13「ヨウジロウの刃」
「そういう事でございまして……、誠に申し訳ありませぬが、少し暇を頂きたいのです」
カシロウは額が床に着くほどに頭を下げながらそう言った。
主君、リストル・ディンバラに向かって。
「ふぅむ、経緯は分かった。フミリエ母さまがお怪我なされた理由もな」
リストルはカシロウから為された説明を真剣に聞き入り、そして聞き疲れ、浮かしていた腰を玉座に下ろしてそう言った。
「それで? その『四十年前の爺さま』とはどこに住まわれているのだ?」
そのリストルの問いに答えたのは、同席していたウナバラ・ユウゾウ。
「当時俺と母が聞いたのは、ここディンバラの首都トザシブから北へ十日ほどの天狗山に住んでいると」
「なに、テング山だと?」
「ご存知ですか?」
「馬鹿にするなよユウゾウ。余を誰だと思っておる。余はな、実はこう見えてもな、この国で魔王やってるんだよ」
エヘンと胸を張ってみせるリストル。
今年四十になったウナバラより三つ上のリストル、歳の近いウナバラやトミーオと話す時にはこうやって剽げて見せる事も多い。
そんなリストルをカシロウは慕っている。当然、変なイミでなく、主君として、上司として、人として、である。
カシロウには面識はないが、先代の魔王ビスツグ・ディンバラは非凡であり、今代の魔王リストル・ディンバラは非才である、というのが専らの風潮だという。
しかしカシロウはそうは思わない。
先々代では数度、先代では二度の戦争があったそうだが、今代では一度も戦争がない。
前世での戦で当時の主君と共に前線で戦い、そしてその主君を守り切れなかったカシロウは切に思う。
やはり平和が一番だと。
よって戦争をしない、今代の魔王こそ、自分が戴くべき主君である、と。
「テング山と言えばな、テングが棲むと昔から言われておる」
「……天狗、でございますか?」
前の世界で聴き慣れた言葉を聞き、訝しげな顔をウナバラに向けたカシロウ。
「そうなんだよ。何でか知らねぇがその爺さま、天狗って呼ばれてるらしんだわ」
「お前ら二人とも知ってるのか? じゃ教えてくれ。テングってなんなん?」
カシロウがヨウジロウを胸に抱いて北を目指しているのには、そう言った訳があった。
そして話は冒頭に戻る。
● ● ●
ヨウジロウの眠りが最も深いであろう深夜、木の根元に腰を下ろしてもたれ掛かり、カシロウは目を閉じた。
斬り裂かれた頬に指で触れてみると、どうやら血は止まった様だった。
夜が明ければトザシブを出て五日目、天狗山までは普通に歩いて凡そ十日ほどだが、途中からは駆け通しで来た。
このペースなら恐らく三日は短縮できるだろうから、今日を入れてあと三日程でテング山に辿り着けるかとカシロウは考え、そして深い溜息をついた。
「……三日……。保つのか……私は……」
そう呟いたカシロウだったが、目を閉じたまま口の端を少し持ち上げ微笑んだ。
「保つかどうかじゃない。やるんだ。やらなきゃならんのだ」
カシロウは夜も明けぬうちに動き出し、干した米をボリボリと噛みながら歩を進め、そして空が白み始めた頃、遂に、ヨウジロウが目を覚ました。
ヨウジロウが寝惚けてムニャムニャ言っている隙に、背に負った小さめの行李からウナバラが用意してくれた竹筒を取り出し、中からコロンと氷の様なものを一つ取り出した。
それを木の椀に移した途端、氷は即座に溶け、あっという間に温い粥へと姿を変えた。
「何度見ても意味が解らんが……。しかしユウゾウさんのお陰でなんとか飯も食わしてやれる」
カシロウは匙で掬ってヨウジロウの口へ、少しずつ粥を入れる。
寝惚けながらもムグムグとヨウジロウが嚥下する。
ヨウジロウは粥を半分ほど飲み込んだところで、ヒッ、ヒッ、と息を吸い込み始めた。
椀に残った粥を一息に飲み込んだカシロウは、素早く椀を仕舞い、同時に二刀を抜き放ち駆け出した。
「兼定、今日も付き合ってくれ!」
「びゃぁぁあああああ!」
今日も今日とて元気にカシロウを襲うヨウジロウの刃。
「ふん! 甘いぞヨウジロウ! 私がこの二本の兼定を振るう限り! 負ける事は有り得ぬ!」
カシロウは街道を駆けている。
街道とは言え、首都トザシブから魔王国最北地の街からも離れた所なので人通りはそう多くない。
しかし、誰もいない訳ではない。
後日、一人で奇声を放ちながら二刀を振り回す侍が北の地へと駆け抜けたという噂が実しやかに流れ、カシロウの関係者は皆一様に赤面したが、カシロウは誰よりも赤面したという。
しかしその話題はまたいつか語る事もあるだろうから、ここでは割愛させて頂く。
明日からは1日1話更新です!
よろしくお願い致します!
 




