122「トノの予感」
翌朝、朝一つの鐘が鳴る少し前、カシロウは牢に一人でいるにも拘らず、ぶつぶつと何かを言っていた。
「ええ、そうなんです、ヨウジロウが」
『………………』
「いやそういう事もないそうです。ヨウジロウはお咎めなしだそうで」
『………………』
「親子で揃って投獄は勘弁願いたいですね」
つい先ほど、トノは漸く目を覚ました。
カシロウと会話しているのは当然トノであるが、見張りの者がそれを聞いたとて、カシロウの独り言にしか聞こえない。
トノは目を覚ましてすぐにカシロウの体から飛び出し、己れと己れの宿主が牢にいる事を知って目を丸くする。
フクロウのように首を捻って考えるも一向に状況の見えないトノは、いまだ眠るカシロウの腹へ嘴を突き刺した。
飛び起きたカシロウは腹をさすって辺りを見回し、トノを見つけるや「お帰りなさいませ」と告げて頭を下げた。
それからずっと、トノが眠っていた間の物事、顛末をカシロウは具に語って聞かせ、それが今、昨夜のヨウジロウから聞いた話が済んだ所だった。
『………………』
「……いやぁ、実際堪えました。まさかまだ十二歳の我が子に手も足も出んのですから」
堪えたとは言うものの、思ったよりも元気そうにそう言うカシロウに、トノは少し安堵した。
『……………………』
「勿論そうです。トノが居ればまた違った結果だったろうと思います」
確かにトノの言う通り、カシロウはトノ抜きで、竜とともにあるヨウジロウに負けた。
トノとともにあるカシロウなれば、結果は少し違った事になっていただろうとカシロウも思う。
しかし、カシロウはこうも思う。
――トノが居なくて良かった。
もしもあの時トノが居たならば、カシロウが殴られるだけで済んだとは思えなかったから。
「……ところでトノ、貴方、少し大きくなっていませんか?」
佇むトノの様子が、カシロウの体感で二割ほど大きくなっている様に感じられた。
カシロウが立ち上がって並んでみると、カシロウの膝ほどもなかった全長が、膝頭を少し越えるほどになっており、間違いなくトノは大きくなっていた。
「神力の回復とともに成長されたのですか?」
『……………………』
「あぁ、そう言えば天狗殿がそんな事を仰っておられましたね」
天狗はかつてこう言った。
宿り神は宿主の器とともに成長する、と。
確かに天狗がそう説明していたような、ややうろ覚えながらそんな記憶がカシロウにもあった。
だからこのトノの成長を、トノは自分の成長でなくカシロウの器の成長による物などだとトノ言った。
ここの所の戦いや悩み、それら色々が己れの器を成長させたと考えれば、なんとなく納得のいくカシロウであった。
「しかしトノ、これほど長く休まれたという事は、イチロワとの戦いは相当堪えられたんですね」
『………………』
「そうではない? すると何故?」
『………………』
「出番の予感――? まだ何かひと騒動ありそう、という事ですか」
なんとなく近くもう一波乱ありそうな気がすると言うトノは、普通にしていてもいずれ神力は回復したであろうが、急いで回復すべきだと判断したのだそう。
「何を一人でぶつぶつ言ってるんですか」
「――む、お主は……」
牢に近付く気配と共に、そう声を掛ける者がいた。
トノの方をちらりとカシロウは見遣ったが、堂々と佇むトノは隠れようともしなかった。
「やだなぁ先生、僕ですよ」
姿を現したのは白いコートに大小のサーベルを腰に吊った、現役人影のトビサ。
「あっ! この鷹が先生のアレですか!?」
「アレってのがなんだか分からんが、そうだ、これが私の宿り神だ」
「へぇ〜〜」
感心する声を上げるトビサに対し、警戒心を解かぬカシロウはこう言ってみせる。
「トビサ、お前こんな所に何用だ?」
「……何用って――、凄いこと言いますね、先生」
「どういう意味だ?」
「いや、どうもこうも……、僕らは先生の見張りの為に出張ってるんですから」
ここは王城地下の牢、王城内での事件に伴い利用される牢である。
リストル治世の世になってからは初の利用であり、王城の警備も担うトビサら人影にとっても初めての仕事であった。
「それでまぁ、僕も立候補してここにいる訳です」
「……あ、私のせいか。手間掛けさせてすまん」
「仕事ですからね、それは全然構いませんよ」
トビサはそう言ってくれるが、昨日の早朝に事を起こし、朝のうちにこの牢へ入ってから丸一日。
事を起こすというのは、多方面に迷惑を掛けるという事なのだと、気持ちもずいぶんと落ち着いた今はそう思うカシロウ。
何かあったら呼んでください、とそう告げたトビサは牢から離れた。
恐らくはそう指示が出ているのだろうが、トビサはカシロウの食事を持って来る以外は、カシロウとあまりやり取りせぬように心掛けているらしかった。
そして昼二つの鐘が鳴って少し、昨日に引き続きトビサに伴われたヨウジロウが顔を見せ、先のトノの予感は早速当たってしまう。
「トビサ! 一体なにをしているのだ!」
トビサが突然サーベルを抜いて逆手に持ち、かつて斬り飛ばされた自らの左腕を再び斬り飛ばしてしまったのだ。




