終「そして再び」
ヤマオ親子は翌朝、槌音響く魔王の間へと参内した。
「やっぱ石造りにした方が良いんだけどよ。とりあえず仮で木造の壁だ」
「それが良いでしょうね。石の加工は時が掛かりますから」
魔王の間にはウナバラたち主だったもの皆が居た。
中でも驚いたのは、ブンクァブに居た筈のヴェラとトミーオの二人も居たこと。
「昨夜着いたのよぉ。私ぃも見たかったわぁ、ヨウジロウちゃんの竜ぅ」
「ワテクシ……、こないだからあっちこっち行くだけで何にもしてないでヤンスよ」
二人は数日前からヴェラの七軍と共にブンクァブを出て、たまたま昨日の騒動の後に着いたらしい。
またしても出番のなかったトミーオは心の底から悔しがっているらしかった。
「この度の騒動、誠に申し訳ありませんでした」
「申し訳ないでござる」
ビスツグに対し、正座でぺたりと頭を下げる父と子。
「何を言う! 天狗殿の活躍こそあったがお前たちのお陰――」
顎に包帯を巻いたビスツグの言葉を遮ってカシロウが言う。
「――私は! 亡きリストル様より十二年も賜って我が子を止める為の修業を行いました。にも関わらずのこの体たらく!」
声を荒げた事を詫びるかの様に、再び頭を下げたカシロウが続ける。
「つきましては、リストル様より頂戴したこの十天の十――九位、お返しさせて頂きたい。その上でまた、修業に出たいと考えております」
「それがしも共にでござる!」
「ならん! ならんぞそんな事!」
噛み合わせの悪いらしい顎でビスツグはそう言うが、居並ぶ者どもの思いは様々らしい。
イチロワは既に死んだが、第二第三のイチロワが出るかも知れない。
そして万が一、またヨウジロウを奪われたとしても、もう天狗は居ないのだ。
言い方は悪いが、ヨウジロウをここトザシブから離し、もう奪われないよう修業させる方が現実的なのである。
結局はそれを容れる形でビスツグが折れたが、ビスツグにも譲れないものがあった。
「しかし! 十天の九位ヤマオ・カシロウ・トクホルム、および十位ヨウジロウ・トクホルム、これを辞退する事は認めん!」
「いや、それではしかし――」
「え、それがしはいつの間に十位になったでござ――」
「認めん!」
叫ぶようにそう言ったビスツグは、大きな声が響いたらしく噛み合わせの悪い顎を摩って目に涙を浮かべ、小さな声で続けた。
「……ヨウジロウ、離れても親友であろう?」
「もちろんでござるよ!」
そして大筋でカシロウ達の望みは聞き入れられた。
カシロウとヨウジロウの二人は天狗の里で修業を行う。
ただし、里からほど近いシャカウィブの見回りを兼ねる事となった。
これはカシロウにとって嬉しい事だった。
常日頃から、新婚であるヴェラとリオにもっと時間をとらせてやりたいと思っていた。
カシロウが北の警備を手伝う事により、リオがトザシブに居られる時が増えるのだ。
さらに、昨夜『儂に任せておけ』と言ったタロウから、正式に聖王国アルトロアは魔王国ディンバラと友好条約を結ぶと宣言され、共に神王国や魔獣の森へ対処する事となった。
「わわわ儂らだって離れておっても、しししし親友じゃからな!」
「ああ、当然だ」
これにより、ブンクァブの守りに付いていたヴェラもトザシブに居られる時が増える。
これにはヴェラも手を叩いて喜んで、タロウに抱きついて頬に口付けた。
かつてヴェラに一目惚れしたタロウは当然、顔を真っ赤に茹で上がらせて、バタンと倒れて皆を笑わせた。
そして数日後、早々と支度を整えたカシロウ達は皆に見送られ、荷車を引いてトザシブを後にした。
「今度は母上も一緒で嬉しいでござるな!」
「もう置いていかれるのはこりごりですからね」
メンバーは十二年前より二人増え、カシロウ、ヨウジロウ、ハルに加えてユーコーとオーヤ嬢。
「ま、オーヤ嬢だなんて。私もう人妻ですのよ」
里で挙げるとハルの母が参列できぬため、大急ぎで二人はトザシブで式を挙げた。
オーヤの育ての親である天狗は参列できなかったが、代わりとばかりにハコロクがこっそり参列していた。
オーヤのかつての記憶は未だ戻らないが、オーヤもハコロクに対してなんとなく近しい気持ちを持っており、参列してくれた事は素直に嬉しかったらしい。
「けどどうして天狗様は、柿渋男だったハコロクさんをビスツグ様の護衛につけたんでござろうな?」
そう、それはカシロウも考えていた。
しかしあの天狗のこと、深い考えがあったのかも知れないし、浅い考えすらなかったのかも知れない。
「何故だろうな。案外と『面白そうだったから』、なんて言いそうだしなぁ」
「言いそうでござるなぁ」
● ● ●
ヨウジロウがもうすぐ十四になろうかという頃、天狗の里の里長邸に来客があった。
天影十席のディエスに連れられた、おかしな頭髪をした三人組と、赤児を抱いた色っぽい魔人族の女。
おかしな頭髪とは、カシロウの髷と似たようで似ていない、頭の真ん中を剃った大男と、左右それぞれを剃った細身の男が二人。
ディエスはその者らを里長に預け、ヤマオ邸へと駆けた。
かつて幾度もここを訪れたディエスは勝手知ったるものである。
ヤマオ邸に隣接する道場を覗き、折り良く木剣による稽古中だったカシロウ、ヨウジロウ、ハル。
しばしそれを眺めたディエスには分かる。
やはり剣の腕ならまだまだカシロウが上。
そして稽古中の三人を呼び止めて、客を連れて来た旨を告げた。
程なくしてヤマオ一家を連れて戻って里長邸。
里長夫人に案内されて奥の和室に踏み入ったカシロウらを、賑やかな濁声が迎え入れた。
「「「ハル兄貴!」」」
「この馬鹿どもが! 先にカシロウ様だろうが!」
「しかし相変わらずその頭なんだな」
「もうこれじゃなきゃしっくり来ねえんだよぉ」
ハルに諭されたケーブら三人は、遅ればせながらカシロウとヨウジロウに挨拶し、久しぶりの再会を喜んだ。
そしてもう一人。
「久しいなエアラ。その後変わりはないか?」
「ええ、私もあの子も元気にやっておりますよ」
エアラの言葉に、それは良かったとニコリと微笑んだカシロウが続けて言う。
「して、その、天狗殿の子を紹介してくれないか?」
「ええ。きっと驚きますよ……ってあら? 坊はどこへ?」
キョロキョロと辺りを見回すエアラとケーブら。
そうは言ってもそう広い部屋ではない。
ようやく這うようになった程度の赤児を見失う筈もないのだが――
と、その時ドォンという音が響いて、間を置かずに悲鳴が轟いた。
「――ぁぁああ! 私の! 私の庭がまたしてもぉ!」
どうやら里長の声らしいと、カシロウ達も声のした縁側へ踊り出す。
するとそこには、見るも無残な姿の、里長自慢の庭園の成れの果て。
茫然とする一同の中、縁側にチョコンと座り、庭と里長の顔を見てはケラケラと手を叩いて喜ぶ赤児の姿。
「……もしや、あれが天狗殿の……子?」
「……ええ。それがね、あの子ったらついこないだ急に喋り始めてさ。それが――」
エアラの声を遮って、久しぶりに里長の巻き舌が火を噴いた。
「おんどりゃぁぁ! いくら天狗様のお子であっても許さんぞこらぁぁ!」
「――里長、五月蝿い」
そう言ったのは、なんと手を叩いて喜んでいた天狗の子。
それを聞き、カシロウの視線がエアラへ向いた。
「そうなの。あの人ったら、また転生したって言うのよ」
そう言ったエアラの顔は、嬉しくってしょうがないという満面の笑み。
「……て、天狗殿……なのか――?」
「や! ヤマオさん、それにみんな、久しぶりだね。また今生でもよろしくね」
見た目は一歳のどこにでもいそうな赤児。
しかし流暢に喋る言葉遣いは完全に天狗のソレ。
一同は反応に困った様子でそれぞれ顔を見渡すが、カシロウもヨウジロウも、皆が皆、その顔からは喜びが溢れていた。
「天狗殿ぉぉ!」
誰より早く駆け寄ったカシロウが天狗を抱き抱え、その乳臭い、良い匂いのする赤児らしい腹へ顔を埋めて喜んだ。
「なんと可愛いらしいお姿になられて……」
「そりゃ、赤ちゃんだし、僕とエアラの子だからね。可愛いに決まってるよね僕」
天狗の可笑しな言い回しに、一同は笑い声を上げた。
しかし里長だけは、喜びか怒りか悲しみか、どれとも判別の難しい涙で濡れた顔で言う。
「……天狗様のお帰りは大層嬉しいですが、なぜ手前の庭をあの時のように破壊されたのでしょうか?」
「その……、白虎の神力でね、いきなりボカンとやったら面白いかな、って。ごめん、そんな怒ると思わなかったんだ」
天狗の言葉に崩れ落ちた里長の様子がまた可笑しくて、そして再び皆が笑った。
その日、カシロウ達の笑いが絶えることはなかったが、カシロウの涙が止まることもなかった。
● ● ●
天狗が戻った。
もう修業に明け暮れる必要もないかもな、とディエスは言った。
しかしカシロウは首を振り、ヨウジロウを見遣って言う。
「天狗殿は戻られた。お前ももう大きくなった」
「それでもまだ、この父に任せてくれるか?」
「当然でござろう! それがしの剣はまだ、父上から一本も取れんのでござるぞ!」
これでこのお話は完結となります。
また機会があれば、スピンオフや裏話なんか上げたいですね。
最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
お帰りの際には、『最後まで読んだよ』の印として評価ポイントなど放り込んで頂けましたら幸いです。
もっと頑張れよ、という意味の星一つでも結構でございます。
最後にもう一度。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!




