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14「天狗山山中にて」


 ヨウジロウの刃が降り注ぐ様になって丸二日、カシロウはなんとか大きなダメージは受けずに切り抜けている。


 しかし、どうにも不味い、とカシロウは考えていた。


(何故ヨウジロウは自分の体にさえ刃を向けるのだ)


 カシロウの疑問ももっともで、何度かに一度ほどは明らかにヨウジロウに当たる刃がある。

 当然それもカシロウが叩き落とす訳だが、これがキツい。


 自分の体に向かう刃ならば、刀が間に合わなかったとしても、ギリギリまで引き付けて最小のダメージで(かわ)すという選択肢もあるが、ヨウジロウに向かう刃ではそうは行かない。


 毛ほどの傷も付けたくない。


 なので必然、ヨウジロウへ向かう刃だけは余裕を持って対処せざるを得ない。


 ヨウジロウの刃は、ヨウジロウの体からおよそ一尺(30.3cm)程度の所に突然現れ、一旦遠ざかってから向きを変えてカシロウへと飛んでくる。


 対してカシロウの兼定は刃渡り二尺二寸(66cm強)に加えて脇差にしては長めの二尺(60cm強)の二刀。反応さえ出来れば出現と共に叩き斬れる。



 カシロウは駆けながらも、ヨウジロウの刃に集中する。


 ヨウジロウから一尺、不意に現れた刃が弧を描いて僅かに距離を取る一瞬で判断し、ヨウジロウへ向かう刃のみ即座に叩き斬る。


 当然その他の、自分へ向かう多くの刃は後回し、どうしても若干反応が遅れてしまう。


 為に、頬を裂かれた最初の一撃が今までで一番ザックリやられた物ではあるが、小さな傷は既に、全身至るところに刻まれていた。





● ● ●



 そして七日目の昼過ぎ、カシロウは酷く疲れていたが、どうやらヨウジロウも疲れたのか、はたまた父の事を信用したのか、ヨウジロウの刃は今までよりも散発的になっていた。


 カシロウは今朝の夜明け頃から街道を()れ、今はやや勾配を登る道を駆けている。


 天狗山の麓に辿り着いたのだ。


 カシロウは胸の中でウトウトと微睡(まどろ)み始めたヨウジロウに手早く粥を与え、その残りを啜り切る。


 しかし全く足りない。


 腹が減った、眠い、身体中が痛い、疲れた、カシロウは頭の中で繰り返しそう愚痴るが、その歩みを止めない。


 止めはしないが、前方を見据えるカシロウはある不安に駆られていた。



(こんな山の中で、天狗に出会えるのか)



 天狗山はそう高い山ではない。


 高くはないが、麓を抜けると森、森を抜けると岩場、ウナバラから聞いた『天狗の里』をその森の中で見つけねばならない。


 生えるに任せた(ひげ)は伸び、自慢の(まげ)もあちこち(ほつ)れが目立つ。

 幸い月代(さかやき)だけは、剃りたてのようにツヤツヤしているが。



「駆け通しで何とか七日でここまで辿り着いた。何としても天狗の里を見つけねば……」




 カシロウの呟きは、空に飛んで消えたかのように、その願いは叶わなかった。



「見、見つからぬ……。昨日から丸二日、森の中を彷徨っているが……見つかる気がせぬ……」



 首都トザシブを出て、九日目の日が暮れ始めた。


 ヨウジロウの刃は森に入ってから精細を欠いている。木々が多いせいで、その刃の何割かは木に当たり砕け散るからだ。


 ただし、カシロウの体力も集中力も限界が近く、その精彩を欠いたヨウジロウの刃でさえも今までのように叩き斬る事は出来ず、なんとか致命傷にならない様に捌く事が精一杯となっていた。



 得てしてそういう時、悪い事は重なるものだ。



「おぅ、そこの変な頭したオマエ。有り金全て出しな」



 風態、言動、どこをどう切り取って見ても山賊である。


 魔人、獣人、人族の混成の様だが、十数人の山賊など普段のカシロウなれば取るに足らない相手ではあるが、疲れ果てている今は、事を荒立てるのは勘弁願いたかった。



 あの竹筒だけを取り出し腰帯に挟み、カシロウは残りの荷物を行李ごと放り投げた。


「金ならくれてやる」


 一味の親分だと思われる男が行李を開き中を覗く。その内容に満足そうに微笑んで、カシロウの方へと向き直った。


「物分かりが良くて助かるぜ」


「それはお互いに良かった。もしお釣りがあるなら教えてくれ。天狗の里はどこだ?」


「いやな、それがオラっちたちも探してんだ。教えてほしいくらいでよ」


「……そうか。それならしょうがない。ではその金を持って立ち去れ」



 山賊共は、立ち去らない。



「天狗の里を襲う算段でこんなとこまで出張ってんだ。この金だけじゃあ割りに合わねぇ。その腰の二刀も寄越しな」


 山賊親分がニヤけた笑みを貼り付けてそう言うが、さすがにそれは、カシロウも応とは言えない。


「聞き入れられぬ」


 そう言ったカシロウは右手で兼定(二尺二寸)を抜き放ち、山賊どもに威圧を飛ばす。


「すでに小遣いくれたんだ。意地張らねぇで、刀くれえ置いてきゃ怪我しなくて済むぜ?」


「刀は侍の命、さらにこの二刀は命にも代え難い」



 山賊たちもそれぞれ得物を手に手に構え、カシロウを包囲する様に散開する。



「大人しくしてりゃあ、命までは取られなかったのによ…………かかれぃ!」



 森のやや開けた所、日没まではまだ少しある夕方、人数は十五人は下らないが二十人には届かない、体力は…………言うに及ばず枯渇寸前。


 カシロウは冷静に状況を確認し、()()()では苦労しそうだと判断しつつ、それでもやはりカシロウは刀の峰を返した。



「掛かってこい。殺しはせぬつもりだが、少なくとも骨の二、三本は覚悟してもらうぞ」



 闇雲に突っ込んでくる山賊どもの得物を()なし、首筋に刀の峰を叩き込む。

 頭上から振り下ろされた剣を兼定でフンワリと受け、左手で相手の手首を極め、投げる一瞬でそのまま手首の骨を折る。


 下っ端と思われる人族の数人を叩き伏せ、ふぅと一息ついたカシロウへ、先程までとは月とスッポン、落雷の様な剣が振り下ろされた。


 ギィンと硬質な音を上げ、なんとか兼定で受け止めて、素早く左の逆手(さかて)でもう一刀の兼定(二尺)を抜き打ったが手応えはなかった。


「お頭ぁ! ありゃ業物ですぜぇ! オレの剣を受けて折れもしねぇなんて!」


「ああ、見てた。絶対に手に入れるぞ!」


 細身の体に割りと整った顔立ちの狼男(・・)と、その真逆、ゴツい体に髭まみれの山賊親分が舌舐めずりでそう言った。



 万全のカシロウなれば、あれほどしっかりと相手の剣を受け止める事などしない。


 こちらの刀が折れるからだ。


 相手の言う通り、折れなかったのはただ、カシロウの刀が兼定だったという一点のみ。


 左手の兼定(二尺)を順手に持ち替え、カシロウは自らに言い聞かせる。



 例え疲れ果てていようと、胸を張れ、正しく剣を振れ。私には守るべきものがある、と。




 そうは言うものの、最初に数人倒してからは相手の数が減らない。


 中堅どころの連携が思ったより良い事に加え、先程の落雷の様な剣、それに山賊親分の飛礫(つぶて)、この二つが折り良く割って入る為に、思うようには叩く事が出来なかった。


 ヘロヘロのカシロウは、それでも自分に鞭打って戦っていた。


 その時、不意に、胸に抱えたヨウジロウから一尺の距離、(きらめ)くあの、ヨウジロウの刃が現れて弧を描いた。



今日から1話のみの予定となります。

一応、朝に投稿予定でやってこ思います。

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