をついた。



(まだ幾らも離れていない。すぐに立て、走れ)



 震える掌を見つめ、笑う膝に力を込めて立ち上がる。

 不意に視線を感じ、胸に抱えたヨウジロウを覗き込むと、真っ直ぐに自分を見つめる瞳にぶち当たった。



 そして、父の顔を見つめ、ヨウジロウがニコリと微笑んだ。




「任せておけ。父はこんな事でへこたれんさ」



 ヨウジロウへ向けて微笑み、カシロウは再び、力強く駆け出した。





 そこへ――




「ヒャッハーー!」



 奇矯な雄叫びを上げつつヴォーグが頭上から降ってきた。



 あの落雷の様な鋭く強い剣に、さらに落下の速度を加えた異常な程の一撃。



 しかし、落下しているが故に至極単純な攻撃。



 カシロウは左足を引いて軽く腰を落とし、兼定(二尺二寸)の柄に右手をフワリと添える。



 ヴォーグの剣が振り下ろされたその時、共にカシロウも抜刀、伸び上がる様に兼定を振り抜いた。




 パキィンと甲高い音を立てて、ヴォーグの剣が根元を少し残して折れ飛んだ。



 カシロウは即座に刀の峰を返し、地に降り立ったヴォーグを打ち据えるべく刀を振り下ろそうとしたが、疲労ゆえか僅かに遅い。


 一切の躊躇いなく、折れた剣を捨てたヴォーグの方が明らかに速かった。



「ぬぐぁ!」



 降り立った勢いのままに(たわ)んだ体が発条(バネ)の様に伸び跳ねる、そのままその鋭い爪が、カシロウの右肘の辺りを浅く裂いた。



「ぬぅぐぁぁぁあ!」



 さらに焼ける様な痛みが走る。


 蹈鞴(たたら)を踏んだカシロウの左肩に、ガパァっと開いたヴォーグの顎が(かぶ)り付いたのだ。



「がはははは! 油断したなチョンマゲ! ヴォーグはただの剣士じゃぁないんでぇ!」



 追いついて来たらしい山賊親分が声高にそう言った。


 確かにカシロウはあの落雷の様な上段振り下ろし、あの剣だけに気を()きすぎた。


 その鋭い爪に、その恐ろしい牙に、意識を割かなかったカシロウの油断であった。




 (くび)を狙われたが、幸い体を捻り肩を犠牲にする事で急所は逃れた。


 とは言えギリギリと喰い込むヴォーグの牙がカシロウの肩を締め上げる。



「……が、がは、……ぐ、が……」



 ただでさえ血が足りていなかったカシロウ、肩からさらに血が失われ、その顔色は紙の様に白く、遂には意識が朦朧となる。





 すでに痛みを感じる事さえ無くなったカシロウは思う。


 振り絞るべき最後の力ももうすっからかん、こんな訳の分からん連中が最後の相手とは、前世の最期とは比べようもなく馬鹿みたいだな、と。



 ヨウジロウに、ユーコーに、すまんと心で謝ったその時――



「そこの山賊ども、待てぃ!」



 大声が鳴り響いた。





 が、一切待たなかった者がいた。




「ぴぎゃぁぁぁぁぁああああ!」



 ヨウジロウだ。

 

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