125「我ら十天」
「……天狗殿、ヨウジロウの竜には実体があるのですか……?」
堀の中、水から顔を出して浮かぶカシロウはそう天狗に問い掛けた。
「いやぁ、ないと思うよ。ヤマオさんにだけは触れられるトノでさえ実体がある訳じゃないからね」
「しかし、現にああして王城を――」
ヨウジロウの体から現れた巨大な竜、実体があるとしか思えぬ存在感と、実際に王城の一部を破壊してみせたこと。
実体があるとカシロウが考えたのも当然である。
「見た目はヨウジロウさんの竜そのものだけど、あれ自体は宿り神の姿じゃないよ。たぶんイチロワとヨウジロウさんの竜の神力とを併せて作り出したものだと思う」
「そうは言っても天狗殿よ。あんなのとどうやって戦うっつうのよ」
「甘い事を言うなユウゾウ」
「そうじゃそうじゃ。『どうやる』じゃない、『やる』んじゃよ」
「「とにかくここから上がるぞぃ」」
そう言い放った二白天の二人。
ブラドは半透明の薄らと輝く板を多数作り出して、それを階段状に並べて楽々登って行く。
グラスもどこから取り出したものか、鎖鎌の分銅を投げ上げ欄干に絡ませると悠々登って行った。
「まぁ、そうだ。やるしかねぇんだよな」
ウナバラもそう一つ溢し、氷の魔術を行使、氷の柱を作り出してその先を掴み、それをさらに伸ばして登っていった。
『…………』
「ええ、お願いします」
現れたトノがカシロウの腕を掴み、以前よりも大きくなったその翼を広げて一打ちすると、カシロウの体がフワリと浮かび、もう一打ちでカシロウを地上へと連れて飛んだ。
「みんなやるもんだねー。頼もしいったらありゃしない」
最後に天狗、何をするでもなくその姿を消して、次に現れたのは地上だった。
五人は揃って堀の外の大通りに立ち、魔王城を再び見上げる。
魔王城の三階、南側の半分は壁も天井も、四階部分も南側はすでにない。
そこで鎌首をもたげた巨大な竜が、その長大な体をスルスルと王城に巻き付かせ、外壁が見えなくなるほどに巻きついて締め付け始めた。
「お、なんか喋るぜ」
竜は大きく息を吸い込むように口を開き、大声を上げた。
『我の名はイチロワ! 神王国パガッツィオの神である! これから魔王を圧し殺す! 魔王国の全ても破壊する! 恐れ慄けぇ!』
その声はトザシブ全てに届いたであろう程の大声。
「芸の細かいことだよね。あんな息を吸い込む仕草なんて必要ないのに」
「声は完全にヨウジロウでした」
「けどどうすんよ? トザシブ中が大騒ぎんなっちまった」
落ち着いて話しているのはこの五人だけ。
ヨウジロウが魔王城に穴を開けた頃から城を見上げていた民たち、そして竜が現れた時でさえも好奇心が勝って逃げ惑う事はなかった。
しかし今、ぎゃぁ、とか、ひゃぁ、とか、街中から悲鳴が上がり、大混乱となって一斉に魔王城から離れようと大騒ぎを始めてしまったのだ。
再びブラドが板を作り出してそれに立つ。
スィっと上空へと昇り、家々の高さを越えた辺りでブラドが口を開いた。
「皆のものぉ! 落ち着けぇぃ!」
それはイチロワの発した声と同じくらいの大声。
「我ら十天がおる! お主らは安心して落ち着いて避難せよ!」
ブラドの大声もまた、トザシブ中に響き渡って街は落ち着きを取り戻した様。
「と言っても半分もおらんがな」
後半は小さく呟いたブラドだった。
スゥっとブラドが地上に降りると同時、人影が一つ、王城側からこちらへ飛んだ。
「王城内部の状況を説明致します」
男は片膝をつき言った。
「でかした! 内部の事が知りたくってしょうがなかった所よ!」
現れた男、ディエスは遊ばせた前髪を指で弾いて続ける。
「ハコロクとウノおよびその部下の手により、ビスツグ様はじめ、キリコ様、ミスドル様、その他の者全てを地下牢へと避難完了しております」
ディエスはカシロウへと視線を遣って、ユーコーも無事だと目顔で伝えた。
ディエスが言うには、ヨウジロウが大穴を空けた最初の揺れの際、早くもハコロクはビスツグを連れて地下へ向かったそう。
ヨウジロウを追ってカシロウらが出て行ってすぐ、地下牢へ入ってラシャと合流。
その後も王城内部の者の避難に尽力したらしい。
そしてそれを見届けたディエスは、ヨウジロウが空けた穴から飛び出したそう。
「もう塞がれっちまったすけどね」
「よく伝えてくれたぜ。よっし、地下に居るならしばらくは平気だな」
竜の体は王城の地下部にあたる堀に面した石積みまでは巻き付いていない。
当然、地上部が破壊されてはたまったものではないだろうが。
「なら作戦を伝えるよ」
「おうよ」
「二白天のお二人とウナバラさんにディエスさん、四人で竜を攻撃し続けて欲しいんだ」
「天狗殿とヤマオは?」
「僕らは直接ヨウジロウさんを叩く」
「「相い分かった!」」
早くも叫んだ二白天の二人はそれぞれ――
――ブラドは板に飛び乗り王城へと飛んで輝く板の連射を始め、
――グラスは盛大に「おおぉぉぉ!」と掛け声を上げて、その小さな老爺然とした体を数倍に肥大させて跳んだ。
ブラドは王城周囲を飛び回り、竜の体を狙って輝く板で囲み、その身を削っていく。
グラスに至っては、肥大したケーブ以上の体格を以て竜の尾を掴み、ギリギリと締め付けていた。
「いや驚いたね。ブラドさんの輝く板とグラスさんの身体強化、あれ神力使ってるよ」
天狗の声にカシロウが目を剥いた。
「お二人が神力を!? ……お二人は宿り神に興味などなかった筈ですが……」
「ヤマオさんが刀に無意識の神力を纏わせて使ってたのと同じ、天然だね」
「へぇ、爺さんどもやるじゃねぇの。伊達に歳食ってねぇってか」
二人の様子を見遣るカシロウはぽかんと口を開いてしまう。
そしてもう一人、ぽかんと口を開いた者が現れた。
「ハリウッド映画みたいな爺ちゃんどもじゃな」
そう呟いた声をカシロウは耳にし、振り向くとそこにはタロウの姿。
「儂抜きで騒ぎおって。儂も混ぜろ」
「あ、タロさんも居たね。頼むよ、一人でも戦力が欲しいんだ」
簡潔に手短に、天狗がタロウへ状況を説明すると、ふむん、と一つ頷いたタロウが零す。
「あれがヨウジロウの竜って訳じゃな……くそ忌々しい! 儂の竜より断然デカいじゃないか!」
そしてタロウも堀の外を北へ駆け、自分の持ち場と決めた王城北側から魔術の連射を始めた。
ドンドンドォンとあちこちから炎弾、氷弾などなど撃ち込まれる音が響き始めた王城一帯。
「ウナバラさんもディエスさんも行ってね?」
「いや分かってんだけどよ。王城の堀って魔術避けの結界がある筈なんだが、なんでタロウは魔術使えてんのかな、って」
「ああ、それ今はないよ。お城のてっぺん辺りが壊れちゃったから結界はいま機能してないの。って、さっきウナバラさんも氷の魔術使ってたけどね」
ぽん、と掌に軽く拳を一つ打ち付けて、納得顔のウナバラがニヤリと笑って言う。
「なら分かった。俺もやったんぜぇ!」
ウナバラは南へ駆け、王城にほど近い建物の屋根に登って居合を打つ。
抜き打った剣から跳ぶ光の刃、唸りを上げて竜の体を斬り刻む。
「つってもこれ、効いてんのかね」
ウナバラの呟きの通り、少々刻もうが、抉ろうが、立ち所に竜の体は元に戻ってしまっていた。




